2009年03月24日

ランス鎖骨折る

March 23, 2009

Armstrong Breaks Collarbone in Crash

Lance Armstrong crashes and breaks his collarbone in Spain.

ということで、ランス・アームストロングさんも、鎖骨骨折の模様。

骨折友の会の名誉会長になって貰おうか。

現在とっても痛いらしい。

ボクと同じ右鎖骨だろうか?

ジロ・デ・イタリア出場は、様子見らしい。

お大事に!

posted by ロビオ at 16:19| Comment(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月22日

「ばっこう」施術完了

今日は、傷口の消毒とリハビリのダブルヘッター。

傷口を見せるなり、院長先生が「手術はいつ?」と聞くので、「(先週の)金曜日です」と答えたら、「ばっこう準備」と年配の看護婦さんに言うものだから、何すんだろうと思っていたら、見慣れた傷口のホッチキスを外す為の器具を持ってきたのであった。

あれま、前回の手術の時は、約2週間後にこの「ばっこう」をしたのに、手術後6日間で取ってしまうなんて、早すぎる気がしたので、「くっついているんですか?」と聞いたら、「くっついているところだけ取りましょう」というわけで、ちくちくと痛むけれど、鉤状のホッチキスを器具でぷつぷつ取って貰ったのだった。

先端のくっつきの良いところだけ取っているのかなと思ったら、あまりにも取り出された鉤が多い。「本当にくっついているんですか?」と聞いてみたら、「このあたりは、くっつくのが早いですからね」と、話ながら、ぷつぷつと音を立てて、鉤を全部引っこ抜いてしまった。

前回は、術後2週間程度経ったときに取ったのだが、その時は、痛みはほとんどなく、煮上がったジャガイモにかろうじて引っかかっている鉤を、力なく引っ張って抜くみたいで、痛みは全然感じなかったものである。

が、今回は、まだぷりぷりとした肉にしがみついているようで、専用器具を鉤の凹凸部に引っかけて、引っ張ると、耳のそばの傷でもあるので、「パチッ」という音が響くとともに、注射針をチクンと差し込まれたときのような痛みが感じられるのである。

ちなみに、この「ばっこう」は、どんな字を書くのか年配の看護婦さんに尋ねてみたところ、紙にペンで書いて貰ったのだが、あまりにも達筆で読めなかったのだった。事務所で、漢和辞典で調べたら、「鉤(かぎ)」という字が目に入り、「先の曲がった、ものをかけるのに用いる器具の総称」という意味があったので、これだと思ったのだった。

確かに、その鉤状のホッチキスの針は、底辺のない衣紋掛けのような形をしていて、両端がダリの髭のように上に跳ね上がっており、それで、肉を摘んで引っかけてとどめておく形状であった。

この「抜鉤(ばっこう)」という漢字が正しいのだろう。

「サイボーグ人間から復帰した感想はどうですか」なんて、冗談交じりで会話をして、「007や、仮面ライダーのように全然強くなっていないけれど、まずまずの気分です」と、自身そんなぬいぐるみの中で現役のスタントマンとして活躍している院長にくすぐりをかける程度で、「バイオニック・ジェミー」や「1000万ドルの男」の話をすると話が長くなりそうなので、このあたりで、止めておいた。

と言うわけで、2日後、つまり土曜日にもう一度来て、OKならば、風呂OK、汗OKの体になるのであった。いやあ、予定よりも、早いと言うことは、素晴らしいこと。

ついで、2階のリハビリ室のベッドの上の人となったのだが、理学療法士の人にも、その抜鉤の時期の早さは、意外だったみたいで、「早いですねえ」と言われたのだったが、それより心配なのは、傷口が開いて鎖骨が飛び出さないかと言うことで、意見が冗談半分に一致したのだが、バキバキと音を立てる荒技を手術中に行った院長のこと、その点は、大丈夫だと思って、今日のリハビリも、涙ちょちょぎれる激しいものになったのだった。

耐えられない痛みというものがその人に応じてあって、そこから先に1ミリでも動かすことができない痛みの限界状況にあって、まあ大体が、そこが自分自身でリハビリできる限界地点なのだが、そこからさらに、容赦なく腕が持ち上げられる。前回もそうだが、今回も、その時点で、骨のどこかでポキッと小気味よい音を立てて、容赦のない物理力でもって、腕が上に持ち上げられる。全身硬直、汗だらり、ついでに、涙が痛みにぎゅっと閉じた瞳から押し出されて、流れ出す。あああ。

というわけで、今回も、枕に涙の後を残しながらのリハビリではあったが、かなりスムーズに腕が上がるようになっているのである。まだ、手術中の荒療治の後遺症の痛みがあるけれど、これが徐々に消えていけば、さらに上の方へ腕を持ち上げることも可能ではないかと思い始めている。

そんなわけで、運動は、土曜日の午後までできないので、今朝も早朝の天覧山散歩へ妻と言ったのだった。

途中、リハビリ体操をしながら歩いているのだが、今朝は、肩胛骨の肩に隣接する筋肉が怠い感じがしているのだ。いままで、あまり肩胛骨あたりの筋肉は、顔面神経痛のようにピクリとも動かなかった部分だったのだ。そこが、乳酸が溜まっているような怠さがあると言うことは、このあたりの筋肉がようやく動き出してきたという証拠。腕をくるくる回しても、痛まずに描ける肩周りの円がひときわ大きくなっているのがわかる。

肩胛骨が腕を伸ばしたときに上に伸ばされていくと、腕はさらに上に伸びるようになる。ここが腕の動きに合わせて引っ張られて、肩胛骨が上の方に動いていかないと、腕は上には上がらない仕組みになっているのだ。

3月あたりに、腕が硬化して悲鳴をあげ、4月から週3でリハビリに通った当時、ブロック肉のように肩腕周りの筋肉は、一つに固まって、薄い鉄板のようになっていて、全く凹凸がなかったものである。

それが、ようやく徐々に、ブロック肉が小さな機能的な集団に分化し、対になって収縮するように、なってきたのだった。

長かった。が、ようやく復帰のメドが自分の中でもつけられた。もう大丈夫だ、きっと。

そんな風に、感慨深く山道を歩いていると、アブラゼミが仰向けになって、6本の手を合掌しながら、絶命しており、風に吹かれて、ころころと転がっていったのだった。ユーモラスな目のあたりには、笑みを浮かべて死んでいるようい見えなくもなく、俳人ならここで発句という話にもなるだとうけれど、他のアブラゼミの遺骸を啄むヒヨドリが執拗に蝉の羽を嘴で摘んでは叩いているのを見るに付け、自然界では、死んでもまた邪魔が入って、安らかにはできないのだな、との感慨を持つに至ったのである。

昨日のヒヨドリの蝉空中捕獲は見事なものだったけれど、今回は、ヒヨドリが地上で蝉を食べられる形に地面に叩き付けている様が見られたのだった。

で、珍しいのは、我々が近づいてもヒヨドリが逃げないこと。逃げるか立ち止まるかという狭量な2者択一ではなく、逃げる準備をしながら、餌を分解することを両立せんとて、こちらの目を見ながらの作業をしていたのだった。よく見ると、ヒヨドリの左目には、我々の姿が鏡のように映っており、野鳥と至近距離で目が合うなんて体験はなかったので(カラスは除く)、なかなか新鮮なものであった。

そんな中、リハビリの成果がグンと一段階上がったような気がしたので、晴れやかに山道を下って、家路についたのだった。

後もう少しだな。

野菜食べて、一挙に1キロ痩せた。この調子で、マフェトン理論続けよう!!!

posted by ロビオ at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月21日

抜釘手術後初リハビリ

抜釘手術後、初めてのリハビリへ赴く。

担当の理学療法士から、最後のバキバキ施術の詳細を聞いてみると、抜釘して傷口を縫った後、全身麻酔で失神している僕の右肩をみんなで押さえて、肩が上がらないようにして、腕を持ち上げたそうだ。「腕から響いてきた音と振動」とか言っていたから、この療法士さんも、お手伝いに、腕を持ち上げたか、肩口を押さえていたんでしょうな、きっと。

その時に出た音というのは、この理学療法士さんは、肩の脱臼をしたことがあるそうだけれど、その時に筋肉や筋が発する音に似ており、「背筋も凍る」ような「凄く痛そうな」そして、「この痛みには全身麻酔中でなければ、間違いなく失神するような」そんな音が手術室に響き渡ったとのこと。

しかし、医者というのは、ちゃんとわかっているのか、こんな筋肉やら筋が悲鳴を上げるような施術をしっかりやるんだから、たいしたものだと、感心したぞ。その理学療法士さんは、骨が再度折れたかと思ったらしいので。まあ、その筋肉や筋がどの程度保つのか、ちゃんとわかっているんだろうね。たいしたものです。

僕なら、おっかなくて、そんな大胆なことできないような気がするものな。

そんなわけで、その時の、「バキバキ」施術で、僕の肩は、動かせば、常時ズキズキしている状況なので、ただでさえ、動かすのにとても痛いのに、三乗倍くらい痛んでいるのだ。であるからして、久しぶりに、厳しいリハビリとなった。

さすがに、その施術で、腕の動きは良くなっているらしいけれど、ほぼ垂直に腕が耳にあと10センチくらいで付きそう!というくらいに、腕が頭上に上がるようにはなっているのだが、そこまで腕を上げる際に、久しぶりに、悲鳴が上がったぞ。

途中で、肩の骨が手の指の関節が鳴るように「ポキッ」と湿った音が鳴ったあたりから、ぎゅーっと腕を、背泳の腕の動きのように、頭上へ押し下げていくときの痛みと言ったら、太さ10センチくらいの真っ赤な焼けた鉄柱を押しつけられたような痛みがして、「ああ、痛てっっっっっっっっってぇ」とついつい、声に出てしまう有様だったのだ。

圧力が肩口に加わって、エロ本読んでジッパーを飛ばさんばかりに元気よく飛びださんとするもののように、肩の傷口のホッチキスをバチバチバチッと飛ばして、白骨鎖骨が飛び出んとしているのではないかと、そうなったら、たいしたスプラッター状況だな、なんて考える余裕はあったけれど、傷口も痛むし、これがなんとも気持ちが悪いのだ。

久しぶりに、施術ベッドの枕を涙で濡らしたし、痛みを堪えて両足ピーン状態だったので、危うく両膨ら脛や足の裏の筋肉が攣りそうになったのだった。

が、まあ、施術前より随分と腕の動きが良くなり、動くようになっているとの評価を得たので、まあ、一安心。自分だと、余りの痛さに、そこまで腕を自力毛で動かすことが困難なので、やはり、リハビリは必要だ。

それに、現在体液やら出血やらで、筋肉がべとべとしている状況なので、また癒着しやすい時期でもあるらしい。筋肉に木工用ボンドを塗りたくって、現在半乾きの状態だとイメージするんだけれど、もう、初期の痛みはゴメンなので、気がついたら腕を動かして、リハビリに勤しんでいるわけだ。

と言うわけで、今朝もリハビリ動作で天覧山までお散歩。

目の前の茂みからヒヨドリが飛び出して、飛んでいる蝉を空中で捕らえた瞬間を見たのだけれど、今朝のニュースで、大阪市でクマゼミが発生しているのは、緑化のお陰で、野鳥が戻って増えており、飛んで逃げる技を持っているクマゼミは鳥に食べられること少なく、アブラゼミは、すぐに近場の木の枝に止まる習性があり、鳥に食べられてしまうということで、数を減らしているらしい。で、クマゼミが勢いを増しているとの報道を読んだのだった。まさに、そんなシーン。地球温暖化の影響ではないらしい。

昨晩、食べ過ぎたと思ったけれど、野菜メインだったので、体重変わらず。

もうすこし、ご飯、うどん、そうめんの類を少なくすれば、急激にあと、2,3キロは、ストンと落ちそうな気配。

年内に5キロ痩せたいですな。60キロ目標にガンバ!

posted by ロビオ at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月19日

プレートを手に取ってみる

あんまり感慨もなかった2度目の全身麻酔体験。だけど、死というものがあんな風に訪れるのなら、ちっとも怖いものではありはしない。

「デッドマン・ウォーキング」という死刑目前の死刑囚(ショーン・ペン)と尼さん(スーザン・サランドン)の織りなすドラマがあったのだけれど、その処刑シーンは、薬を2段階投薬して死に至らしめるやり方であった。1発目がおそらく全身麻酔のようなもの。その時に眠りに陥り、2発目で致死量の毒が注入されるというものだった(はず)。

地上に戻ってくる可能性ほぼ100%の全身麻酔だけれど、これが戻ってこれない可能性100%だと、処刑と変わらなくなるわけで、ちょっと危うい橋を叩いて渡ったような気がしないでもない。全身麻酔を体験した後に、この映画を思い出すと、しみじみと感じ入る部分がなくはないわけだ。

そんな風にして、鎖骨の尖端を骨折して、それを繋いで置いたプレートを外したわけだけれど、この病院では、わざわざ袋詰めにして、かつては自分の一部になっていたものを返すしきたりになっているようで、手術後手渡されたのが、下のもの。「カエサルのものはカエサルに。」

民法典では、付属物が他のものに付着して一体化した場合、その所有権は主たるものの所有者に帰属すると規定されている。ずばり、僕の鎖骨と付着して一体となっていたわけだから、これは、僕の体と一体化したわけで、これは、まさに、僕のものであるという法律構成で考えてみたい(何言っているんだか)。だから、僕が貰って当然なのだ。勝手に捨てられたら、これは、大問題に発展するのだよ。な〜んて。

ビスが熱帯魚のような緑色。本当にチタンなのか?ブラスという鉄化合物に色合いは近い。タンスの上にネジで留めて、先端部分をカレンダーに引っかけて使う人がいたらしい(看護士さんの話)。

これが、↓ のように約8ヶ月の間、体内に繋がれていたわけ。

左の先端部分と直角に折れている部分には、擦過の後があり、肩が動くたびに、骨がキーコキーコと動いて擦れたのでしょうね。痛くないわけないよな。

まあ、そんな風に、約8ヶ月の「共同生活」であったけれど、抜いてしまった後、すっきりしたかというと、そんなことはなく、以前と同じように固まった肩周りの筋肉は痛いし、傷口は時折つねられたような痛みが走ることもあり、実感として軽くなったような感覚はないのである。

そんなわけで、まだまだリハビリが必要だし、せっかくバキバキ音を立てながらの荒療治をしたにもかかわらず、この3日間でまた、筋肉硬化してきたようで動きが悪くなってしまっているので、気がついては、腕をくるくる回しながらの生活をしているのだが、これが、非常に痛いので、なんとも鬱な毎日である。退院その日にリハビリを予約しようとしたのだが、予約が取れず、今度のリハビリは明日と言うことになってしまったのである。

が、そんな杞憂の中、我が家で作った梅酒は、とてもおいしく、規定量の1.5倍くらい梅を入れたのが良かったのか、かなりの酸味があって、味が濃厚なのである。3.6リットル分の梅酒を造ったのであるが、最近、巨大ガラス瓶から、お玉で梅酒エキスを掬って、水で割ったり、氷を入れたりして、チビチビ舐めるようにして飲むのが、夜の楽しみとなってきたのであった。傷口に染みない程度に、チビチビとな。

中の梅も、10日ほど前は、カリカリと固くアルコールも染みこんでいなかったのだけれど、昨晩は、ほどよく柔らかく、旨かった。

というわけで、しばらくは、ちびりちびりの梅酒を飲むのが楽しみとなりそうであるアルコール濃度が高いので、結構酔っぱらうのであるよ、はははあ。)。

そんな風に、酒を楽しむ事ができるほど、痛みもないのだけれど、肩口に10数センチくらいの傷口があり、その上をホッチキスで、10カ所かそれ以上摘むように縫われていて、水に濡らすと膿んでしまうこともあるらしいので、シャワーも髪の毛を洗うのも何かと面倒である。今朝は、肩にコンビニビニール袋を乳首擦れない用の医療用テープでがっちりと留めて、妻にシャワー口を頭に固定して貰い、髪の毛を洗ったのだった。またまた要介護状態ではある。面倒である。最近では、防水用の絆創膏なるものがあって、それをぺったりと傷口に貼っちまえば、シャワーだろうが、運動だろうがOKというものがあるというのを、どこかのブログで見たのだがあれは、夢だったのだろうか。今度、センセに聞いてみよう。

加えて、毎朝やっているトレイルランも、汗でぐちょぐちょになってしまうだろうから、自粛して、今朝は、妻と天覧山まで散歩したのだった。

ハセツネ直前で出版された本「HOW TO トレイルランニング」の中の腰腸筋を利用した登りの歩き方を色々試してみる。

腰から動かすようにやや内股気味に足を前に持って行くと、ほぼ膨ら脛やら太股の筋肉を使わずに登れることがわかった。格好の悪い歩き方ではあるけれど、この歩き方を止めて、普通に歩くと、膨ら脛と前太股の筋肉が多く使用されることを発見したのだった。

なるほどなるほど。

消毒の仕方やら消毒薬とガーゼが今日の病院検診で貰えたら、すぐにでもトレイルランがしたいのだが、抜糸まで、前回が約10日。あと、1週間で縫い目もくっつくだろうから、それまでは、我慢しようか。

せっかく痩せたのに、病院で煎餅をどか食いして以来、また太りだしてきた・・・。困ったものだ。

posted by ロビオ at 13:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

夏休み終了(手術入院ともいう)

日本全国お盆休み一色に彩られたこの時期、同じようにお盆休みに紛れて、入院。抜釘手術を行ってきた。

最近の整形外科は、なんでも手術。ギブス固定6ヶ月と金具を付けての6ヶ月。どちらもメンドーなのは変わらないけれど、後者は、金具を入れて取るという2度の手術をしなくちゃならない。でも、その6ヶ月は、自由に動き回れたりするのだから、こちらの方が良いのだろうね。

なんでも、同部屋の怪我人さんは、1人は雪渓から250メートル滑落して、足を複雑骨折。踵の部分は、壊死して腐り落ちていくのだそう。もう一人は、バイクで転けて、片足が4つの輪切り状態に綺麗に折れて、骨の真ん中に鉄棒を入れて、膝下と踵の部分に立てに鉄棒を入れて、固定するらしく、体の外にその鉄棒がフランケンシュタインの首筋のように飛び出ていて、これまた痛そうだ(ちょっと消毒するときにちらっと盗み見したのだ)。もう一人は、庭木を刈っていて5メートルほど転落。背骨と足を折って、植物人間ギリギリの所、間一髪神経だけ切れなかったらしい。踵、足の骨がバラバラで、プレートで何箇所も留めており、踵の骨が付くのは微妙なものらしく、当分は、絶対に足を地面につけたらいけないらしく、絶対安静にしていないと行けない。

いやはや、怪我の種類は多彩だけれど、どれもこれも悲惨である。怪我はしないに越したことはない。気をつけよう。

というわけで、木曜日の午後入院。食事水一切取ること能わず、その代わりにブドウ糖の栄養点滴を二袋して、翌日の手術に望むのは、前回と同じなので、感激も感動もなし。前回は、点滴する際に血管に差し込む針を入れるのが下手な看護士さんに当たっちゃって、2度も3度も刺されて、なんとも苦痛だったのだが、今回の人は1発で成功。なんでも、僕の血管は、浮かんでこないので、難しいらしい。

その日の干潮時間は、14時36分だったようだけれど、整形病院の浣腸時間は、午後8時。トイレの便座の前で、女の看護士さんに温かな浣腸液を注入され、しばし我慢の子。こんな事は、なんて言うことはない。

翌日金曜日、午後2時からの手術が30分早まったとのこと。はいはい。心電図を測るための器具を左太股に張り付けるので、左太股のお毛毛を電気カミソリでビーンビーンと剃られる。

二度目の三角巾の付け方にも惑うことなく、息子を包み込むようにして前にたらし込む。日本男児ここにあり!と言う感慨ひとしお。カテーテルだろうが、何だろうが、何でも来やがれ!と顔を2,3発叩いて、気合いを入れる。ああ、腹減った。

点滴の台をずるずる引きずりながら、手術室へ向かうと、「何か、アレルギーありますか」と看護士さんから聞かれたので、「犬ですかね。近寄ると鼻水とくしゃみが止まりません。」なんて言う話をしたら、「実は、息子がね・・・」などと、手術室で、そんな話で盛り上がる。

心電図を取るための金属製のビスが肩まわり心臓のあたり、ぺたぺたと貼り付けられて、両足にもなにか知れない機械を巻き付けられたりして、徐々に手術が始まる気配が濃厚になったところで、先生登場。

周りの看護士さんと冗談を言ったりして、緊張感ゼロ。

前回の全身麻酔の時には、目をつぶって深呼吸している間に、眠りに落ちてしまったので、今回は、目を開けて、劣る瞬間まで我慢しようと企てた。

点滴が始まる。

「筋肉を緩める薬を注入しますよ」という声とともに、左腕の注入口から確かに、冷たい液体が体に入ってきて、一瞬クラッとする感覚がある。体の力が抜ける感じ。

「ハァイ、麻酔注入します。ちょっとピリピリしますよ」との声。看護士さんが、「深呼吸してください」と耳元でささやくので、まあ深呼吸をしてみたのだった。

たしかに、ピリピリと左腕の注入口に液体が入ってくる感覚がする。頭の中で、今胸のあたり、いま心臓に回ったかな、なんて考えながら、ものの2,3回深呼吸をしていると、じっと見つめていた手術用ライトが歪んで、両目で見ている視界のスクリーンが前方に転がり込んでくるように崩れた瞬間に闇の中に落ちていった。一瞬の出来事。多分、目を開けたまま絶命していたと思われる。

今回の方が手術が短かったのか、術後麻酔が残っており、なんか意識がぼんやりしてしまっていた。前回は、手術室からレントゲンを撮られて、その後部屋に運び込まれるまではっきりと覚えていたのだが、途中、眠りについたようで、記憶がとぎれとぎれだ。

右肩が強ばって動きが悪いため、手術中に痛みを感じない最中に腕を強引に引っ張り上げたり曲げたりすることを予め知っていたのだが、手術後の痛みは、まさに、その痛み。傷口はたいしたことはないけれど、腕を伸ばされたりした痛みが、酷い筋肉痛のようになったいて、動かすのがとても痛いのだ。

こういうケースは珍しいようなので、僕の担当のリハビリ理学療法士さんも手術に呼ばれたのか、手術後、部屋に挨拶しに来てくれた。

「曲げるとき音がしました?」と聞いたら。

「はい、バキバキっていう、凄く痛そうな音が大きく響いてましたよ」

とのこと。うん、どんな音か、聞いてみたかった。

ただし、左右には動かなかったらしく、これまた地道にリハビリで治さざるを得ないだろう。出血している関節にくっついている筋肉が、また血が乾くと癒着して動かなくなるので、できるだけ動かすようにと言われたのだが、まあ、努力をしようと思う。でも、今は、凄い痛み。

今回は、手術時間が短かったのか、尿道カテーテルなし。術後一番気になっていた事なので、思わず、股間に手を伸ばし、発芽したてのゼンマイのように、丸く収まっているのを手で確認済。

前回より麻酔が効いているのか、軽い車酔いのような気持ちの悪さはあった。

肺の酸素摂取力が落ちているので、酸素吸入器で鼻から酸素を取り入れて、痛み止めと抗生物質のダブル点滴を受けて、意識がまだぼんやりしている頃、どやどやと、義母と義兄とちびっ子達が、ドタドタとお見舞いに来てくれたのだが、こっちは意識朦朧、点滴で動けないし、ちょっと気持ち悪いし、まあ、あまり話はできなかったんだけれど、まあ、有り難いことですな。見せ物としては、このくらいの格好をしていないと、入院中という感じが出ないもの。

そんな風に、2度目の手術は、痛みはほとんどなく、さすがに術後直後の痛み止めは点滴で打って貰ったけれど、前回のように、どれだけ自分がタフだか知りたくて、必死に我慢をしたのだが、堪えきれずに何度も躊躇しながら、ナースコールを押した午前4時に座薬を所望するようなことはなかった。

なんだか、病院慣れして、退屈。新鮮なことは何一つなし。もう、すぐにでも家に帰りたいのだが、抗生物質を1日2袋、3日間、計6袋点滴しなければいけないようなので、我慢我慢。どこぞの病院では、抜釘手術は1泊2日という事らしいのだが、今度は、そういう病院を探してみようと思う。

土日と、テレビでオリンピックを観たり、マフェトン理論の本を読んでみたり、してウォークマンで三遊亭圓生の「百年目」を聞いていたら、カーテンを開いて知った顔が・・・。Ohnoさんでした。

同じ所を怪我して、同じようにここで入院したので、お互いに通じ合える話というものもあって、しばし歓談。怪我をしたとき、右肘も相当に深い穴を開けて縫ったとか。それに、鎖骨と同時に脇腹も折っていたとか・・・。それで、すぐに運動しちゃうんだから、体が違うね、まったく。

Ohnoさんの場合は、退院後すぐに運動したとのこと。汗だくになっても、仕事場の医務室と夜に病院へ通って消毒して貰ったらしく、僕の場合は、そんな医務室もないので、抜糸が終わるまで、汗をかく運動は駄目みたいだ

どうも、お見舞いありがとうございました。

誰かが文句を言ったに違いないのは、食事のでき。随分と昨年の12月から比べておいしくなっていた。このくらいなら、満足の範疇だよ。まずくて、ご飯もあまり食べられないだろうからと、お煎餅の類、たっぷりと持参して、ばりばり食べていたら、太った太った。

そして、今日、血液検査。この血液検査で炎症反応がなければ、無事退院ということにして貰ったのだった。仕事がもう入っていたし、午前中に催促の電話が入ってくるし、なかなか検査の結果が上がってこないし、やきもきしたけれど、結局、炎症反応なしで、午前11時退院というわけになったのでありました。

posted by ロビオ at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

抜釘手術日確定

抜釘(ばってい)手術に関する打ち合わせの電話が病院からかかってこないので、リハビリのついでに、こちらから問い合わせた。

いつものようにヒーコラのたうち回って、リハビリ終了後打ち合わせ。7月8月と国民の休日が無く、金土日は手術はしないのだそうで、有給・代休・夏休みがない自営業者にとっては、なんとも辛い日程なのであるが、無理を言って金曜日に手術して貰うように説得。なんとか、うまく収まった、収まった。

これで、金曜日だけ休めば、土日入院、月曜日強制出勤!という前回のパターンを踏襲できそうである。と言うわけで、8月に手術と相成ったわけだ。

リンゼイ・ワグナー扮する人造人間バイオミック・ジェミーは、右手の怪力、千里眼、地獄耳という能力を整形外科手術によって獲得したわけだが、硬直化した動かない右手、最近とみに細かい字が見えなくなったこの目、耳も少し遠くなったか?の俺。

「荒野の一ドル銀貨」のジュリアーノ・ジェンマは、そのペンダントにしていた1ドル銀貨が銃弾を貫通することを妨げて一命をとりとめたのだが、俺のチタンプレートは秋葉原で暴漢に右肩をナイフで刺されない限り、そんな役にも立つわけではなく、骨固定接着の使命を終えたら、早くおさらばして、週に3回の通院リハビリ生活も早く終わりにしたい気持ちは、山々なのだ。

が、その打ち合わせの際に、12月の手術の際と同じ段取りで事前検査あり、内科検診あり、誓約書書かされたりと、また面倒な作業を繰り返さなければいけないことを思い出さされて、鬱になる。前回は、生まれて初めての手術、入院と、幾分心は浮き浮きとする部分もあったけれど、今回は、そういうものが如何に鬱陶しいものかわかっているので、気分は、砂地獄に落っことした金槌のように沈んでいくのである。せめて、美人女医さんの白い指でオペされるならば、まだ気分も少しは上向くのだが・・・。

まあ、どんな酷い状況でも終わりがある。登りの終わらない坂はない。

問題は、登り切らずに坂の途中でリタイアしてしまうこともあること。

この点が、人生を坂にたとえるこうした比喩に欠けていることと思われる。

何事も、ネガティブに。これ、肝要!

と言うわけで、梅雨のようにうっとうしい話題だったのだけれど、物事はある角度から眺めると、また違った様相を呈しており、3日間、コンピュータを持参して、DVD鑑賞するもよし、今後の体育系、文化系の趣味をどんな方向へ持って行くのか、沈思黙考するもよし。貴重な体験だ。前回記憶に定着できなかった体験を、細々と観察してみよう。

何事も、ポジティブに! これも、肝要!

さてと、明日は、BBQだ。

羊肉が届くと良いのだが・・・。

ビールは、大好きな「モルツ」をぐびぐびと、羊肉の脂で濡らした指先と唇で飲みたい。後は、みんなの馬鹿話でもりあがりたい。

MTBで出動しようと思ったのだが、肉や野菜の運搬があるから、やっぱり車で行くしかないか?

明日も、マイペースで天覧山・多峯主山周辺を走り、昼飯を作り、DVDで映画を何本か見て(仁義なき戦い 代理戦争と頂上作戦)、5時頃出発か?

怪我をすると、生活が規則正しくなるのは、おもわぬ利点だったかも。

posted by ロビオ at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

ばってい

「抜釘しましょう」と、先生と目と目があった瞬間に言われても、「ばってい」なんて言葉は日常用語にないし、他の先生のはなしだと、あと2ヶ月くらいは抜かないです、と言われていたので、最初何を言っているかわからなかったわけだ。

僕のように、鎖骨の先端部(ほぼ腕の付け根の上部あたり)を折った者は、地力で骨が付かずに、プレートで繋ぐという手術の憂き目にあうのだが、「飛」という字を書く際の一画目、水平に鉛筆の芯を引いて下方向に下ろして、するっと力を抜きながら上に戻って、二画目、三画目で、ちょんちょんと点を打つと思うのだが、その1画目の横棒及び下方向へ伸びて跳ねた形をしたプレートで、その下方向へ伸びて跳ねた部分をどこかの骨に引っかけて動かないように固定しているのである。

この形のプレートを使った者は、原理的に90度しか、つまり水平を越えて腕が上がることはないということを、担当の理学療法士の人が勉強してきたのだそうだ。もっとも、ほとんどの人が、そういう原理をすり抜けて、うまくすり抜けて、バンザイができるのだそうだが、残念ながら、腕の筋肉が硬直萎縮していることと、あくまで、標準的な患者でもあるのでしょう、僕の場合は、90度より上になかなか上がるようにならないのである。

ということで、このプレートを取ってしまえば、二つの足かせ、筋肉の硬直化とプレートのうち、一つが無くなるので、これは良いことなのであろうが、あの全身麻酔のための事前検査と、手術前述の浣腸、断食、断飲。手術後の猛烈な痛みと、抗生物質付けと入院による3度のマズイ食事。これらを考えると、気分は、日本海溝の底まで沈んでしまうのである。

だ・か・ら、痛みは我慢するから、局部麻酔でお願いできないですか!とお願いしたら、「痛いですよ。ちょっと無理ですね」との答えが返ってきた。軽度で針金を入れた場合は、それでもいいのだが、プレートで固定しているのを外すのは、いかにも痛いらしい。骨にも痛点があるようだし。

万策尽きて、やはり、全身麻酔で、また仮面ライダー本郷毅の改造人間手術シーンのように大げさな照明の下で、褌のような下着の脇から取り出された尿道にカテーテルを知らないうちに突っ込まれて、口の中には、酸素吸入器を取り付けられて、まるで蝉の顔のよう、そうして馬鹿面こいて寝ているうち(イビキすら、かいているかも知れない)に、体をいじられているのだろう。全身麻酔されている患者に、人間の尊厳はないのであろうか?まったくトホホである。

そういえば、泉鏡花の名作「外科室」という話は、麻酔の最中あらぬ言葉を発しないかと気を揉む有閑マダムが、麻酔なしで外科手術に立ち向かうという不思議な話だった。気持ちは、わかるデ。

そんなわけで、診察とリハビリのダブルヘッダで今日は病院に1時間30分もいたわけである。先日のトレイルランで転けて、可動域限界を超えて痛めた腕が、酷い筋肉痛のように痛んでいて、いつもやっているリハビリ体操がなかなかできなかったのだが、割と順調に動くようにはなっているようである。

昔なら尺取り虫のようにベッドの上をのたうち回ったり、「ひい〜っ、ふっふっふっ」とうめき声を上げながらもだえ苦しんだり、意識が痛みで遠ざかり、天井との遠近感がうまくとれなくなり、近づいたり遠のいたりしたのだが、さすがに、この時期に及んでは、痛みは、奥歯でかみしめて、素通りできる程度には落ち着いているのである。

明くる日、つまり今朝。いつものようにトレイルラン。

最近、とても体が軽くなり、どこまででも走れそうな気がして、疲れを知らない体になってきた。これは、とても愉しい感覚で、ジョグ感覚で長い坂道もなんなく登れるのが素晴らしい。

日頃やはり2時間程度の軽い運動がいいみたい。それ以上運動すると、疲れが体に溜まって、こういう愉しい体の状態にはならないようだ。土日でガツッと走るよりも、土日も平日の延長くらいに考えて、毎日コツコツと同じくらいのメニューをこなすのが、中年男の処世(体)術である。

ビートルズとは違った意味で、へんてこな音楽を作ったザ・バンド、こんな曲が作れたのは奇跡に近いと改めて深い感銘を受けて「The band」という最近は、ブラウン・アルバムと呼ばれているCDを聞きながら走ったのでした。

ちなみに、私の偏愛するロックの面々は、Bから始まる人が多く、The Beatles,The Beach boys, Bob Dylan , The Band などなど。

「ある愛の歌」のアリー・マッグロウ演ずるヒロインによれば、たしか、3Bを彼女は愛した、と物語が始まり、それは、バッハとベートーヴェン、そしてビートルズ。だったかな?

posted by ロビオ at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

リハビリ経過

昨晩のリハビリは、調子が良かった。

茶色のベッドに寝転がるだけで、腕の付け根がずーんと痛んで、時に左手で腕を持ち上げて先生を待っていたりしたのだが、昨晩は耐えられる痛み。

90度までの範囲ならば、リカちゃん人形やGIジョーとまではいかないものの、滑らかに腕の関節が動いているようなのだ。

昨日、電車の中で、つり革を右手で掴んだが、かつてつり革掴み初挑戦の時には、ほとんど体が歪んで肩から伸ばしてようやく手の先がつり革に触れる程度だったのに、多少の痛みはあるが、ひょいと掴めたのだった。

横臥して腕を引っ張り上げるという、これまた、拷問に近かった責め苦の数々も、なにか懐かしい思い出のように、遠くから眺めているような自分に気がつき、驚く。痛みの質が徐々に変わってきている。

当初、少しでも腕が動くとその瞬間、痛みが腕からにじみ出て、薄皮に渋柿エキスを擦り込んでハンマーで叩いたような痛みを数十秒耐えなければならなかった。しゃがみ込んで、右肩を握りしめ、失禁しそうなZIZIを空いている3本指で掴まないと、粗相をしてしまうんじゃないかというほど痛みは酷いものだったのだ。

今思い出す酷い痛みベスト3

第3位 バイクでラッシュ中の道をどぶ板走行中、突然女性が現れて、急ブレーキ。その際、体が前につんのめる形で腕が僅かに動いたのだった。痛みに世界の音が消え、痛みだけが残った。シャンプーが目に入ったかのように眼を固く閉じて痛みを堪える。鼻の奥につーんとするものが。涙かよ。あまりに痛いと涙が出るのか?

第2位 多峯主山裏、武蔵丘基地へ向かう下りを猛烈なスピードで走りながらクラッシュ転倒。右肩を強打するとともに、腕が動いた・・・。こればかりは、鉄板焼きの上の活きたエビのように、寝ながら跳ねること再三再四。エビよりも大げさなのは、悲鳴を上げられること。

第1位 某公共機関の階段で蹴躓いて、踊り場に飛び込んだ。右腕を庇うために、リノニウムの床に左頬から落下したが、これまた右腕がかなりの角度まで動いた模様。遠巻きに沢山の人に見られながらのパフォーマンス。とにかく、痛くて動けない。人がいなければ、第2位のように跳ねるのだが、それも恥ずかしいので、死体事故現場の死体のように、体のラインを白墨で引かれたかのように、しばらくそのまま歯を食いしばって痛みに耐えた。右頬、左肘、左足で支えていた体が、痛みが弱まるとともに脱力し、壊れたテントのように平らになった。ああ、恥ずかしい。

そのくらいが、思い出として残っているのだが・・・

勿論、リハビリのセンセに引っ張られた時の痛みは、十分報告したつもり。これは、不意打ちではなく、覚悟の痛みなので、気分的は楽なのだよ。

しかし、いくら良くなってきたとはいうものの、まだ、完治にはほど遠いたかが90度までは滑らかに腕が上がるという状況である。ここからが、本当のリハビリ。動かさないでいると、すぐに筋肉は固まってしまうので、ちょっとの間も油断が出来ない。

と言うわけで、今朝もトレランしながら、リハビリを敢行。なんか、疲れが溜まっているようで、心拍は上がらないし、やる気も出なかったのだが、ウッドストックの4枚組ボックスセットのなかの、4枚目か?ジョー・コッカーだのキャンド・ヒートだの、ジェファーソンエアプインだの、ザ・バンド、ジミヘン登場のCDを聞きながら走るトレイルは、汗をかくほど気持ちの良い走りになったが、しかし、ザ・バンドが良くこのコンサートに出演したよなあ。髪の毛短いし、ヒッピームーブメントとは一線を画しているのは確実だ。

話は変わるけれど、ブルース・リーの「燃えよ!ドラゴン」を見ていたら、やはり、ああいう肉体持っていないと駄目だよな!と溜息付いた。本格的に、痩せないといかんなあ。

posted by ロビオ at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

リハブ後ジョギング

今朝も元気よく早起きで近所の山の中を走ってきた。やや新緑の初々しい色からは、外れてきたけれど、まだまだ気持ちの良い山の中ではある。

昨晩は、今週1回目のリハビリへ向かう。月末はちょっと用事が入って、1回パス。今週は、2回の通院で終わることになる。

隣で治療している女子高生と理学療法士が学校生活の話なんぞをぴーちくぱーちく話し合いながら、いかにも楽しそうに、怪我しているらしい足の関節の伸び縮みを行っている、のに対し、その隣のベッドでは、いつもと同じ、苦悶に眉を八の字、逆八の字、たまに、嗚咽を喉の奥から漏らしたり、気絶しないようにズボンの生地を握りしめたり、ベッドの上を飛び跳ねたり、足が虚空に浮かんでしまって、空中でペダリングしているような時もある。それも、痛みを堪えるための体の順応なのさ。リンダ・ブレアーのエクソシストみたいに、ベッドが軋む軋む!

先生に聞いてみた。「皆さん、平気なようですが、ボクが痛みに弱いのかね?」

「いや、○○さんのは、酷い固さですから、最高に痛むはずです。ここまで酷いのは、ボクも処置したこと無いですから」ですと。

それを聞いて、少し安心したのだった。

だって、みんな、楽しそうに、足を伸ばしたり、マッサージ受けたりしているんだもんね。ひとり、オーバー・アクションで呻吟しているのは、みっともないじゃねえか。

皆さんに、ボクの関節の硬さの酷さを、先生が吹聴してくれればいいのだが、それも、かえって、逆効果か?とにかく、精も根も尽き果てて、ようやくリハビが終わって、涙目で目を開けると、むち打ちかなんかで、首を釣っている2,3名が不思議な顔してこっちを見ているのがわかるときがあるのだ。

昨日は、「はいっ、ここが90度。ここから先曲がるようになると直りも早いんですがね」と、更に、何ミリか上に腕を上げた瞬間、遠くで蝉の鳴き声が聞こえたような気がして、夏休みに近所の山でモンシロチョウを捕まえに来たような気がして、海にたゆたうゴムビーチマットに寝ころんで日焼けを楽しんでいるような気がして、痛みが、全身を刺し貫いた。「いてええええええええええええええええええええええええっ。」

というわけで、今朝起きたときも、右肩が酷く痛んで、走るのにも苦労する。それでも、徐々に可動域は増えているので、痛みに堪えて、右腕をぐりぐり動かしながら、山の中を走ったのだった。

昨日、電車の中でつり革を左手で掴んで立っていたら、その右隣のつり革の輪が、電車の動きに合わせて右左に動いているのが気になった。「右手で私を掴めないだろう!」とつり革にせせら笑われているような、挑発されているような気がしたのだった。

徐々に右手をつり革の方へ持ち上げていき(ちあきなおみの「喝采」風)、あと、数センチというところまで至ると、親指を除く他のすべての指がそうすれば届くのではないかとの期待を込めてひらひらと動き出す。右肩は、もう少しで限界な感じ。痛みも結構ある。これ以上腕を伸ばすことが難しい形になると、こんどは、肩から上に上がろうとして、右半身全体が伸び上がるようにして、つり革へあと1センチ、5ミリ(このあたりで、ひらひらした中指が吊り輪を弾き飛ばす)と近づき、中指が溺れる者が藁を掴むように第1関節あたりでつり革を保持し、あとは、尺取り虫の要領で、薬指、人差し指でつかまり、しっかりと握れたのだった。めでたしめでたし。

でも、ちょっと、恥ずかしかったなあ。こっちは、集中してやっていたから、周りの目なんか目に入らなかったけれど。

そんなことを思い出しながら、サンタナの「キャラバンサライ」の中の「風の歌」を聞いていると、ひょっとして、村上春樹の「風の歌を聴け」という小説は、サンタナの「「風の歌」を聴け」なのかもと思ったりしたのだった。ニール・ショーンとサンタナの掛け合いギター。単純で良いですな。

posted by ロビオ at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

不調な日

三日連続の今週のリハビリも、今日が最終日。

昨日のリハビリと今朝のトレランリハビリの相乗効果で、普通にしていても肩周りがきつく痛んでいる。

こういう状況で、リハビリと正面向いて対峙する対決姿勢を崩さず維持することは難しい。病院の待合室も、魚眼レンズで見ているかのように、奥行きを失い、疎遠な感じがして、この場から逃げ出したい気分が横溢する。

ベッドに仰向けになった時に、既に、右腕が痛くて、ベッドの上に腕を置くことあたわず。

最初の暖機運転、腕を前後左右に動かされて可動域を確保していく段で、痛みがつーんと鼻の奥をついて、喉の奥深くで「今日は止めませんか?」との魅力あふれる提言がいともたやすく口から出てきそうである。

精神の張りが最初から切れている。

いやはや、人間の精神力とは素晴らしいものだ。リハビリに最初から対決姿勢で、ピンと張り詰めた状況で望めば、高波を砕く堤防のテトラポットのように痛みを千々に砕いて緩衝し、次に襲いかかる痛みの来し方を予測できるように体全体で備えて待つことができるものだ。先手必勝!すると、精神にゆとりが生まれて、体もその分緩むんでしょうな。そして、痛みに耐えてベッドから下りたときには、なにか、こう大きな事業を一心不乱に成し遂げたような心地よい満足感さえこみ上げてくるものだ。

それが、ちょっぴり、鬱で逃げ出したくなるような気持ちでリハビリに望むと、緊張感を保つこと難しく、痛みに対し及び腰であり、高波に翻弄され、迎え撃つよりは、防御一方になり、やがて、矢尽き刀を杖にして、尾羽うち枯らした零落した自分を発見することになる。

昨日は、そんな感じ。ちょっとした痛みの我慢が難しい。リハビリの痛みに完敗。

こんな風にリハビリが不調だと、朝のトレイルランにも微妙に影響が出る。

肩の痛みに、常に眠りが浅く、少し雨が降っても目が覚めるのだが、今朝は、3時頃だろうか、雨がパラパラと、鋼板葺きの屋根を叩く音が聞こえたので、今日は朝トレなしよ!と内心ほくそ笑んで、二度寝したのだが、以後熟眠。

いつものように5時に起きると、あれま、雨は降っていない。朝トレ無しが、そんなに嬉しかったのか、この何ヶ月もしていない俯せで寝ていたようだ。

妻が、いきなり、失礼にも、起き抜けの俺の顔を指さして笑っているのだ。シーツの凹凸の畦道のような線を、顔で転写したようなのだ。頬には、無数の畦道のような皺があり、かつ、饅頭のように膨らんだ寝ぼけマナコで、にこっとすると、それは、猟奇の対象の世界。自分で、鏡をみてほほえんだら、あまりにも酷い顔で、可笑しかった。

まあ、それはいいのだが、疲れが、体にたまっているのがわかる。それに、この今朝の生暖かさは一体何だ?鮪の赤身を食べた後の口臭のような、膿み出した傷口のような、やや生臭い臭いが風に乗って広がっている。まとわりつく湿気は、今年最高の湿度を保っているのではないか。歩くのもかったるい。脚気にでもなったか。

天覧山の中段に至るコンクリートの激坂でふくらはぎが痛くなり、だるさはピークに登り詰める。や〜めた!今日は、走るのは止めにしよう。

そういえば、昨晩は、Ipodにいれる音楽をどれにしようか、1時間くらい迷ったあげくこれといったCDをチョイス出来ずに、何もかも不調だったことがこれでもわかる。バイオリズムも多分最低だったのではないか。こんな時は、休むにしかず。というわけで、今日は、天覧山までの散歩という所に落ち着いたわけでした。

情けなし。

posted by ロビオ at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月15日

涙泪のリハビリ

リハビリ第何週目かの3日連続セッションが始まった。

徐々に固かった筋肉も、すこしずつ柔らかくなってきたのか、いきなり限界可動域からリハビリが始まるので、およそ、30分か40分、のたうち回りながらの苦行である。

わずか1ミリでも、限界可動域から外れると、ものすごい痛みが走る。今までは、肩というか腕の付け根の筋肉が痛かったのだが、今回からは、上腕部の筋肉が悲鳴を上げだしてきた。

「千切れるう・・・」と必至に痛みを堪えるが、喉奧からつい漏れてしまう悲鳴に似た音、ショッカーの「イーッ」という音のもっと高いファルセットボイス、「ヒィーーッ」と言語化すればそんな音か。大の大人がベッドの上で恥ずかしい、が、こんな悲鳴でも上げなければ、気が狂ってしまいそうな痛みなのだ。

出来るなら、気を失って、その間に、風車よろしく、腕を360度回転してくれて、気がついたら「だいぶ廻るようになってますよ!」なんていう風にはならないものかと、痛みを堪えて、涙を流して、鼻水を垂らしながら、時に、枕カバーで拭いたりする余裕を見せながらの、苦行である。

宇野鴻一郎風に言えば、もう、それだけで十分痛いのに、先生ったら、酷いんですっ。ぐりぐり動かすんですっ、という感じだろうか?

とにかく、痛すぎて今腕がどんな状況かも把握できないのだが、ドレミファと音階が上がっていくように、痛みがどんどん上昇していき、眉間の皺も、手のひらに食い込む指爪の深度も大きくなっていく。嗚呼。

「ヒィーッ」。さすがに、悲鳴を上げたね。体はブリッジ、太鼓橋状態。つむじを枕に押しつけながら、失神寸前。ブランコで言えば、立ち漕ぎで遂に一回転してしまったような感じ。限界突破。もう恐れるものなどありはしない。

それでも終わらぬリハビリの手。さらに、違う動きで斜めに動かすと、最初は、つけすぎたわさびのような刺激的な痛みが走って、しばし頭は、覚醒されるが、続く断続的な痛みで、腕の筋肉も痛みのため硬直化しているのか、ピクピクと痙攣しているのがわかる。

余りの痛さに、息をしていることを忘れていたようで、「ずは〜っっ」と溺れる者が酸素を希求するような音を立てて、肺の中に吸い込まれていく。ああ、恥ずかしい。

それでも、幾分の進歩があり、肩から水平より若干上の所まで、腕が動くようになったようだ。ここからが大変なのだそうだが、今朝も、朝トレで、山の中を走りながら、ひたすら肩を動かしながら走っていたので、そのうち良くなっていくでしょう、と、気楽に考えている。結構、重傷らしいのだが・・・。

posted by ロビオ at 10:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

ボキボキ日記 リハビリ編

昨晩は、3日連続のリハビリの最終日。「今週の」という事ですが。

朝、トレイルランで、「どですかでん」式の走りをしたお陰で、最初から腕が広がる。この状態にするまで、揉みほぐしたり、伸ばしたりするので、本題に入る前に結構準備に手間がかかる。

しかし、今日は、準備時間も短く、最初から拷問が始まる。脇の奧にある肩胛骨にくっついている固く強ばった筋肉を押しつけながら、腕が引っ張られるのだ。

小学生の頃の土曜日といえば、他に用がなければ、午後2時くらいから始まる12チャンネルの洋画番組だった。「大アマゾンの半魚人」も「怪奇ミイラ男」も、「蝿男の恐怖」も、ピーター・カッシングが登場する狼男・吸血鬼の類の超B級な映画は、ここで見入った記憶だけが頼りである。

その中で、吸血鬼ドラキュラの亜流のつまらない映画があって、大昔に処刑されたドラキュラが蘇るといった話だったと思う。その処刑の場面が、そいつの四肢にロープを巻き付けて、そのロープを馬に引かせるという訳さ。哀れ、馬がパカパカとひずめの音を立てながらゆっくりと進むと、徐々に少しずつ、四肢がちぎられていく・・・という処刑の仕方だった。

このリハビリを受けていて、ふと、30数年前のそんな映画の場面が浮かんできた。「ああ、腕がちぎれるぅ・・・」。

もうリハビリ室の茶色いベッドの上で、もう自分のタフさ加減を主張しようとは全然思っていないのだが、この痛みに、体は、時に熱々のフライパンの上に生きたまま乗せられたエビのように「く」の字に跳躍し、「あぐぐっ ふぇっ」なんという声にならない音が喉奧からしわぶきのように発せられる。足首はピーンで、こむら返りを併発した自分を外で見たらさぞおかしいだろうと思う余裕が出てきたのは、慣れのおかげか。

最近では、肩が痛むだけではなく、上腕部の筋肉自体が引き延ばされると痛むようになった。これが、ものすごい痛さなんだ。目からは、一筋の涙。枕を少しだけ濡らします。

徐々に動く範囲が広くなっていくと、いままで痛まなかった筋肉が痛んでくるそうで、まだ痛みさえ生じないコチコチに固まった肩胛骨周辺の筋肉も、そのうち激痛が走るようになるらしい。コチコチに固くて・・と言われて喜ぶ貴兄も多かろうが、この場場合は、柔らかく無くてはならないのだ。まあ、そう痛みが生じてくるということは、筋肉が伸ばさているという証拠なのだから。そうなれば、徐々に回復していくということにはなるのだろうが、いやはや、リハビリの痛さったら無い。

路地から飛び出して車に轢かれた犬が、その路地からは出られなくなってしまうことが良くあるそうだが、某整形外科のリハビリ室に行くと、なんだか異様な緊張が体を走るのだ。喉が渇き、唇をしきりと舐めたりして、落ち着かないことは、水平線に泳ぐ視線が物語っていただろう。ちょっと体調が・・・と言い訳をして今日じゃなくて、明日でも良いんじゃないだろうかと、リハビリを後へ後へと後回しにしようとする気分が濃厚に心の中を占めてくる。

ま、逃げてもしょうがないので、週3回通いますがね。

そんなわけで、リハビリにトレイルランが有益だということがわかったので、昨晩は、念入りに、Ipodの中身を換えてみたのだ。

グレン・グールド演奏の「ゴールドベルク」。へリンク・シェリングのバッハのバイオリン協奏曲。チャーリー・パーカーの「オン・ダイアル」。ザ・フーのシングルだけを集めたベスト盤。それから・・・ビートルズの「1」という1位になった曲だけを集めたベスト盤。イエスの「こわれもの」やら、エルビス・プレスリーの「ロッカー」などなど。

そして、肩の痛みで目が覚めた午前3時に、大雨が降っていることに気がついて、不貞寝というわけ。残念でしたな。

ま、明日があるわさ。

posted by ロビオ at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

ボキボキ日記 リハビリ編

週3回のリハビリを続けて、今週で第3週目。すこしずつ良くなっているんでしょうかね?相変わらず、涙泪のリハビリです。痛いの何のって、まあ、それは、想像を絶するほど。この痛みが何に近いかと言えば、足の裏を棒でぐりぐりほじくる健康法知っていますか?体を拘禁させられたまま、その棒で、足の裏中心部を力任せにぐりぐり長時間押しつけられる痛みといったら一番近いですかね。もう、汗だくですよ。何故か知らないけれど、数年前に止めた煙草が吸いたくなってくる。

自分一人だと、ここまでの痛みを感じる前に、脳みそがストップをかけてしまうので、ちょっと無理なんですね。どうしても、痛みを抑えるために、体が強ばって、拒否をしてしまう。

まあ、これも、事故後直ぐにリハビリ行動を起こさなかった私が悪い、そして、そういうことを指示しなかった担当医も二重に悪い。医者と患者の共犯の結果が、この報いな訳さ。

骨折経験豊富な親戚の元競輪選手の叔父さんに母が、「直ぐに動かさないととんでもないことになるぞ」と言われたと、母から言われたけれど、もっと早く言ってくれよ!

まあ、肩周りや肩胛骨の筋肉、骨の動き方、靱帯の在処、などなど、手に入れられる範囲の図書、インターネットで調べた結果、かなりな知識が付いたのは、良かったのかも知れない。なにごとも勉強ですからね。

現状だと、肩の位置まで手が水平に動くようにはなった。まだ、その際、痛みはあるけれど。ここから、更にバンザイするのを可能にするためには、滑らかに肩がねじれながら上方に上がっていく必要がある。その動きが、ほとんど出来ないというか、固まっちゃって、ねじれる際に異常な痛みが走る訳さ。

だから、これからが、本番のリハビリ。鎖骨を梃子に、肩をねじりながら筋肉を総動員させてミチミチと音を立てさせながら上部に動かすこと。おお、考えただけで、痛みが襲ってくるぞ。

この日、リハビリの他に、肩の骨折の通院日でもあったので、レントゲンをば。2週間前よりも、更に、骨が付着しているらしく、手術にちょっと躊躇していたこの先生も、プレートを除去できなくはないという、二重否定の文脈で肯定してくれたのは、まあ、少しの進歩でしょう。

だが、この肩の痛みがプレートのせいでは無いことがわかった今では、こんなプレートどうでもよろしいという気分が濃厚で、それよりも、自由に右腕をぶるんぶるん回しながら、ピート・タウンゼントみたいに、Eメジャーコードを引きたい気分。治ったら、テレキャスターを買おうと思う。

posted by ロビオ at 11:58| Comment(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

リハビリ ラジオ講座

今週は、3日連続で、リハビリ通院の予定。しかし、なかなか固まった筋肉は、柔らかくなってくれない。それでも徐々に、今までは、脇の下が広がらずに届かなかった奥の方にある筋肉に理学療法士の手が届くようになってきて、そこを揉みほぐしながら、腕を動かせるギリギリの所まで、動かしていく。

痛くて、ベッドの上で体がねじれてしまい、額には、汗をかくほどなのだ。まあ、それでも、激痛が続くことは無くなって、楽な姿勢にすると、痛みは消えるので、前進はしているのだが。

バレーダンサーの熊川哲也が、泣く泣くリハビリしてようやく舞台に立てるようになったとのコメントがどこかに載っていたけれど、本当に、リハビリとは、痛くて辛い体験ですな。

でも、こんな体験でもしないと、リハビリに苦悶の形相で一生懸命になって取り組んで知る人の痛みなんぞ、一生わからなかったはずなので、まあ、痛みと引き替えに、同情できる下地ができたようで、心の厚みが少しだけ増えたような気がする。

4月開講のラジオ講座。

いつものように、タイマー録音できるICレコーダーで、留守録して電車で聞くという「通勤語学塾」と称して、電車の中で、ぶつぶつリピートしながら楽しんでいるのだが、英語の講座は、イマイチか?

「ラジオ英会話」は、難しさのランクが一つ上がったはずなのに、「ラジオ英会話入門」と全くレベルが同じだし、「入門ビジネス英語」も、くそっ、というほど、挑戦したくなるほどのレベルじゃない。そう考えると、大学レベルを超えた前年度の「英会話上級」は、楽しかった。ま、難しすぎて、苦情もあったのだろうが。まあ、杉田敏先生の「実践ビジネス英語」は、健在だから、しばらく続けてみて、杉田先生一本に絞るかな?

フランス語は、「まいにちフランス語」と名前が変わって、5分短い15分の講義なのだが、まあ、こちらは、前回にも書いたように、楽しく学びましょう!という姿勢の放送なのだ。まあ、こっちは、たのしく学べそう。

忘れそうな鼻母音の発音

1 an en am en は、大きく口を開いて奥の方から「アン」 「オン」に近い発音

2 on om は「オン」

それ以外は、口を横に広げて「アン」 「エン」に近い発音

posted by ロビオ at 13:21| Comment(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月01日

ボキボキ日記 リハビリ編

妻が、ぎっくり腰で、座ったところからスローモーションで立ち上がる一方、寝転がって、テレビを見ていた俺は、痛っっっと、同じ姿勢で固まった肩をゆっくりと動かしている。そんな動きが同じ時間に同じ部屋で行われると、なんか、動物園のオラウータン2頭が、「さあ、メシでも食うか」と、やおら動き出すようで、夫婦で大笑い。

妻は、笑うと腰が痛むようで、唇をかみしめながら笑いを堪えていた模様。

というわけで、健康を絵に描いたような家庭よりも、少しばかり融通が利かない体があった方が、笑いが出ますね。

鬼のリハビリ(でもないか)を開始して、可動域は、広くなりつつあるけれど、特に翌日の朝の痛みは、酷いものだ。頑張れば頑張るほど、翌朝の痛みは、重い。

今朝は、風呂に入った後、肩胛骨を動かす運動をしてみたところ、2,3日前までは、砂に埋もれたマンホールのように、どこにあるのかわからなかったような肩胛骨の位置が、今朝は、腕を動かすと、ぴくぴく動いているようなのだ。

これは、なかなか良い兆候ではないか。

理学療法士の毎回出される宿題は、リハビリを始めてからは、こなすようにしている。早く、痛みが泣くがなって、自転車が乗りたいものな。

白石峠も開通しているようだし、ちょっと、登る自信がないけれど、このまま可動域が広がっていけば、近日中に、ロードは乗れるようになるかも知れない。

そうそう、名郷水飲み場のダッシュ記録も更新したい。

まずは、朝トレからだな。うん。

posted by ロビオ at 15:37| Comment(2) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月30日

ボキボキ日記 リハビリ編 鍼を打つ

妻がいきなり、ぎっくり腰になったので、知り合いの鍼灸師の所へ車で連れて行く。

ついでなので、ボクの肩も診てもらって、ガシガシ鍼を打って貰う。ツボにはまると、じ〜んとした怠いような感覚が味わえて、気持ちが良いのか、痛いのか、どちらなのかわからないような感覚がある。

結果、肩の可動域は水平に伸ばすところまでは何とか出来るようになった。とにかく、肩周りの筋肉がコチコチになっているらしい。

しかし、本格的にリハビリをはじめてから、1週間。結構、順調のような気がするのだが・・・。

posted by ロビオ at 09:32| Comment(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月28日

ボキボキ日記 リハビリ編 3回目

リハビリ通院3日目。もっと早くリハビリ科へ移送してくれればいいものを、長々と整形外科という治療には意味のないところに2週間に1度通院していたわけだ。整形外科は、手術してしまえば、用はないところ。たまにレントゲンを撮って、骨の癒着具合を見るだけだったものな。あと1ヶ月早くリハビリ科へ回してくれていたら、こんな苦労も無かろうに、と思うのである。

リハビリ1回目の時には、少しでも腕が動くと激痛が走って、肩に渦潮の痛みが消えるまで(あくまでもイメージ)、じっと息を止めて10秒間くらい耐えるほどのものだったのだ。これは、酷い痛みです。その数日前には、渋滞中の国道をバイクでゆっくりと走っていたら、横断してくる女性がいたので、ちょっとしたブレーキをかけたところ、体が前に動いた結果腕がその分動いて、その猛烈な痛みに、動けなかったほどだったのだ。山の中で2度、某所の階段踊り場で転けたときも、今から思うと、転けた瞬間に腕が上下左右に動いた時の痛みだったのだと今になって思う。まったく、その痛みと行ったら、食欲が無くなるくらいの痛みなのだ。

だが、お陰様で、その激痛は、無理をすると今でも感じることがあるのだが、すこしではあるが可動域も広がってきて、随分と楽になった。可動域が広がる→日常生活で出来る種類の行為が増える→動かすことによって、更に可動域が広がる、という一連の連鎖が成り立ち、どんどん良くなっていくそうだ。ほんと、体というものは、使わないとどんどん退化してしまう。逆に、少しずつでも動かしていくと、良くなっていく。

しかし、理学療法士の言うことには、腕が地面に対して水平に上がるまでは、割と簡単にできるようになるが、それより上に動かせるようになるのは、なかなか難しいという判断をしているようだ。水平より上に腕を上げると言うことは、鎖骨自体もねじれるし腕もねじれ、鎖骨も持ちあがるというような複雑な筋肉骨格の連動が必要とされるのだそうだ。

今日は、肩胛骨の動きも悪くなっており、ぺたりと背中に張り付いたまま動かせない状態になっている事を指摘された。その為には、右手を前に伸ばしきったところから、更に前へ手を伸ばす(まあ、クロールで言うキャッチの瞬間に腕を前に出来るだけ伸ばす要領ですな)事を練習するようにという課題を与えられたのだが、これが、只でさえ腕を前に伸ばすのが困難な状態であるからして、なかなか難しいのである。

この1週間くらい、出来るだけ右腕を動かそうと努力しているのだが、日常の運動だけしかしていないのに、軽い筋肉痛のような痛みが随所に現れている。随分と弱ったものだぜ。

posted by ロビオ at 09:13| Comment(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

ボキボキ日記 リハビリ編 第2回目

なんでも、ボクの肩のこわばりは、週3で3ヶ月かかる難物となっているらしく、重症らしい。

肩という箇所は、最も精妙に出来ている箇所で、小さな細かな筋肉群がミチミチと軋みあって重層しているところで、一番強ばりやすいのが、骨にへばりついているあたり、そこは、あっという間に強ばって、伸縮性が無くなってしまい、1週間も動かさないと、たちまちに強ばるのだそうだ。

怪我をした後、映画を見たりすると、どうしても鎖骨、肩のあたりに目がいくのだが、特に手を垂直に挙げたときの体の動きの見事さと言ったら無い。鎖骨の末端が腕の付け根の下に見事に隠れて行く様子は、特に、痩せていて筋肉が付いている人の様子は、ほれぼれとするほどだ。

で、今日もリハビリ。手の可動域を広げるために、ベッドに横たわった私の腕をあちらこちらに動かしながら、その時に伸びる筋肉を揉みほぐしながらの作業である。ボクの顔色や眉間の皺や漏れる嗚咽を観察しながら、ゆっくりとやってくれるので、半ば、痛く、半ば気持ちよいという、ほどよい加減でしてくれる。

「四十肩」疑惑がボクの頭の中にあったのだが、四十肩は、肩の炎症であって、私の強ばった筋肉が収縮するときに体が発する悲鳴の痛さとは、別物だと言うことを、理学療法士からも聞いたし、ネットでも調べてみた。

そうなると、地道に強ばった筋肉をほぐしながら治せばよいと言うことになり、原因がわかったことにより、不安は霧消して、精神的に気分が楽になった。

歩くときも顔をしかめながら腕を振って歩き、暇さえあれば肩を回したり、風呂上がりは、ちょっと本格的に上下左右に動かしてみたり、なんか、肩の強ばりと戦う姿勢が鮮明に出てきた。

そのお陰かどうか、この日の可動域は、前日の第1回目の時よりは、ちょっとではあるけれど広がっている様子。

そして、可動域が90度を超えて110度くらいまで出来るようになれば、たいていの動作は可能になってくる結果、日常的に肩を回せるようになるので、その相互作用で、よくなっていくそうなのだ。

現在髪の毛を洗うのに、まるで、干潟の左手が大きく右手が小さな蟹のように、右手は耳の上あたりしか届かず、また洗顔も右手のひらがなかなか顔に近づけない状況というなんとも歯がゆい状況であるのだが、これを柔軟性回復の目安にしていこうかなと思っている。

寝るときにも、寝返りがさほど痛まず出来るようになったような気がする。

今日も又、リハビリだ。

posted by ロビオ at 09:39| Comment(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月25日

ボキボキ日記24回目

2週間に1度の通院日が来た。今回は、骨折箇所のプレートを取り外してもよいという前回のA先生の話について、本当に、手術後3ヶ月で骨は付いており、そんな手術をしても大丈夫なのかどうなのかを確か見たく、ちょうど、今日の担当医師は、院長なので、最低でも2名の先生に診てもらってから、手術をしようといきり立って通院したのだ。

では、レントゲンと、何回目かのレントゲン写真を撮った結果、だいぶくっついているけれど、まだ割れているところもあるので、院長としては、しっかりくっついてからプレートは外しましょうということになったのだった。

言うことが診てもらっている先生毎に全く違うというのが、ここの病院の特色で、いまさら、驚かないけれど、4月にも手術をするぞ!と鼻息荒かった気分が一気に喪失。簡単な手術とはいえ、全身麻酔の手術。その面倒なことはよくわかっているので、決心するのに、結構努力が必要だったのである。

2度、3度と押し問答をしたが、完全にくっついていない以上、手術を強硬にお願いして、認められても、本当にそれで良いのか?という疑問もあるし、再度割れたら、もう一度やり直しということもある。

まあ、理はそちらにあるのは、わかるのだが、握った拳でようやく決心した心の行き場を探しながらも、意味のない怒りが沸々と湧いてきて、診察室に、サンドバッグがあるなら(どこに?)間違いなく、真空飛び膝蹴りを一発撃ち込むか、あるいは、嫌がらせに、その場でしゃがんでうんこして溜飲を下げるか、そんな気分が怒りが己がマナコの中で炎となって燃え上がるのである。

というのも、肩というか、最近痛みが引いてきたので、痛む箇所がわかるようになったのだが、腕の付け根が非常に痛むのだが、それは、取り付けたプレートのせいである、という風に考えていたのであって、その諸悪の根源が取り除かれれば、晴れて痛みは軽減し、無くなるであろうという単純な物語を考えていたから、それが今できないとなると、心におもく痛みの継続がのしかかってくるような気がしたからだ。

で、腕の付け根が痛くてたまらんという事を訴えたら、あまりにも動かなすぎる我が腕の動く角度を遠くの方から分度器で透かして測ったりして、「これはいけませんね、リハビリで動かさないと」という方向に話が行って、この痛みは、腕を動かさない為に、筋肉や靱帯が硬直してしまったが故の痛みだと言うことが判明。

「だって、A先生が外れちゃうから、動かさないように、と言っていたのですよ」といったら、「どんどんうごかして下さい」との返事。

なんだかなあ。

ことわざに曰く「船頭多くして船山に上る」。しかし、医療に関しては、たくさんの先生に診てもらった方が良いんじゃないでしょうか。間違っても、一人の医者の言うことだけに耳を傾けないように。

というわけで、今日からリハビリの開始をすることになった。

肩を温めてから、ベッドに寝ながら、腕をあっちの方向こっちの方向へ優しく動かして貰う。ボクの知り合いで大怪我をした仲間も、この方がリハビリ指導したとのことで、そんな話も色々としながら、「痛っっっっっ」と顔をしかめながら、時々、おならが我が尻からケアレスウィスパーと空気を振るわせたり、まあ、それは、恥ずかしいのだが、痛みと一緒に出てしまうことも、たまにはあるのだ。

結果、相当悪化しているようで、長期のリハビリが必要だと言うことだ。だから、A先生に、涙が出るほど痛いんですよ!と訴えても、薬を処方して貰っただけで、そんなこんなで、一ヶ月が経過して、さらに悪化の一途を辿ったようなのだ。あと、1ヶ月先にリハビリか、あるいは、かんたんな動かすための体操とか指導してくれたら、こんなには、悪化しなかったかも知れない。

しかし、この理学療法士というのかな、専門名は。骨とか筋肉とか靱帯とかの知識に通暁しており、こういう風にねじると爆発的に痛みが出るでしょ?といって、ちょっとひねると、その通りになったりして、診察の結果は、ここにきて、大いに信頼できそうな気分になってきたのであった。30分ぐらい、腕を曲がるところまでいろいろな方向へ曲げて貰って終了。なにか家でできる体操みたいなものはないのか?と訪ねたら、最後に、それを教わったのだった。

それは、前につんのめって左手で机などに手をかけて、右手をぶらりとさせて1キロくらいの重りを掴んで、ぶらぶらとさせて腕の可動域を広げるような体操である。

家で早速、妻がジョギングの際に手でもって腕の筋肉を付けるために使用していた、メリケンサック状の重りがちょうど1キロのものが押し入れにあったので、やってみることに。

ほんと、可動域は、大きなのっぽの古時計の振り子くらいしか動かないのは、驚愕の事実。ヤバイと自分でも思う。我が不肖の息子だって、腰を振れば、太股パッチンと心地よい音を立てて可動するものを・・・。ま、関係ないか。

まあ、肩の筋肉やら靱帯が強ばって、ざらざらとして滑らかに筋肉の筋が動かずに、ギシギシと擦れるから痛いのだと言うことは・・・これって、「四十肩」そのものではないかと、思うのだが、如何なものだろう。

なんか、30過ぎれば、年をとると言うことは、死に向かっていろいろなものが、体の臓器骨格の故障の歩みを速めているわけで、偶然、この骨折と故障の発症が同時発生したものとも考えられるのだが、如何なものだろう。運動をしていれば、それだけ、故障の度合いは速くなり、一流選手で長生きはいないというのは、こう言うところにあるのかも知れない。

こんな風に、リハビリの練習をしたお陰か、久しぶりに、床に張り付いているチューイングガムのように、俯せになって失神するかのように眠れた。いつもは、寝返りも打てずに、天井ばかりを見て腰が痛くなるような眠りだったのだ。いろいろな体位が、人々を幸せにする。まして、寝るときは尚更である。

夢の中で、愛車のトレック・マドンにのって、名郷トレをやっている夢を見た。滑らかにチェンジするデュラ・エースの変速機の感触を味わいながら、右肩の痛みがないのを、しきりに不思議がっている自分がいたのだった。目が覚めたときは、涎を枕に垂らしておったとな。法悦法悦・・・。

まあ、これで、リハビリという楽しみが出来たわけだ。先は、長く苦しいかも知れないけれど、久しぶりの新人で素晴らしい歌でグラミー賞をとった、エイミー・ワインハウスの「リハブ」でも聞いて、やっていこうと思う。

Amy Winehouse=Rehab を聞く

posted by ロビオ at 12:47| Comment(2) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

くっついた

当初、鎖骨骨折手術で骨を止めている金属プレートを取るのは、手術後6ヶ月以上立ってからとか、いやいや1年はかかるとか、色々言われたのだが、今日、整形外科へ行って尋ねてみたら、骨は、しっかりとくっついているようで、いつでも、とっても良いとの回答を得たのだった。

しかし、診てもらった医師の言うことが、ことごとく違うというのは、どういう事なのか?

でも、早くて6月過ぎかな?と思っていたので、随分と気持ちが楽になったのは事実ではある。これも、毎日2回飲み続けた妻の知人から紹介いただいた天然カルシウムのなせる技なのか、骨のできる速度は、存分にはやかったのかもしれない。

しかしだ、相変わらず肩の動かせる角度は、70度位を以て限界で、髪の毛を右手で洗うのは、ほとんど不可能。電車に乗って、荷台に鞄を載せることができない等、不便をかこつことも度々あり。おまけに、動かした時に、激痛が走ったりするので、なんとも、憂さが晴れないのは如何ともしがたい。

さればとて、医者に相談して、初めてだが、リハビリを開始することになった。鎖骨骨折で、これほど痛がっている患者は少ないとのことだ。今日は、その第1回目。

この病院の2階には、リハビリルームがあって、医師の処方箋を以て、きょうは、マッサージということで、酷い痛みの右肩と右小指の第1関節の部分を暖める。順番待ちの間に、ず〜っと暖めているので、汗をかき始めて、不快千番。

まあ、毎度感じることなのだけれど、マッサージというのは、効いたためしがないのに、高い治療費を払わされたらたまらんわい、と、心密かに、治療費がめちゃくちゃ高かったら、以後自分で本を読んで、リハビリをしようと決心したのだった。

で、暖めた箇所をマッサージしてもらったんが、気持ちの良いとも悪いとも言えない中途半端な揉みかたなのだ。妻に時折やってもらう肩もみとは全然違うみたいだね。もう、いいや、こんなのは、と思ったのが、正直なところ。

で、次回は、理学療法というのをやるらしく、これは、肩の可動域をあげたりするものなのかな?それなら、治療法として納得がいくかもしれないので、少し楽しみである。

で、気になる治療費だったが、さんざん医師に質問攻めにして、かつ、マッサージをしてもらって、この日払ったのは、わずかに300円。予約なしに、いつでもいけるそうで、風呂上がりに、肩をもんでもらうのにいいかも、と思ったりもしたのだった。

ところで、いつでも手術をして、チタンのプレートを取り外すことができるのだが、これまた、仕事を休まねばならずに、その日程を決めるのが、とても難しい。事故った時は、少しでも良くなると思うので、心が手術へ前向きに行くのだが、取り外しの手術は、面倒なだけ、いつでもいいや!というふうになっていってしまうな。

それにまた、前日から食事も水も取れず、点滴を何本も打たれて、浣腸されて、右に左にだらんとうなだれた先っちょにある尿道にはカテーテルを勝手にねじ込まれて(どうせなら益荒男ぶりな姿を見せてあげたい)、全身麻酔で、意識を失い、手術後には、抗生物質の点滴の嵐・・・と、不愉快きわまりない

そんなわけで、骨が無事くっついたのは良い事なのだが、手放しでは、喜べないのだ。

posted by ロビオ at 18:44| Comment(0) | 鎖骨骨折ボキボキ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする