2016年05月19日

マフェトンメソッド継続中

里山をぐるりと回って1時間50分。途中、有名選手Oさんと遭遇。ほんと、この人とは、あちこちで遭遇するわ。向こうは知らないだろうけれど。イベントの下見かな。
日の出前の里山はさすがに、こういう特殊な人しか会わないですね。いつも、神社の日めくりカレンダーをめくっているランナーとも、4日連続でご挨拶ですわ。
マフェトンメソッドを再開した最初の日に同じ道を走ったのだが、2時間を超えていて危うく通勤電車に間に合わなかったくらいだったから、随分と同じ心拍数で走ったのが速くなったものだ。
宮沢湖回りは、ムーミン施設のため6月1日から入れたくなるとのこと。
となると、6月からは天覧山トウノス山経由で高麗峠越えて日和田山往復するコースに変更かしら。
今週から、強度は変えずに、時間を伸ばしていこう!
2時間をマックス、1時間をRESTとして、交互に走れれば、月間の距離もグンと伸びるでしょうよ。
先日購入したスペンサー・デイヴィス・グループのベスト盤が素晴らしくて、もう何回も聞いていて飽きることが無いですね(2枚組のトッド・ラングレンのライブ盤はイマイチだった)。
当時17歳のスティーヴ・ウインウッドは、ユーチューブの映像みても、とてもティーンエイジャーには見えず、枯れた素晴らしいリズムアンドブルーズ歌ってますね。
もうこの年で、やることはやっちゃったみたいで、ジミー・ヘンドリックスのブードゥー・チャイルで共演した時は、何歳だったのか?渋いオルガン演奏しているよね。本当に、天才っているもんです。
新しい準強力粉を購入したら案外サラサラのベタつきがないし、そろそろ新しいパンを制作したい気分になってきたので、今週から、ライ麦入りのカンパーニュをビシっと売り物になるくらいのものを努力して作ろうと決心ス。しかも、オリジナルな個性のあるものをね。早速某所でライ麦を購入してきた。
今のところ、リュスティックと、パン・ド・ロデブしか自信作はないからねえ。レパートリーを1年毎に広げていきましょ。
家に戻って、昨日焼いた4本のパン・ド・ロデヴのうち、わずかなスライスしたブレッドに、知り合いの農家から分けていただいているキュウリに、塩をパラパラとかけたもので、キューカンバー・サンドイッチをば食す。
バターと塩のこのサンドイッチは美味です。
そうそう料理といえば、ソルトミルとペッパーミルというのが我が家にはなかった。
憧れはプジョーのミルなんだけれど、妻がヤフオクで1000円で落札出来ましたとさ。こんなこともあるんだね。
というわけで、いろいろと道具も揃ってきて、料理が楽しくなリますw。

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2016年05月13日

1973年のピンボールからノルウェイの森へ

村上春樹の『1973年のピンボール』の冒頭、僕の恋人である直子が死んだという記載があって、エピローグでは、双子の女の子が残していったビートルズの「ラバー・ソウル」を聞く。
勿論、『ラバー・ソウル』には、ジョンの名曲「ノルウェイの森」が入っているわけで、小説『ノルウェイの森』の森で、10数年後、主人公は、ドイツの空港に降り立つ際、飛行機の中で、ノルウェイの森を聞くわけだ。
つまり、「ノルウェイの森」という曲で封印した直子の思いでを、開封してすすめた小説だったのだね。
こういうふうに、繋がっているから、村上春樹の初期の話は面白い。
というふうに考えながら、寒いといったほうがいいような早朝暗い中、ジョギングする。
もちろん、聞くのは、「ラバー・ソウル」と「リボルバー」。一番好きなビートルズのアルバムだ。
アコースティックジャズの極北が、マイルズ・デイヴィスの「ネフェルティティ」と「ソーサラー」だとしたら、ロック・ポップスのそれは、この2枚で決まりだね。
このあと、急速に、どちらの音楽も行き詰まりだした。そうそう、ザ・バンドが現れて、音楽を過去に無かって掘り下げる方向に向かうまで。
ある機会があって、平成3年の仕事の事件簿を調べていたら、いろいろな仕事の記憶が一気に蘇ってくる経験を先日したのだった。
もう20年以上前のことなのに、そして、普段は2日前に何を食べたかを思い出すことも難しいのに、事件簿を見たら、昨日のことのように、その仕事をした時の風景が、出会った人が、その時見た書類の印影の朱肉の濃淡さえもが思い出された。
そして、それから20数年、橋の下には、大量の水が流れて、今僕がここにいる不思議さ。知らぬ間に、とんでもなく遠いところに来てしまった!
そんなことを思い出された今朝のジョグでした。
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2016年05月08日

ゴールデンウィーク終了!

昨日はトレランで、今日はロードバイクで、連休の運動疲れで最大心拍数を125に落として設定して、トレーニング。
山伏峠の傾斜の一番強い所は、時速2,2キロの超スローなペダリングでなんとかクリアー。すごく嬉しい。一番効率よくペダリングができる12時から2時くらいまでを拇指球に力を入れてフッと踏み込んで後はお休みする。
こんな風に、効率的なペダリングも練習できるのではないかしら、超スローで(笑)。
ところで、拇指球に力を集約させないと、12時の段階で力を入れるのが難しいのがわかった。ここに力を入れるということを気にかけないとだらりと1時過ぎぐらいまで惰性でペダリングしてしまう。
そうすると、1時から2時位までしか効率よくペダリングできる範囲が狭まってしまうので、これは勿体ない。
というわけで、拇指球に力を入れよと言っている諸先輩方が多いのは、こういうことを言っているのかしらんと、納得できたわけ。
激坂では、MTBやって、サドルの先端に座って、垂直に足を踏むようなペダリングをしらないと、ここを心拍数125で登るのはむずかしいかもね。あと、スタンド・スティルの技も。
途中、24歳のトライアスリートとマフェトンメソッドの話をしながら山伏峠を上ったのだけれど、180−24で、彼女の場合は、最大心拍数は、156!ですね。素晴らしい。
今から、マフェトンメソッドで鍛えれば、間違いなくトライアスリートのチャンピオンになれるね。
という話をしながらしばらく登っていたら、ボクの心拍計がアラームなって会話は終了。
昨日はこの心拍数でトレイルランだと、ちょっと歩き慣れた若いハイカーだと追いぬかれそうになる。それもちょっと悔しいので、腹式呼吸で立ち止まっては、心拍数を下げ下げしながら、おもむろに、走りだすの繰り返しになる。てんとう虫が、枝に止まってもじもじと枝先を歩きながら、やおら羽を取り出して、ブーンと飛び出すといったタイミングで。
マフェトンメソッドって、炭水化物の摂取はOKだったと記憶するけれど、『ナチュラルボーンヒーローズ』の本に登場する新マフェトン博士は、炭水化物は禁止ということに相成って、少々真似をしてみて、ボクも、炭水化物はできるだけ制限するように努力することにした。甘いモノはやめる(1週間前に買ってきた井村屋のあずきバー食べちゃったけれど)。小麦粉もできるだけ食べない(シナモンロール今日も食べちゃったけれど)。
というわけで、いつも4時間程度のトレーニングには持参する甘酒、豆乳ドリンクは遠慮して、ナッツ類をバクバクと。
そしたら、気持ち悪くなって、どうにも、食欲がわかないね。胃が止まってしまう感じ。ゲロ吐きそうな感じ。薄ら気持ち悪い。
なにか、炭水化物制限している人のためのアスリートのための胃に負担にならない携帯食ってないのかしら?
加藤文太郎のように、煮干しとアズキっていうのも良さそうだけれど、砂糖抜きのアズキって美味しそうじゃないし。
というわけで、糖類制限して、体に糖類よりも脂肪を燃焼するように体を仕向けさせるというのが、この糖類制限の趣旨でして、決してダイエットしたいとかそういうわけではないので、あしからず。
人類が捕食者であったころ、山の中をあるいは荒野を獲物を求めて何キロも走り続ける。そんな太古の時代のリズムは、ボクのトレーニングで使用している心拍数に似通っているのではないかと思われる。
ロードバイクで道を走り、シングルトラックを走る時、太古の昔にプレデターとして獣を負っている自分を発見することもできるのではないか。
息を潜めて、悠然として獲物を探しながら走り続ける。そんな感覚にとらわれて、自分の太鼓のリズムに合わせて走る自分がいることがとても頼もしく思えるのは、DNAの中にかつての自分を思い出させるからなんでしょう。
というわけで、ゴールデンウィークは、今日にて終了。
毎日、少しずつトレーニングして、身についたものは、多く実りがあった。
お金もゴールデンウィーク中・・・3000円は使わなかったのでは?
誠に、お金の掛からない趣味を持つということは、大切なことですね(器材に大金を投入する人は別として)。
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2016年05月06日

マフェトン博士の消息

『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ』を夜寝る前に読んでいて、ついにマフェトン博士登場。興奮して、目が醒めて眠れず。
ヒッピーのカイロプラクターが、スチュー・ミトルマン、マーク・アレンを育て、近年では、ジェームズ・テイラー、ジョニー・キャッシュ、レッチリ、等ロックの巨人たちを指導したという。マーク・アレンの場合は、その後の20年間、彼に匹敵するトライアスリートは出現しなかったという。
マフェトン博士は、雲隠れが上手で、ネットを通じても、生きているのか死んでいるのか不明だったので、生きているだけでも嬉しかったね。
マフェトンメソッドは、インプットとして食事制限、アウトプットとして心拍数制限から成り立っている。
アウトプットとしての心拍制限は、もはや、芸術的に心拍数を130まで上げ、平常心拍数まで戻すことも難なく出来るようなってきた。
ロードバイクでもマウンテンバイクでも、ハイキングでも、トレランでも、ロードランでも、同じように、この心拍数でやりくりできる。
さて、次は、食事だ。
なかなか、敷居が固い。
炭水化物を除くことが推奨されている。
どれだけの炭水化物の量が自分にとってふさわしいかの二週間テストというのがある。
まあ、私の場合は、朝、昼は、米抜きで、夜にドカッと米、小麦の類を食べることはあるけれど、平均して炭水化物を取ることは少なくなっている。言い出しっぺの僕よりも、妻のほうが炭水化物摂取量はウンと少ないのは、皮肉だけれどね。
但し、砂糖、お菓子の類は絶とうと思う。
白いものは、砂糖か、砂糖の分身であるからね。
地道に、そちらの方面に圧力をかけて、少しずつ、軌道修正していきませう。
ところで、なるべくスーパーで買物をすることを止め、信頼できる個人商店主から直接食料を手に入れる活動を妻がしてくれているお陰で、おいしい肉やら卵やら野菜やら小麦やらお米が手に入るようになってきている。
これを我が家の「安全保障政策」と呼んでいるのだが、これらで作った食事が実に美味いのであるよ。
昨日も、その個人商店の肉を仲間と一緒にバーベキュウーでたらふく平らげたけれど、体重は増えず、体調もいいですね。
スーパーの肉野菜は害悪だけれど、心ある個人商店の肉や野菜は素晴らしい。
というわけで、自分の体を、LABORATORYとして、いろいろと試してみたい。
しかし、マフェトンメソッドの180公式は素晴らしい。
これは、博士自身もなぜそうなるのかわからないらしい。
E=mc2が、なぜそうなるのかわからないというより、こういう公式は、そうなっているからそうなのだとしか言いようのないものなのだね。
このマフェトンメソッドで運動していると、一次元、二次元的に歪曲されていた周りの景色が、次元の様相を呈してきて、回りの草花、鳥にも目が行き、なにしろ、トレーニングが楽しいのだね。
足の着地やら、うんやら、かんやら、もうどうでもいい。このメソッドで運動している限り、トレーニングの楽しさは、いつまでも続くであらう。
GWの終盤、土日。
長めのマフェトンメソッドをして、阿須の運動公園のトラックで、その効果を試してみようと思ふ。

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2016年04月14日

The Maffetone Method

ついにThe Maffetone Methodという博士の本を買って辞書を引き引き楽しく読んでいます。
こんな素晴らしい本が翻訳もされていないなんて!
3.11の大地震のあった時以降のフィットネスに関する失われた5年間。
あの日に変わらなかった人はいないと思うけれど、生活の立て直しと意識革命をするのに一所懸命で、なかなかトレーニングまで頭が回らなかったこともある。
けれど、やはり、奢りというものがあったと思う。
マフェトン心拍域でトレーニングしていた頃、毎月500キロは走っていたし、自転車は、1000キロの走行距離を超えていた。
これだけ、運動できたということは、トレーニングが楽しかったからで、そのまま続けていれば今頃は・・・。
これだけの運動量をこなすには、今自分のやっているような気まぐれなトレーニング方法では絶対に無理。
私は、トレランレースとか、自然をダシにお金を儲ける団体の主催するレースは大嫌いで、自然の素晴らしさを語るにせよ、自分では野草や樹木や鳥の名前も一つもわからないし、知ろうという努力も興味もないトレイルランナーが嫌いだから、レースには出ないので、走るモチベーションは、ただひたすら、純粋に走ることが楽しかったからなわけですよ。
それなのに、迷いが出て、藤原裕司選手も最近はマフェトン理論放棄しているみたいだし、もっと、追い込むような練習をすれば、速くなれるかもよ。
あるいは、スコット・ジュレクの本の中にインターバルトレーニングの有効性について書いてあるよ・・・。
などなど、徐々に、マフェトン理論から外れて、それを忘れてしまって、うんと頑張って、長いこと休憩するようなことが続き、結局は、どんどん走る時間が短くなっていき、そのうち、体の故障も長引いて・・・とよくあるその辺の普通のおじさんになってしまった。
ごく最近でも、徐々に、運動することが嫌になっていて、足の痛みを理由に、朝に家をでるまでの走らない言い訳を作るのに汲々としている体たらく。
職業的運動人ではないのに、レースで好成績あげたいとかという誤った動機があったり、ついついその道の権威ある人の言うことに耳を傾けたり、ついついしてしまうのだけれど、自分を信じて、継続していくのが、よろしいのかと。
だいたい僕は、運動バカが大嫌いで、中学高校大学とそういう人とはお付き合いしないようにしてきた。
それで、自分がそんな運動バカになってしまうとは、ミイラ取りがミイラになってしまったわけね。
賢くやろう!楽しくやろう!ゼイハア追い込まなければ出来ないようなスポーツはその道の人に任せて、ヘルスとフィットネスを両立できるようなことをしよう。
そうだから、走るのがつまらなくなっていくのは、トレーニングの方法が間違っていたからだったんだね。
マフェトン心拍域で走るようになって以来、トレーニングするのが楽しくてしょうがない。
走って着地するたびに言葉が体いっぱいに満ち満ちてきて、色々なアイデアが浮かんでは消え、体の隅々まで意識を通す余裕もあるし、目に映る草花も圧倒的に増えてきた。
エアロビック領域でのトレーニングは、実に楽しい。
マフェトンの本の中で、エアロビックの領域でトレーニングができているか否かの判定の基準として、トレーニングが楽しいこと、というのを挙げていますよ。
楽しいから、どんどんトレーニングが進む。
仕事も集中力が増すし、基礎体力がついてくる。
好きこそものの上手なれと古人も申しておる。
これを続けていると、知らない間に、自分が誰も到達していないような高みにいることにある日突然気がつくようになる。
皆と一緒にマフェトン心拍域で走って楽しくおしゃべりしていたのに、ふと会話が途切れて後ろを見てみると、はるか後ろにいる友人を見つけたり。
体を壊した時、すぐにものに頼りたくなるものですが、例えば、裸足系の靴がいいとか、高性能のクッションが入った靴がいいとか、云々。
けれど、一番大切なのは、トレーニングの質を変えることですね。
エアロビックスの効果が体を整え、ココロを豊かにしてくれます。
そう、ホリスティックに体を整えてくれる。
というわけで、足の調子は悪いのですが、痛みも軽減しているような気もするので、ガンガン走りますよ。
まずは、5年前の体に作り変えないといけません。そう遠くない日に訪れそうだけれど。

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2016年04月12日

今日もマフェトン

はい、今朝もマフェトントレです。ランで。
熟年というか老年アスリートに、誰よりも賢く、誰よりも健康に資するようなトレーニングをして、体を鍛え、ココロを鍛えましょう。
その為には、マフェトン。
体重は徐々に落ちて、頭は爽快になり、ココロは開放された気分です。
ココロとカラダを超越した自分が、精神と肉体を統御している感じが素晴らしい。
誰もが、自分のカラダとココロの主人であるのに、この関係がわからない人が多いようですね。体も心も貴方自身ではなく、体と心を統御している本当の自分に気がついてほしいものです。
あと、1ヶ月もすると、腹の筋肉が割れてくるのではないでしょうか。
足の裏を痛めて何ヶ月も苦しんでいましたが、走るのをやめてもなかなか治らない。
では、マフェトン心拍域で走ったらどうだろう?と思って走ったのですが、これが、実によろしいです。
走り始めは痛いですが、そのうち痛みは消えていきます。
走り終わって、血流が悪くなっていくと痛みを感じますが、だんだんと痛みは消えていくような気がしております。
それと同時に、汁の染みこんだ高野豆腐のような湿ったココロも、霧が晴れたように爽快になってきました。
心のケアといえば、仕事も、半分がボランティアのようなものになってきましたが、何かのために、自分を勘定に入れず(雨ニモマケズみたいに)ただひたすら一所懸命難題をクリアーしていく努力を続けていくと、悩み事や心配事がなくなっていきます。そう、ガンジーさんも言っていましたが、これは、本当です。
カラダは、運動した後、疲れも残らず、運動不足していた筋肉が適度なメンテナンスを行ったあとの気持ちの良さで喜んでいるのがわかるようです、ちょうど、メインテナンスしたDURA-ACEのようにね。
といいながらも、当方の体は、賞味期限を過ぎたパン種のように酸っぱくなったままで、ココロは、些細な事で千々に乱れる体たらく。
いつでも、どんな時でも、マフェトンで運動した後の爽快さが維持できればなと思います。その為には、努力は惜しまないつもりです。
僕のマフェトン理論の最高心拍域とされているのは、132。この心拍域を維持して運動し続けます。
この心拍域だと、体の動きがウソを付くことなく正直に現れるので、骨盤の位置やら、仙腸関節の可動やら、拇指球から力を抜くようにとか、あれやこれやを考えながら修正して走ることが可能ですね。
たまたま読んでいたオイゲン・ヘリゲルの名著『弓と禅』は、教えられることが多く、その中で、呼吸について老師の話としてこんなことが書かれています。
「吸気は結び、結び合わせる。息をいっぱいに吸ってこれをぐっと止めるとき、一切がうまくいく。また呼気はあらゆる制限を克服することによって、開放し完成する」と。
また、弓を引く際に力を一切入れてはいけない、それを可能にするには、
「一切を忘れてもっぱら呼吸に集中しなさい。ちょうど他には何一つするべきことがないかのように」と。
私達が神の園で逍遥するには呼吸が大切なことは、ゼン・ブディストで、かつ、ヨギーならよく知っていること。
ならば、呼吸に集中してジョグをしながら、神と一体になる練習、禅の瞑想をしてみようじゃないの。
というわけで、呼吸に集中して、1時間30分、時々、心拍計の心拍数130を超えのアラームに邪魔されながらも、ココロの洗濯をジョギングしながらしたのだった。
かつては、こんなことばっかりしていたのだが、3.11以降すっかり忘れておった。
堂城賢氏の『自転車の教科書』も名著で、自転車のみならずランでも教わることが多くて、気づいたことも多いのだが、それはまた別の話で。

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2016年04月10日

マフェトン理論でランしたりサイクリングしたり

土曜日と日曜日、マフェトン心拍域でトレーニングした。

180マイナス年齢+5ということで、最大心拍域を131に設定する。

最初の15分は、徐々に心拍域を最大心拍域に上げていき、終わりの15分は、徐々に走り出す前の心拍域に戻していく。

とてもシンプル。

人間の体は、自然の権化といっていいほど、自分では制御出来ないシステムから成り立っている。

食事して、分子生物学的に栄養素を分解して取り入れるのを「自然に」体がやり通してくれている。この栄養素を取り入れないで、これだけを取り入れるなんてことは不可能だ。

しかし、呼吸と心拍数は、人間が制御できる数少ない機能である。

運動量が増えれば、呼吸も増え心拍数も上がっていく。

運動量を減らせば、平時の心拍数に戻っていく。

明滅するココロの動きを制御するのも呼吸と心拍数にかかっている。

こころと体が自分だと勘違いしている人は多いが、その心と体が自分であると認識する本当の自分には気が付かない。

その存在を人は神と呼んでいる。

そんな神の立場から心拍数を制御する。

自然に手を加える行為は、神の領域に近い。

心拍数や呼吸を制御するのは、神の園に近づくことだ。

だから、禅やヨガでは呼吸法を学ぶ。

自分のハードビートで走ること。

他人のリズムではなく、自分だけのリズムで、トレーニングをやり通すこと。

ここに、このマフェトン心拍域で運動する素晴らしさがあると思う。

他人のリズムで踊らされている人が多い中、自分のリズムを取り戻すのにも、このマフェトン理論は一役買っている。

それよりも、なによりも楽しいのがよい。

土曜日、心拍数130以内で賄いながら!ジョギングをする。

余裕な心拍数で、スマホから流れるロックの懐メロを歌いながら走ることが出来る心拍域である。

フォームを考え続けながら走る余裕もあるし、ふと夢のなかに入り込んで我を忘れる一時もある。

それでいて、20キロ走ったのだが、じわりと筋力が疲れる感覚もあり、それは、筋肉を程よくマッサージしながらよく使ったという感じで、実に気持ちの良いものだった。

日曜日、自転車で60キロ。

山伏峠という山岳道路があって、ここを心拍130で登る。

峠道なので、ちょっと油断すると、心拍がずんずんと上がっていってしまう。

坂の傾斜が上がるところでは、腹式呼吸で大量に息を吸い込んでおくと、ある程度心拍数が上がることを防ぐことが出来るようだ。

ぜいはあと息も絶え絶えな太った自転車乗りの3人抜かされてしまう。当たり前だが。

こちらは、時々、漕ぐことを止めながら、スタンドスティルといって、自転車に乗りながらそのままじっとして心拍数を下げたりしている。

何やっているんだろう?この人、的な視線を感じながら、抜かされていく。

君は、君の道を行き、僕は僕の道を行く。

僕は、またかつてのように、このマフェトン理論を今後何年か楽しんでいけるはずだ。

同じ道を同じ心拍数で走っていく。

僕の体の生理的反応が変わると、僕はそれだけ速く走ることができるようになるはずだ。

筋持久力のある筋肉を鍛え、細胞の中のミトコンドリアを大きくさせ、心肺機能を改善して、骨格筋を鍛え直す。

時間をかけてゆっくりとね。

この理論が一番僕にあっている。

運動するのが実にたのしいからね。

目標は、心拍数130で、平地ならキロ5分切る程度で走れるようになりたいね。そうなったら、きっと、サブスリーも夢じゃないだろう。

やれそうな気がする。

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2016年04月08日

『脂肪を燃やすトレーニング―体験的マフェトン理論』藤原裕司著

本棚を整理していたら、表題の本が見つかった。

昔は有名だった『マフェトン理論』

もう数年前、GPS心拍計を買って、はじめてやったのは、マフェトン理論のジョギングだった。

マフェトン理論の実践は優れた他の理論と同じくシンプル。

タバタ式インターバルもシンプル。

優れた理論は必ずシンプル。

マフェトン理論の実践は、(180−年齢)を最高心拍数として、それを超えないように運動する。

体の基礎ができあがり、パフォーマンスが上がっていくというもの。

マフェトン博士という人が考案したやり方で、トライアスリートの王者マーク・アレンが実践して、有名になった(らしい)。その辺のことはあまり良く知らない。

日本のトライアスリートだと藤原裕司さんがかつて実践していて、好成績を収めた(らしい)ことでも有名で、今回のブログの表題の本がマフェトン理論の本の中では一番詳しくて為になると思われる。

5,6年前に購入しようと思ってみたものの、既に、絶版となっていて、アマゾンの中古でこれらの本をすべて買い集めたのが、昨晩、本棚を見ていて目に入ったので、再度読み返してみた。

マーク・アレンさんも、藤原裕司さんも、最近では、というか、ずい分前にマフェトン理論を卒業されて、あまり言及することがないのは、かつてマフェトン理論を実践していたという過去を葬り去りたいとでも思っているかのような無視の仕方が気になるのだけれど、いいじゃないの、アスリートになりたいわけじゃなし。

僕の場合は、いま53歳だから、180−53の計算式で、最高心拍域は、127。これに、運動をしていて故障のない場合はプラス5まで認められるから、132までが上限となる。

最大心拍数132でどれだけ運動ができるか?

132といえば、楽に運動している序の口だよね。

直近のトレランでは、平均心拍数150から160で、最後に180くらいまで上げていたから、如何に、マフェトン理論から外れていたことか。

こういう運動していると体壊すよね。そして、確実に毎日運動する気にはならない。気が滅入るし、単なるリクリエーションなのに、義務みたいに思えてきてしまう。本末転倒だよね。

而して、結局は、マフェトン理論を毎日継続するに如かざることになってしまう。

では、132だとトレーニングにならないかと考えると、昔、3ヶ月も実践していた頃、心拍数が140から上に上げるのに、相当な努力を要したから、このくらいでも、鍛えればハイスピードで走ることが出来るようになるかもね。

今、思い起こせば、心拍計で140を超えたらアラームが鳴るようにセットして、アラームが鳴ったら歩いたり、自転車だったらペダルを止めたりして、ゲーム感覚でマフェトン心拍域で運動していたっけ。

名郷までの片道20キロ教の道を自転車で走って、同じ心拍数で徐々にタイムが短縮できていくのは楽しかった、ような気がする。

それでも、数名でトレイルランを楽しむときには、心拍制限を解除して、かなりのハイスピードで活動を楽しめていたのだから、僕にはマフェトン理論があっているのかも。

先日、自転車クラブのツーリングに参加したのだけれども、みんな、はあはあゼイゼイと一所懸命だ。ちっとも楽しくなかったよ。こういうトレーニングは嫌だし、そもそもツーリングってトレーニングではないでしょうに。

まあ、そういう気持ちもわかる。

僕だって、マフェトン心拍域で1年位自転車に乗ったら、スイスイと坂道登れるようになるから、遅れている人には頑張って登っているように思われるかもしれないし。

けれど、僕は、常に、心拍域を150以上には上げないでいつも坂道は登っていたんだよね。このくらいだと、話しながら登れる最高限の心拍域だからね。今は、年取ったので、145くらいかもしれないけれど。

要するに、運動は、人に合わせてはいけないのだね。

different strokes for different folks 野郎違えばやり方違うってわけさ。

自分のリズム、つまり、自分の心臓が刻むリズムに合わせないと、まさに、ハートで運動するのだよ。

世の中、他人のリズムに踊らされている奴らばっかりだけれど、マフェトン理論と心拍計は、自分のリズムで踊ることの大切さを教えてくれるよ。

トレーニングは、高心拍で追い込むことも必要な人もいるだろうが、僕の周りを見てそんなふうな超一流のアスリートは一人もいないんだよね。

運動を仕事にしている人には、必要なことかもしれないけれど、運動を仕事でなくリクリエーションで楽しむ人には、そういうトレーニングは必要はないんだね。

というわけで、食事に気をつけ、心拍数で制限する代わりに時間を長めにして、トレーニングを楽しもうと思う。

早く、運動できる体に戻さないと!

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2016年03月29日

こんな時は、ヨガしかないでしょ

手首の痛みが激しくなっている。これでは、自転車に乗る気分ではなく、足の裏の痛みも、朝起きた時限定だが、痛いので、走ることもままならない。

ならば、水泳・・・といきたいところだが、目の負傷があるし、行けば必ず、鼻風邪をひくので、プールで泳ぐのはやめたのだった。

運動的八方塞がり。何にもできん。

最近、はやりのアドラー心理学でいうと、現在の自分を規定するのは、過去におけるトラウマではなくて、目的であるという。

なんらかの行動には目的があり、その目的を達成するためなら、過去のトラウマ的な事実でも、体の不調でも、なにもかも援用するのであると。

現在の私に当てはめてみれば、運動したくないという目的のために、からだの不調を訴えていると解釈できようか?

本当か?

ハックルベリー・フィンの口癖で言えば、「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。」

今朝、朝にトレーニングに出発するのをためらったのは、外壁のペンキの臭いで寝た気がしないし、喉は痛くなるわ、息苦しくなるわで、朝起きた時は、不機嫌そのものだったからであるのだが、あれ、これも、運動をしないことの理由に列挙しているんだろうか?

昨日のブログにも書いたけれど、もう一度、初心に帰ってみよう。

自転車に乗る理由は、何だったのだろうかと。

そうだ、禁煙をして、その頃、禁煙をすることによって、いくらお金をセイブ出来たかというソフトがあって、例えば、1日タバコを3箱買ったとして、1箱200円(当時)のハイライトを吸っていたので、1日600円が浮いたということで、その累積を表示してくれるのだった。

それで、2年間貯まったお金で、最初のロードバイクを買ったのだった。タバコで浮いたお金は『健康』の為に使おうと思ったから。

そうだ、これが原点なのに、とても、健康的ではない状態があるわけで、昨日の決心もあるが、そうだ、健康のために運動をしよう。

というわけで、体調は不良なのだが、iPod shuffleで、ドノバンの『サンシャイン・スーパーマン』を聞きながら、ヨガを丹念に施したのだった。これ、結構、楽しい。

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2016年03月28日

マフェトン理論でいこう!

体の故障が甚だしいのは歳のせいばかりではないだろう。

まず、手首。

これは、自転車に5時間ほど乗ってみたら、手首が痛くなっていた。まあ、5年ぶりの自転車だから、姿勢も悪かったろうし、新調のハンドルは体に合わないのは気がついていた。痛くなったのはいい。けれども、それが、一週間以上も痛いのは問題だ。回復が非常に遅い。

あと、足の裏の痛みである。

走れば、痛みは軽減されて、無くなってしまうので、そのまま走っていたが、朝起きた時など、足の裏の痛みが酷くて、手を使って自宅の階段を降りることになる。そして、しばらく部屋の中を歩いているうちに痛みは無くなってしまうのだが。

裸足系の靴がいけないのかしら?と思って、普段履きのスニーカーで走ったら、その底の柔らかさがいけないようで、痛みが集中して、さらに悪化した。

前に一番長引いた痛みは、アキレス腱の付け根辺り、踵の上のあたりがズキズキとするのがあった。けれど、知らず知らずのうちに、解消してしまうものだったのだね。2年位かかったけれど。

今回の痛みは同じくらい長い。そして、走るたびに足裏は酷使されるから、走るわけにもいかない。

というわけで、痛みがまったくなくなるまでは、ランニングはお預けということにして、自転車に乗ろうと思ったら、手首が痛くなったわけで、これは、困った。

そして、これは、不注意の事故だが、土曜日薔薇の手入れをしていたら、目に枝がばちんとぶつかって、左目の左側の白目が切れて出血し腫れている。眼鏡のガラスを避けるように、下から枝が入って目に直撃したという不運もあった。

最初、血が目の中に溢れて、何も見えなくなったんで、あれま、失明かと心配したが、そうにはならず、目は痛いけれど、動かさなければ痛みは現在なくなったが、不快である。

そんなわけで、日曜日に久しぶりに、またまた自転車に乗ろうかと思ったのであるが、目を動かすたびに痛いので、こりゃたまらんと、またまた自転車に乗れずじまい。

その代わりに、家の壁の漆喰を塗る作業をしたのだが、これまた、不自然な体勢で作業したので、上半身の体が筋肉痛。僧帽筋右の肩腕、そして、自転車で痛めた手首がまたまた痛み出す・・・

という風に、体力的四面楚歌状態で、その原因を何かと探ってみれば、やはりね、運動は強度を上げてはいけないということ。

そういえば、一番運動して楽しく怪我もなかった頃、しっかりと心拍計で、心拍数管理をして運動していたもんだ。

今現在は、心拍計で管理をしているが、かなり高めの状態をキープするような運動になってしまっている。

その結果、体の不調が出始めてきているのだね、きっと。

というわけで、初心に戻って、心拍数は体を痛みないための道具として、また、マフェトン理論で、毎日毎日、時間をゆっくりかけて、運動しようと決めたのであった。

心拍数140以上には、今年は上げないことにしよう。

そうそう、自転車でも、この心拍数だとたとえば、よく行く山伏峠の傾斜の強いところなんか、外側の傾斜の弱いところに逃げて、止まるようなスピードで休みながら登ったもんであった。

そうだ、明日から、マフェトン理論再開である。運動生理学の本を随分読んだけれど、また、図書館で借りて読んでみよう。

食事も最近は、肉を食べることもあるのだけれど、やはり、肉を食べるのはよくなさそうだ。ビーガンで行こう。

ヨガも中途半端にやったりやらなかったり。しっかりと、やって、こころとからだをとりもどすのだ。

低心拍で、歳の割には、あんがい、走りが速い、そんなランナー、ローディになろうと決心したのだった、たった、今。

posted by ロビオ at 10:10| Comment(0) | トレーニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする