2007年02月13日

悲しき酒場の唄

悲しき酒場の唄 カーソン・マッカラーズ著

ゴッホの絵というのは、力強くて華麗な色遣いで、ダ・ビンチのような遠近法で描かれている訳ではないので、何処か歪んでいるけれど、その描く世界はリアルに感じられる。

この小説も、アメリカ南部の寂れた田舎町を舞台にしているけれど、物事の遠近法がずれているような不思議な世界。それでいて、何処にもいそうにもない登場人物が、きっと、そういう世界ならばいるに違いないという気にさせる物語なのだ。

主人公のアメリアは、色が黒くて背が高く力も強い、斜視気味の目を持った酒場の女主人。密造酒も造れば、医者もやるのだが、町のみんなは、愛してはいるのだけれども、おそれている存在。マーヴィン・メイシーは、札付きの悪者だが、そんなアメリアに心を奪われ、今でも語りぐさの10日間だけの結婚生活をアメリアと送るが、這々の体でアメリアに町を追われて、今は刑務所暮らし。

随分と日が経ち、ある日、従兄弟のライマンが、アメリアの酒場を訪れる。
背の低いせむしの年の解らない野暮な男。そんな男にアメリアは恋をしてしまい、酒場の二階で一緒に暮らすことに。

そして、アメリアに復讐を誓って町を出たマーヴィンが酒場に現れるが、ライマンは、彼に恋心を生じてしまう・・・。という、グロテスクな三角関係が、描かれている小説だけれど、出てくる登場人物は、みな、自己主張のないやさしい角の取れた人物ばっかり。そんなほのぼのとした感じが、全体を包むトーンとなって、やがてやってくる、アメリアとマーヴィンの1対1のタイマン。そこをピークに話は、変化していく。

アメリア役には、アンジェリカ・ヒューストン。マーヴィンには、そうですね、ディカプリオ。ライマンには、若い頃の、アーネスト・ボーグナインでしょうか、そんな映画が観てみたい。

ゴッホの絵といえば、黒澤明の「夢」という映画で、マーチン・スコセッシ監督がゴッホ役で出ていました。映画とゴッホの絵のコラボレーションのような変な映像だったように記憶しています。
そんな風に、マッカラーズが描く世界にどっぷりと浸かると、これが又、とても気持ちの良い感じがするんだ。なんか、心地のよい世界に入ったような。

何度か機会を作っては、読んでもいいかなという本だった。カーソン・マッカラーズ著の翻訳本を全部読もうと図書館に発注したら、この本しかない模様。残念。古本屋を当たってみよう。
アメリカ南部の作家の親分といえば、フォークナー。先日段ボール箱の中の本を整理していたら、「響きと怒り」が出てきた。ちょっと、アメリカ南部の作家の本でも読んでみようかなあ。
これまた、お薦めの本です。
と、アマゾンで調べたら、これも、絶版なのね。
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2007年02月09日

ヒストリー・オブ・ラヴ ニコール・クラウス著

ヒストリー・オブ・ラヴ ニコール・クラウス著
久しぶりに新刊の本を読みました。


ナチスにポーランドから追われてアメリカへやって来たレオがかつて書いた小説「愛の物語」という本が、本の知らぬ間に、様々な人に影響を及ぼしていく。という話になるのだろうけれど、話は、もっと複雑で、色々な事情が分け入ってくる。
そんな話をまとめ上げていく手法としてとられたのが、一見無関係だと思われる話が重層的に、並行的に語られていき、最後の一点で一つに繋がっていくというもの。後半に入って、無関係な話が徐々に繋がりだしてきたあたりから、一挙にページをめくるスピードが速まります。謎が解けたときのカタルシスは、こうした本を読んだときの醍醐味。そうした味わいもあるのですが、ずしりと心に響く感動もあるというのが、この本の優れたところ。
それを、支えているのは、著者の類い希な文章表現能力。会話も生き生きとしているし、主人公のレオなんか、本当に、映像的に頭に浮かんでくるような人物描写で、読んでいるときは、完全に感情移入してしまいます。
スターバックスでコーヒーを飲んでいるとき、母親が子供に「妖精(エルフ)の複数形はエルブスなのよ」と教えているのを聞いて、自分が世界の一部であるかのような感覚に充たされて、30分もそのまま幸せな気分でコーヒーを飲んでいたなんていうところ、共感してしまいました。ひとは、こういうちょっとだけど幸せな気分というものに、支えられて生きていますもんね。こういう細部の描写が素晴らしいので、全体としても揺るぎのないリアリィティが感じられます。「ライ麦畑」にも、同じようなところがあったかな?
ま、とにかく、素晴らしい本です。ひょっとしたら、今年一番の本かも知れません。お勧めします。







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2007年02月07日

マルクス・アウレーリウスの「自省録」

たとえ、君が三千年生きるとしても、 いや三万年生きるとしても、 記憶すべきは何人も現在生きている生涯以外の何物をも失うことはないということ、 また何人も今失おうとしている生涯以外の何物をも生きることはない、ということである。 従って、最も長い一生も最も短い一生と同じ事になる。 なぜなら現在は万人にとって同じ物であり、故に失われるときは瞬時に過ぎぬように見える。 何人も過去や未来を失うことはできない。 自分の持っていないものをどうして奪われることがあり得ようか。

マルクス・アウレーリウスの 「自省録」から

自省録

アウレリーウスは、ローマの皇帝で、ソトア学派の哲人でもある。 よく眠れるので、眠る前に読む本としては、最適である。何度も行を行きつ戻りつしている内に、 文字が二重にかすれていき、ZOOZOOと深い眠りに入っていく・・・。

でも、最近、「森の生活」の上巻を読み終えて (悲しいことに下巻が見つからなかった)、その中の「読書」 の章で古典のすばらしさについて書かれていたこと、これまた、眠る前に読んでいるローレンス・ ブロックのマット・スカダーシリーズのペーパーバックに、アル中の探偵である主人公が、 この本を少しずつ読んで感想を述べることがあって、そんな、影響もあって、 電車の中でちびちびと読んでいるのである。

いやあ、面白い。ローマ時代の古典としては、 同じ岩波文庫でセネカの「人生の短さについて」という本は、 エッセイとしてとても楽しく読みましたが、これは、 良質なモルトウイスキーをシングルでちびちびと舐めるようにして読むのが最適です。

上記の文章、電車の中で反芻しました。

既に過ぎ去った過去という物は既にこの世にはなく、 まだ到来していない未来というのもまだ生じていない。だとすると、みんなが所有できるのは、 いま、ここにある現在しかない。従って、手にいれられる物は、現在という一点に過ぎず、 長命であろうが短命であろうが、その量は同じである。

ということなんでしょうか?言葉で書こうとするととても難しい。 まあ、いいか。少しは、かすっているだろう・・・。

このマルクス・アウレーリウスは、1800年以上も前の人。 そんな人と、電車の中で、親しい友人のように、人生の先輩のように、 心豊かな先生のように読書を通じて会話できるというのは、考えてみると、驚きだ。

やはり、古典はいい。何度読み返しても、 わからないことがあったりするけれど、ある日突然と親しみやすさが増すときというのが、 必ず来る。そういうことを言っていたのかぁ。その時、ギリシアやローマの哲人とボクとが、 2000年もの時を隔てて、今ここで邂逅する。 心を通じ合える得難い友を一人得たようなくすぐったい気持ちになる。 ボクのように友人の少ない者にとっては、尚更だ。

 

 

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2007年01月31日

Mountain BIKE! William Nealy

Mountain BIKEいやはや、届きました。先日、購入したウイリアム・ ニーリー著の原書「Mountain BIKE!」。いやあ、実物は、 なんとも楽しい装丁で、うきうきします。本を買って、これだけ満足感があるのは、 久しぶりのこと。

なんか、昔の「宝島」という雑誌みたいな、カウンターカルチャーの臭いぷんぷん。

すべて、手書きの文章、手書きのイラスト。ぐっと来ます。

前にも書いたけど、

Believe me! The secret of reaping the greatst fruifulness and the greatest enjoyment from life is to live dangerously.     Nietzche

との、言葉から始まるこの本。ぐっと来ます。最高です。

83ページには、先日、丸太越え失敗の結果、絵に描いたような逆立ち、後、 でんぐりがえししましたが、まさに絵に描いたようなその姿が、描かれています。

 

バニーホップ

あこがれの、バニーホップの解説も、このとおり。うん、イマイチ上手くわからないのですが、 まあ、良いでしょう、身に付くはずもないし。

しかし、この手の本、日本じゃ出ませんね。さすが、アメリカです。

マウンテンバイカーが、レンジャーや、お巡りさんや、 土地所有者に出会ったときの言い訳の仕方とかも書いてあって、思わず笑っちゃいますよ。

送料込みで、800円足らず。本屋にそのまま在庫としておかれたような新古本だし、 お得な買い物でした。

また、寝る前に楽しみが増えたぞ。

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2007年01月30日

韋駄天到着

310円でアマゾンで購入した中古の「韋駄天MTBオフロード・ ライディング 実践的林道山道縦横無尽走行術」大竹雅一著が、昨日事務所に到着。新品同様。こりゃ、 安い。

この本、MTBに乗り始めの頃(いまでもだが)、 図書館で大量にその関連の本を読みあさっていたときに、感心した本の内の1冊。絶版だし、多分、 そのうち値段が上がったりして(まずないか)、入手困難ということになったら、一大事と、 購入したんです。

再読して、読み物として面白かった。ウィリーもバニーホップのやり方も書いていないけれど、 ハートがある、ぐっと来る。山道でドリフト走法なんて、もってのほかだけれど、林道ならここ一発で、 ぶちかましたくなるわいな。まあ、林道を走る機会なんて、なさそうだけど。

ついでに、図書館で借りて感心したウイリアム・ニーリー著のMTB本も、注文してしまった。 これも、絶版。ふざけたことに、この本の日本版が、な・ん・と8000円で市場に出回っているようだ。 そんな大金払えないので、捜したら、600円で見つけました。原書だが、 日本語よりぴっとくる表現があるかも知れない。それに、日本語の本は、訳がこなれてなかったからなぁ。 これも、楽しみ。今日到着するかも。

人生の楽しさを測る尺度として、読むべき本・雑誌がある、ということは、まず間違いない。 ロックに凝っていた頃は、毎月Rolling stone誌を買って、 辞書を引き引きLPのレビューを読んだりして、 最高点の★5つとまではいかなくと★★★★くらいの評価を得ているLPは、 ビル清掃で稼いだバイト代で、必ず買っていたし、アメリカのアウトドアライフに憧れていた頃は、 Outside なんていう雑誌を買って、山岳紀行を読んだり、写真を眺めたりして、 うっとりしていた。

MTBのアメリカ版の雑誌はあるのかなあ?ちょっと、調べてみよう。

 

 

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2007年01月25日

青葉台駅チャリンコ2分

「青葉台駅チャリンコ2分」鈴木カオリ著 小学館

を、昨日の行きと帰りの西武線で読了。

そこまで書くか!!と後半はこちらが恥ずかしくなるぜ、というような恋愛もの、 内輪ものになってしまうんだけど、筆力があるので、最後まで読み通すことができた。専門用語は() 書きで説明されているのも、親切だし、生硬な表現が、ぎくしゃくした感じが出て、 不器用な青春を表現するのに、いい結果を出していると思う。後半がなければ、楽しいのにね。 少なくとも、婚約したときにエンドだったら、とても気持ちよく読むことができたろう。

それにしても、自転車関連の本で、これは!!!と思う本は少ないですねえ。 捜せばあるんでしょうか?

前にも、このブログで紹介したけど、「韋駄天なんとか」大竹著と、ウイリアム・ニーリー著の本、 と、この本かな、これがお勧めです。あと、壇著のMTBのマニュアル本も良いです。あと、 アームストロングの「It's not about the bike」も面白かった。

ちなみに、「韋駄天なんとか」という本は、絶版ですが、アマゾンで昨日購入しました。 310円でした。この本は、楽しいですよ。なんか、この時代を境に、色々な便利な機材が開発されて、 そうした機材を売り込む業界のペースで快適さや速さを追求するように一般人もなっていったような気がします。

ところで、「チャリンコ 2分」の本のなかで、 MOOTSというフレームメーカーの工房へ見学に行くところがあって、興味津々。MOOTSとは、 経営者であるエリクソン氏がお守りとしているワニのゴム人形のことなのだそうだ。へえ〜っ。

やはりチタンはいいよなあ。ご主人の鏑木氏もチタンおたくとして登場しているんだが、錆びず、 へたらず、軽くて、柔らかい・・・。MTBにはぴったりなんじゃないでしょうかねえ。

 

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2006年12月08日

性懲りもなく自転車関係・トレイルランの本を斜め読み。

性懲りもなく自転車関係・トレイルランの本を斜め読み。

鈴木雷太のマウンテンバイクトレイル・ライディング
この人、結構教え方上手なような気がする。里山を走って、同じような状況に遭遇しているので、とても参考になる。読んで面白い本ではないが、ツボにぴったりとはまった解説が◎。それにしても、ずいぶん前に買ったダンとかいう選手の本を昨晩寝しなに読んだんですが、内容がちんぷんかんぷん。ちょっと、天才肌の人なのかもね。超一流のアスリートには、馬鹿はいないと言うけれど、疑惑が生じますな。
しかし、マウンテンバイクや、ロードバイクの書き手が枯渇してます。読んで面白い本って、ほとんど無いもの。今までで、感心したのは、3冊だけ。「韋駄天」と「ウィリアム・ルーニー」と、ランスの本。
雑誌も、雇われ批評家が、誇大広告している記事ばかりだしなあ。そのことに、ふと気づいてから、雑誌は、購入するのを止めました。ばからしいモン。

トレイルランニング入門 有吉正博 村越真 編
ああ、買わなくて良かった。このユーモアの欠けた文章は一体なんだい?けっこう、シリアスに大会なんかに出ている人にとっては、役立つかも。ただし、ボクのように楽しんで走る人には、不要の本。こんな本を読まずとも、山の中は走れますよ。ホント。


日本語練習帳 大野晋 著
岩波新書としては数年前にベストセラーになった本じゃなかったかな。ブックオフの100円均一で見つけたので、購入。
いやあ、面白い。

私は大野です。
私が大野です。
の二つの、「は」と「が」の助詞の使い方の違いが、この本を読むとわかります。
問題集が付いていて、その点数で、あなたの日本語の習熟度が測れます。私は、何点かって?それは、秘密。

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2006年12月07日

自転車関連の本など

MTB使いこなしガイド  BE− PAL 小学館

いやあ、懐かしい本を図書館で借りました。この頃のBE−PALというのは、ちょっと、 面白かったですね。

カタログ文化云々と随分悪口を言われていましたが、「POPYE」 の薫陶を受けた都会のアウトドア少年にとっては、とても為になる雑誌でした。確か、創刊号は、 色々な大工道具の特集やらがあって、東急ハンズ的Do it yourselfな雰囲気でした。 あと、なんといっても、田淵義雄さんのエッセイね。これだけは、毎回立ち読みしてました。

もう、とっくに使命を終えた雑誌だけれど、この本が出た頃は、 まだ力があったような気がする。

読むところはあまり無いけれど、1989年時のフィッシャー、リッチー、アメリカンなんて、 当時自転車に乗らなかった僕でも知っていたバイクがカタログとして載っているのが楽しい。 このくらいのシンプルな方が自転車自体として格好が良いですね。リッチーのスーパー・ コンプなんて格好いいぞ。

ウイリアム・ニーリーのMTB! ウイリアム・ ニーリー著

プロローグは、こんな言葉から始まる。

本当さ!  人生から最大の収穫と最大の楽しみを得る秘密は、危なく生きることなんだ ニーチェ

イイですね。ボクも、そんなニーチェが大好き。 ルサンチマンやら退廃は僕らの外側に張り付いている邪悪なモノだ。生命を賭してこそ、 邪悪な感覚は、内心の輝く光によって剥離されていくものである。まあ、そんな感覚も一瞬。また、 じわりとそんなものに取り憑かれてしまうんだけどね。ボクは、そんな一瞬を経験したくて、 自転車に乗ったり、本を読んだり、音楽を聴いたり、会話をしたり、食事を取ったりしているのかも。

まあ、いいや。

前編、これ、手書きの文とイラストでMTBの技術について書かれています。でも、 訳者ってMTBに載ったことあるのかなあ。なんか、とても読みにくい。 言いたいことが素通りしてしまうような気がしますね。これは、原書で読んだ方が数倍良いかも。

例えば、ペダリングについて

よい脚使いができているかどうかの究極のテストは、急勾配の「ピッチ・クライミング」だ。 ファイアロードで坂を何キロも登り続けると、単純な忍耐とシフト戦術のテストができる。

なんて、英文和訳した大学入試の受験生みたいな文章でしょ。ファイアロードって何?ピッチ・ クライミングって何?シフト戦術って何?ちょっとは、努力して日本語で概念がわかる言葉に置き換えて貰いたいものです。

な〜んて、悪口を書いたけど、私の早とちりでした。

巻末に、言葉の用語集があって、これによると、ファイア・ロードとは、 山火事の時に車がアクセスできるように作られた田舎のダブルトラックトレイルのこと。

ピッチとは、トレイルの険しい上り坂又は下り坂のこと。

で、前記の文章も何となくわかりますね。

先ほど、読み終えたら、そんな悪い訳ではなかったです。それより、 面白く読書を堪能できました。やはり、こういう本は、アメリカのものに限るよなあ。 実力が全然違うもの。

この本は、間違いなく「買い」。現在絶版。洋書も絶版のようです。買ってそんはしない。 これと、「韋駄天」が双璧かな。読み物として面白いし、技術の習得にもヨロシ。またしても、 MTBに乗りたくなってきた。ロードがどんどん遠くなっていくぞ〜。

バックカントリーマウンテンバイキング 丹羽隆志著

良く、法律の本とかを買うと、厚みはあるんだけど、半分が条文が載っていたりして、 値段も結構高い。なんていう本がある。かつ内容は、かすかすで、 条文をそのままわかりやすい言葉で置き換えたに過ぎない様な本。まあ、一種の騙しですね。

この本も、そんな感じかなあ。副題に「アメリカ流MTBの乗り方・遊び方教えます」 なんて書いてあるんですが、はっきり言って、そんなことは、あまり書いていない。 部品の調整方法とかサスペンションの種類とか、凡百のこの手の本と大差ないです。ああ、 買わなくて良かった。図書館というのも、役に立ちますね。

人はなぜツール・ド・ フランスに魅せられるのか 土肥志穂著

さして、新たな情報が得られるでも無し、ツール・ド・ フランスの舞台裏を詳細に描くならいいんだけど、写真入りで185ページでは、 何を書くにしても中途半端な量。文体は、何度もワープロで遂行したようなわざとらしい文章で、 ココロに入ってこない。

まあ、パンターニの写真が良く撮れているので、ヨシとしようか。それにしても、 このパンターニという選手、異彩を放っていますね。生きて走っている姿を一度は見たかった。 2000年のランスとパンターニのモン・ヴァントゥーの一騎打ちを見てみたいものです。 誰か貸してください。

ジャズの名盤入門 中山康樹著

現在、日本でジャズ、ロックの評論家で読んで面白いのがこの人。「ディランを聞け」 なんて言う本は、現存する1曲1曲をすべて解説したたぐいまれな本。また、 文章がこの人でなければ書けない独創的スタイルなのが◎。その他に、ビーチボーイズ、ビートルズ、 マイルズ・デイビスの全曲解説があり、これらの本は、時々取り出しては、参考にしている。

で、今更ジャズの名盤入門もないだろうが、中山康樹著ということで、 パラパラと図書館で斜め読みしたら、止まらなくなって、借りてしまいました。 そんなことに影響されたか、この本に載っている超有名盤をもう一度傾聴しようじゃないか!!! なんて気持ちになって、この本の中で紹介されていた「バードランドの夜 vol.1」なんていう、 初心者が聞くジャズメッセンジャーズのCDを事務所でひたすら聞いてみた。

いいんですよ。素晴らしいんですよ。やはり、ジャズは、 アドリブのすべてを暗記できるくらい聞き込まないと面白みが出ませんね。なんか、 30年近くジャズを聴いていると、これもあれもと色々なCDを買ってきては、ちょっと聞いて、 また新しいCDを買ってくるなんて事になってしまって、本当の楽しみが薄らいで来ちゃいます。

で、反省。まあ、名盤というのは、だいたい決まっているので、しばらく1日1枚という形で、 初歩的なジャズを傾聴していきたいと思っております。う〜ん楽しい。

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2006年12月05日

本を読んだり、山を走ったり。ジェシ・エド・デイビスのギターの音も冴えるぜ。

筋肉痛のピークも去って、一息つける状態になりましたが、やはり、 山道を走るのは辛いものですね。

確か、土曜日のカロリー諸費は、3000を超えていたはず。

で、これで、筋肉痛もこんなに酷いものは、もう無くなるだろうし、完全に山走りモードに突入。

楽しいですね。今週末は、ロードも乗りたいけれど、やはり山走りになっちゃうかな。

熊さんも眠りにつく頃だろうし、万々歳です。

来年は、春から冬までロード中心に乗って、冬は、山走り。

年間を通じてMTBと山走りをちょこちょこと、とこうゆう漠然としたスケジュールで、 身体を鍛えたいと思います。

そんな、山走りモードに突入したので、図書館に、ネットで「トレイルランニング入門」 という本を予約しておきました。

トレイルランというと、レゲエ頭した何とか言う選手、patagonia やら gregory やらモントレイルを着込んで、前進コマーシャルな半プロ?の選手いますよね。 なんといったっけ?

あんな、派手な世界ではなく、一昔の「山岳ツーリング」みたいな、 ややセピア色タッチの内容と装丁の本が岩波書店から出ているんですがその本です。

買う気はしなかったで、丁度良い。役立つことが書いてあるかも知れない。たしか、下りは、 足の前の部分をスライディングしながら下りていくとイイ、なんて事を読んだような気がしたんだが、 違うかな?

今日も、さっと、図書館へ出向き、

マウンテンバイク アンデイ・ブル著

マウンテンバイクテクニカルブック 宮下永次著

な〜んて本を借りて、事務所で斜め読み。ふむふむ。 今度のMTBに乗る機会に忘れていなかったら実践してみたいものである。まあ、 その場になるとすっかり忘れてしまうのだが。

要するに、身体の体重移動が大切みたいですね。MTBというのは。これが、難しいんだよね。

 

自転車には関係ないけど

甲野善貴×内田樹 神体を通して時代を読む

ザ・ロック・ギタリスト

な〜んて本も借りてしまいました。

これで、内田樹先生の本は、今のところ全部読破かな?

「ザ・ロック・ギタリスト」については、今朝出勤前にラジオに流れていたジョン・ レノンのスタンド・バイ・ミー(スペクターがプロデュースのヤツね)を聞いていて、 ジョンのも良いななんて思いながら、聞き流していたんですが、この本を手にとって、 ぱらぱらやっていて、ジェシ・エド・デイビスの項を見ていたら、この「スタンド・バイ・ミー」 のスライド・ギターのソロが、この人のものだと知ったのでした。で、その他スコッティ・ムーアとか、 ヨーマ・コーコーネンとか、大好きなギタリストで、 あまり特集されていない方々の記事が載っているので、早速借りてみた次第でして。

ボクが、ジェシ・エド・デイビスを「見た」のは、中学生の頃、中野の名画座。

「バングラディッシュのコンサート」という映画の中で、ジョージ・ハリソンの後ろで、 背の高い東洋人風(インディアンなんですが)がいたんだけど、その人が、ジェシ・エド・ デイビスだったのでした。ギターは、ギブソンのSGだったかな?このその後、 色々ウエストコーストロックの果てしないレコードの収集の旅に出ると、クレジットに、 この人の名前がよく出ていたりして・・・。

でも、こんな有名な曲のソロを取っていたとは、今日まで知らなかった。ははは。

あと、あのデュアン・オールマンの「フィルモア・イースト」の1曲目。ステイツボロ・ ブルースね。あの素晴らしい出だしのスライド・ギターのスライドしている範囲が、縦が3センチ、 横が5センチの範囲内で動いているなんて、知識も今日得ました。恐るべし。

あの、アメリカの馬鹿長いハイウエイをバイクで果てしなく疾走しているような音が、 これだけの動きで生じていたなんて、ちょっと、信じられませんね。

その他にも、まあ、色々勉強になりました。何ごとも、勉強ですね。

あと、洋書で

Early autumn  by Robert B. Parkerをば。

初秋とか言ったかな邦題は。なんか、私立探偵スペンサーシリーズは、 学生時代の時点出版されていたものは、全部読みました。英語も、簡単で、ただし、 短い口語表現が豊富なので、Come byとかね、そのあたりの表現が分かりずらいんですが、まあ、 だーっと読み飛ばせば、まあ、たいていが読み通せます。

最近、結構ハードな本をじとじと読んでいたので、こういう軽い本を斜め読みするのは、 読書と言えるのかどうかわからないでれど、楽しいですね。

 

 

 

 

 

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2006年12月04日

読書など。

韋駄天MTBオフロード・ ライディング 大竹雅一 著

図書館で、ふと目に付いたので、借りてみた。

いやあ、読み物として面白かった。今でも売っているのかな?

こういう本は、テクニックをわかりやすく(わかりにくく)書いてあるのがほとんどであるけれど、 この本は、読んで楽しい本。何たって、文体が良いんです。 こうしたことを書くことが喜びであるということが、文体を通じて語りかけてくる。本当に、 この著者が書いているとしたら、相当の分筆家に違いない。

例えば、

次は直線。出口でブレーキを解放すると急にグリップを取り戻したマシンが、 一気にそのスピードを上げる。左右のスギの木がビュンビュン後ろに飛んでいく。

「ウォーッ」

思わず意味無く叫んでしまう。軽い登り返しを惰性を利用して一気に駆け上がり、 下りへの変わり目でジャンプ一発!もうタマンネーッの世界なのである

ねえっ、良いでしょう?MTBに一度でも乗った人なら、「うん、そうそう」 と気持ちを共有することができるのではないか。

MTBの勉強になるのは勿論なんだけど、随所に「なるほど」と思わせる表現があったりして、 気づいたら、電車の中で一気読み。久々に、楽しい読書でした。

この本が出たのは、1992年。いまから、14年も前か。出ているMTBの写真を見ると、 まだフロントのサスペンションが無くて、とてもシンプルな形をしている。何でもそうだけれど、 この頃MTBを乗っていた人は、楽しかったろうなあ。今でも楽しいだろうけど、やっぱり、 趣味の一番好いところは、閉鎖性にある訳で・・・。自転車で山の中を疾走するなんて、当時は本当に 「ケッ」なんて、今の100倍くらい思われていたろうし、その分、秘密の人に会わないルートなんぞを、 密かに仲間で捜したり・・・。

もう、MTB人口が増えてくるにつれて、そんな愉快な楽しみは無くなりつつあるけれど、 その残滓だけでも、味わい尽くしたいものである。まだ、時間は残っているような気がする。

そういえば、昔、別冊宝島の「アウトドア 技術編」だったか、 非情に素晴らしい本があったんだけれど、その文体と似ているなあ。やはり、 MTBの黎明期を頑張った人には、それなりの厚みがあるんでしょうね。

ついでに、1984年くらいから出版されたMTB関連の書籍も注文してみた。 面白い発見があるかも知れないので、わくわくしてます。

 


子供はわかってくれない 内田樹(ウチダタツル) 著 を読んでいたら、「ある愛の詩」の例の台詞、「愛とは後悔しないこと」 という台詞について、書かれていた。

ずいぶん前に、映画好きの友達と、この「愛とは後悔しないこと」の言語の解釈について、 ああでもないと論じあったことがあったのですが、結論は出なかった。

原文では、Love is not to say sorry.どう考えたって、 「愛とは後悔しないこと」には、ダイレクトには繋がらないよ。

というのは、確かこの映画は、父親に身分違いの女性と結婚する承諾を与えなかった父親が、 その女性の葬式か、墓場に花を手向けるときか忘れちゃったけど、数年ぶりに再会したときに、 父親が漏らしたI am sorry.と行った言葉に対する回答だったので。

だから、解釈としては、「そんなふうに謝ることが、人を愛すると言うことではないんだぞ」 といった意味あいになるはず。

なんか、この手の不親切な訳というのも、困ったものですね。

「愛とは後悔しないこと」と、訳されると、そうか、この主人公は、 身分違いな女性と結婚したり無謀なことをして、人生をすり減らしたとしても、愛していれば、 後悔せずに邁進することなんだ。という事になってしまう。

この本の中から引用すると、

「もし、あなたが私を愛していたのであれば、後になってから『済まない』 などいうような行為をするはずがない。つまり、 あなたは息子である私を昔も今も愛してなどいないのである」という、これは『絶縁の言葉」なのである。 」

ボクもこの説に賛成。長年の疑問が解けて、すっきりしたので、書いておきます。

名文というのは、削りに削って意味が曖昧になったところにできあがるという説があるけれど、 この映画は、たいしたことはなかったけど、この一言があるお陰で、 気になる映画に長年なっていたのでした。

それにしても、この映画凄かったですね。ライアン・オニールが、 モーガンのスポーツカーを運転する法学部大学生(ハーバードロースクール在学)で、アリー・ マッグローが女学生で。たしか、この映画をヒットさせたプロデューサーが、マッグローを、 夫であるスティーブ・マックイーンから奪って、その後、結婚したんでしたっけ。

この本を、洋書(Love story)で読んだことがある。うろ覚えだけど、文頭は、 「彼女は、3つのBが好きだった。ベートーベンとバッハとビートルズ。」なんて、 洒落た文章から始まったような記憶があるんだけど、間違いかな?

 

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2006年11月02日

神州纐纈城 骨餓身峠死人葛

以前「圧倒されるようなすごい小説」という本の中のブックリストを挙げておいたけど、その中で、 図書館で予約しておいた「神州纐纈城」と「骨餓身峠死人葛」を今朝、読了。「神州纐纈城」 は随分前に読み終えたんだけど。

それで、圧倒されたかと言えば、疑問が残るけれど、どちらも楽しい読書体験でした。

「神州纐纈城」 国枝史郎 講談社大衆文学館文庫コレクション

とにかく壮大な物語。時は、戦国時代。富士の裾野に、二つの「王国」を築いている。一つは、 主が君臨し、 地下工場で攫った人の生き血を絞って纐纈染の紅布を製造している仮面の城主が君臨する纐纈城。かたや、 信者が、ミイラの役行者を神体と洞窟の中で祈りを捧げている光明優婆塞が率いるカルト宗教教団、 富士教団神秘境。この二つの磁場に引き寄せられるように、父母叔父を捜す庄三郎が絡んでいく。

この時代の(大正時代、昭和初期)に良くあるように、因果応報というか、誰かと誰かが実は、 親だったら、叔父だったり、繋がっているのだが、すれ違っていくのは、伝奇小説の常道か?

この纐纈城は、富士の湖の上に立っている壮大な城で、いつも煙霧に巻かれていて姿を現さない。 と言うのも、地下にたくさんの労働者が巨大な機械を人力で動かして、 湖の水を煙霧に変えているいるからだ。なんて言う所なんて、ホントかよ?と、 馬鹿馬鹿しくなっちゃうし、ご都合主義も多々あるけど(主要人物は例外的に助かったり)、 その文章の荘重さ荘厳さに惹かれてどんどんとページがめくってしまう。

この小説は連載という形で雑誌に発表されたのだが、 連載の締め切り間際にその場で筆が動くままにまかせて書きあげた小説と思う。小説の出来としては、 未完と言うこともあるし、物語の辻褄が合わなくなったり、話が壮大になっていき、 主要人物が増えていけばいくほど(武田信玄、上杉信玄、原朴伝が主要な人物として出てくる) 欠陥が多く露呈してくる。

しかし、そんなことがどうした?だうだっていいじゃねえか、もっと、 面白く語って聞かせてくれという気分にさせてくれるのは、 この小説に不思議な力が宿っていることの証拠だと思う。こちらも大人、そんな野暮なことは言わないで、 おとぎ話に付き合うよ!!と言う気分にさせてくれる。

でも、オウム事件を経験した我らが世代は、小説よりも事実の方が奇っ怪千万ということが、 骨の髄まで染み渡っているので、残念ながら圧倒はされませんでした。

村上春樹やスティーブ・キングもそうだそうだけれど、話のだいたいの筋は、 思いついているけれど、後は、小説を書いていて、 その主人公が動き出すのにまかせて最後まで書き上げるのだそうです。こういう、 物語を紡ぎ上げる才能がある人を作家と言うんでしょうね。

 

骨餓身峠死人葛(ほねがみとうげほとけかずら) 野坂昭如 国書刊行会

舞台は、大正・昭和の九州の小さな炭坑。場所の名が「骨餓身峠」。炭鉱事故で死ぬ者も多く、 埋めて小さな卒塔婆を立てるだけの簡素な墓に埋葬される。その卒塔婆に寄生する葛は、 死体を養分につぼみをつけることから、「死人葛」と呼ばれる。そして、この所有者が葛作蔵。妻はたず。 息子節夫。娘たかを。

たかをは、この葛の花が無性に好きでしょうがない。兄の節夫にねだって、 卒塔婆に張り付く葛を持ってこさせるが、死体の養分がない庭にはすぐにかれてしまう。それで、 たかをは、生まれたばかりの赤ん坊を手に入れて、埋めてそこに、葛を植えてみる。

その夜、兄と妹は結ばれる。

それを発見した父は、激怒し、愛想を尽かしている妻は、これを良い機会と、若いツバメと出奔。

父と娘の間に子供が生まれ、息子の節夫は、結核で死亡。

という、かなり悲惨な話。その後、この娘たかをの娘が、レズビアン関係。近親相姦って、 母娘という関係もあったんだとは、びっくり仰天。圧倒されました。

話は、まだまだ序の口で、死肉を養分とするこの死人葛の実が栄養分たっぷりの食料になることで、 誰それかまわず小さい共同体の中でまぐわい、阿鼻叫喚の図が出て、戦後を迎えて・・・ という話なのだが、なんとも、陰惨な感じもせず最後まで物語として読ませる力は、 天才の文章力としか言いようがない。

 

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2006年10月24日

打ちのめされるようなすごい小説

以前からちょっと気になっていた「打ちのめされるような凄い小説」  富岡幸一郎著 という本を図書館で借りてみた。他のブックガイドは、なんか、 教養主義的でありきたりの小説しか書かれていないけれど、この著者のリストには、「宮本武蔵」とか、 「樅の木は残ったとか」とか、私自身、打ちのめされるような体験をした本が含まれているので、 信頼できるような気がしたもので。

「眠れる美女」もこりゃ、睡眠薬を投与された無抵抗の女にオイタをする老人の性を描いていて、 川端の筆力がなければ、単なるエロ本。そういえば、「雪国」の例のシーン。手の臭いを嗅ぐところね。 う〜ん、エロも筆力があれば、芸術なのね。ということがわかって、 私も打ちのめされた覚えがありました。

例えば、その他には、リストの中には、こんな本が。

 国枝史郎 「神州纐纈城」

 江戸川乱歩 「パノラマ島奇談」

 夢野久作 「ドグラマグラ」

 大原富枝 「婉という女」

 中井英夫「虚無への供物」

 と、以上は、大正14年から昭和39年までに書かれたもののリストの一部。 僕が読んでいないのは、「神州纐纈城」と「婉という女」。今度、図書館で借りて読んでみよう。特に 「神州纐纈城」は、こうした本でなければ、決して知らなかった本。

時は戦国時代・武田信玄の臣下・土屋庄三郎が、人の生き血で染めた纐纈布を生産する纐纈城へ、 地上の楽土を求める信者集団、「富士教団神秘教」に紛れ込んで幽冥魔界をさまよう冒険譚らしい。 なんか、面白そうでしょ?大正時代のエログロナンセンスって、私、はっきり言って好きです。 中途半端に性と自由が庶民に介抱された時代な訳で。 その後の瓦解を予期しているかのような不安感が漂っていて・・・。 江戸川乱歩もそんな雰囲気が好きな人には、楽しいですよ。「一寸法師」とか「陰獣」とかね。まあ、 エロチックサスペンスですな。富士見ロマン文庫とかをこっそり買うなら、こちらをお勧めします。

と、ここからは、私の読んでいない本だけをピックアップしてみる。

小島信夫「抱擁家族」

野坂昭如「骨餓身峠死人葛(ほねがみというげほとけかずら)」

大佛次郎 「天皇の世紀」

山田風太郎「幻燈辻馬車」

金石範(キム・ソクポム) 「火山島」

富岡多恵子「波打つ土地」

森敦「われ逝くもののごとく」

渋澤龍彦「高岡親王航海記」

辻邦生「フーシェ革命暦」

河野多恵子「ミイラ採り猟奇譚」

山田詠美「アニマル・ロジック」

車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」

清岡卓行「マロニエの花が言った」

以上

野坂昭如は、本当の天才だと思う。あんな文章が書けるのは、この人しかいませんね。 私のお薦めは、なんといっても、「エロ事師たち」。山田風太郎は、随分読んでいるけれど、 この文明開化時の頃の探偵もの警察ものは未読。是非読んでみよう。だけど、本当に「打ちのめされる」 のかなあ?「火山島」は、長大な小説。長年気になってはいるのだが、多分、読み切れないだろうなあ。 しかし、ほとんどが、長〜く難儀な本ですね。

このリストを参考に、一つずつ読んでいきましょうかねえ。

で、今、読んでいるのは、

アゴタ・クリストフの「悪童日記」・「ふたりの証拠」・「第三の嘘」の3部作。で、今現在は、 「ふたりの証拠」の178ページあたり。文体は、感情を排したハード・ボイルド文体で、 かなり読みやすい。倫理というのは、行動に内包されているものなのね。まあ、こんな風に「悪童日記を」 読んだ後では、感じたりしたのでした。第1作目のパワーがちょっと、2作目でダウンしているかな。 今日の帰りの電車の中で、「ふたりの証拠」は読了予定。

とここまで、ピアノを弾くようにキーボードを叩きつけているのだが、実は、 今日雨の中をオートバイで走って、急制動したところが、横断歩道の白いところで前輪スリップ。転けた。 その時、左手の掌を路面にゴシゴシと。親指の付け根のあたりを打撲しており、 しびれが取れて来たと思ったら結構痛い。ううっ。鬱。

その他は、右足をちょっとと、右腕関節部分に擦過傷。で、 傷を確かめるためによ〜く足を観察したら、嬉しいじゃありませんか、MTBで3周連続転けてまして、 特に右膝のあたりは、傷んだ桃のように、黒ずんでいて、こんな傷だらけの足なんて小学生以来だなあと、 感慨ひとしお。男というものは、こうじゃなくちゃね。

皆さん、雨の日のスリップには、気を付けましょう。

 

 

 

 

 

 

 

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2006年09月07日

奥の細道読了

「奥の細道」を読み終える。古文というものもいいですね。東北地方に憧れるなあ。自転車で奥の細道ツアーなんてやってみようかしらん。

次の「更級日記」へ突入。

帰りにジュンク堂へ寄ったら、光文社文庫で新訳名作シリーズが刊行していた。カラマーゾフの兄弟・リア王・目玉・ 飛ぶ教室どれも読みたいものばかり。困ったなあ。専門書も読まなくっちゃいけないんだが。

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2006年08月01日

万延元年のフットボール

万延元年のフットボール 講談社学術文庫  大江健三郎 著

万延元年 ようやく読み終えました。私の大江健三郎体験は、 このちょっと前にかかれた「個人的な体験

」までは、良く読んでいましたが、この小説以降は、興味がなくなってしまって、 すっかりご無沙汰状態でした。しかし、この「万延元年のフットボール」は、 常日頃気になっていましたが、本屋で立ち読みしても生硬な文体で、 ちょっと付き合って読むのがツライかなという気分が先に立って、後回しになっていたものでした。

で、多分全部読み通せないであろうという見通しで、図書館で借りて当初読んでいました。 さすがに、ざーっと読むことができる小説ではなく、 一語一語逐語訳的に日本語を日本語訳するといった緻密な読み方で読み進めていきますが、 第1章を疲労困憊しながら読み終えて所から、小説の小宇宙空間にす〜っと入ることができたみたい。 読んで良かった。本当に久しぶりに、小説を読んだという気がしました。

現代の作家で、出版物が出れば必ず買うという作家に、村上春樹がいるけれど、この小説の中に、 村上春樹の小説群が埋まっているのは事実のようです。例えば、村上春樹の小説の主人公は、 よく井戸の中に入ったり、暗喩として井戸という言葉が出てくるけれど、この小説の根所蜜三郎も、 井戸ではないけれど、浄化槽の中に入っていくし、この蜜三郎のあだ名が「ネズミ」だし、舞台は、 「海辺のカフカ」同様、四国だし、近親相姦もある。顔と頭を赤く塗り、 肛門に胡瓜を突っ込んで縊死した友人は、蜜三郎の翻訳業のパートナーであるし。などなど、 村上春樹氏がこの小説に潜在的かも知れないけれど、読んで相当影響を受けたのは事実だと思われます。

うん、素晴らしい小説は、毒を含み、私も相当な毒気にやられたような気がします。本当に、 大江健三郎のこの小説は、独自性があり、この小説だけで、ノーベル賞を貰っても、 納得がいくような気がします。小説を読むという体験は、こういう事でなければ・・・。

 

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2006年07月11日

たけくらべ 

たけくらべ 樋口一葉 著 集英社文庫

たけくらべこの本も、長らく読みたいけれど、読めなかった本。 なにせ、文章が江戸文、という言葉があるのかどうだか知らないけれど、主語は誰だか、 また地の文は何処まで続くか気を付けないとわからないし、、 省略された箇所は補って読まなければならない。

で、読み終えました。読んで良かった。この集英社文庫は、 注がすぐ下の部分に書いてあるので、他の文庫の注がページの後ろにあるのと比べて、 格段と参照しやすい。

廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯黒溝に灯火うつる三階の騒ぎも手に取るごとく・ ・・

と始まるところに、もう、落語を聞いたことのある人ならぴんと来る。大門、 見返り柳、お歯黒溝といったら、 吉原を舞台にした落語には必ずと言っていいほど出てきますね。 私の実家のすぐ近くの停留所からバスに乗って、吉原大門までは30分程か。浅草へ遊びに行くときは、 このバスに乗って行ったものでした。この間亡くなったある作家とは、2回か3回、 日暮里あたりから乗られて、吉原大門で降りるのを見かけました。この間、妻の靴を見に、 この吉原界隈へ行きましたが、商店街も日本酒の自動販売機が多くあって、すさんだ感じがするし、 乱立しているソープランドが昼歩くと物哀しい感じがするのは、 昔も今も変わらない気がする。夜しか会わない酒飲み友達と偶然山手線の中であったりすると、 なんか気恥ずかしい感じがして、顔を背けてしまいますが、それと似ているような気がします。 昼の吉原は。

で、この話は、この吉原遊郭で生活している子供から大人の境目にある子供達のお話。学校では、 7,8歳でたいこもちの物まね、孟子の母やおどろかん上達の速やかさで、やがては、 肩に置き手ぬぐい、鼻歌のそそり節(遊郭での流行歌)、十五の少年がませたか恐ろし。 学校の唱歌にもぎっちょんちょんと拍子をとりて、運動会にきやり音頭もなしかねまじき風情、 という始末。なんていうところは、可笑しくて、ついつい笑ってしまう。

で、ストーリーというのは、会ってないようなもの。一応、遊郭に貰われて、 遊女になるのが運命づけられている主人公の美登里と、 僧侶になる予定の真如との淡い恋と別れという事になるんだろうけれど、そんなことはどうでもいい。 文章のリズムを体で感じるというのが、 樋口一葉を読む際のキモですね。声を出して読むことで、リズムの中でおかしみとか哀しみというのが、 体の中に入ってきます。ますます、明治時代の本が楽しくなってきた。文語もいいけど、 こうした江戸文というのか、こういう文章もいいなあ。

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2006年07月07日

聖書と同じくらい読まれている本だって!

星の王子様 サン=テグジュペリ 著 倉橋由美子訳 宝島社文庫

星の王子様ついに、「星の王子様」を読んだのでした。最初の出会いは、 小学生の頃。学校図書館で借りたような気がする。当時の私は、本が大好きで、読むといえば、 ポプラ社から出ていた、怪人二十面相シリーズ、 小林少年が活躍するヤツね。「謎の幽霊鉄仮面」なんて、 あったんだけど、これは、横溝正史著。世界のお化け話とか、日本の怪談とか、 鍋島の化け猫とか、偉人シリーズの豊臣秀吉、織田信長、トーマス・アルバ・ エジソン、エイブラハム・リンカーンとか。エジソンは別として、 偉い人は早死にするんだ、ということで、こういった偉人シリーズは、 何歳で死んだかを後ろから読んで、早死にが偉さのバロメーターとなって、モーツアルトとか、 ガロアとか、すげえなあ、こんな若く死ぬなんて、と関心するくらいの知性しかなかった。 で、 星の王子様。読んだけど、全然わからなかった。難しい文ではない、難しい漢字はない。 でも、 わからない。途中でほっぽりなげて、また、 「世界の10大不思議」とか、 「クフ王の呪い」とかに戻った訳です。いわゆる、 ポエジー系駄目なのね。想像力が枯渇しているんで。何時、何処で、誰が、 どんなことをしたのかという風に説明してくれないと。

で、何となくその存在を気にして、大人になって、「フランス語研究会」 というサークルにシャレで入ったんですが、部員は、私を含め2名。で、ちゃんと、 補助金が学校から出る。部員間で「飲んじまえよ」という声が無くはなかったけど、まあ、 そんなこともできないので、飯田橋のフランス専門の洋書店で、ルグルス文庫だったっけかなあ、 文法の本とか、サルトルとかカミュのエトランジェとか、まあ、色々本を買って、その中にこの「Le Petit Prince」もあって、私、この本を読むことにしたんです(絵本だし、文字も少ないし) が、フランス語が全然駄目。辞書引き引き読んだけど、フランス語って、名詞も形容詞も性で変わるし、 動詞なんて主語が一人称2人称3人称その他と動詞の原形をとどめないほどに変わるので、 辞書引いてもその単語に到達できず断念。まあ、そんなことより、 当時は若くてやることがた〜くさんあったので、そんなかったるいことできないやと、そのまま、挫折。

で、今日に至った訳だけど、版権が切れたのか、いま、星の王子様ブーム。新潮社、白水社、 平凡社、集英社、宝島社から翻訳が出てました。今度こそ、と、最初の挫折から30数年の時をおいて、 三度目の正直で読み通しました。帰りの電車、1時間で読了。そんなものです。

で、どの訳を読もうかなと考えたんだけど、 倉橋由美子でしょうやはり。「パルタイ」「聖少女」ですよ。 これが、遺作になりました。

感想ですが、これは、小学生にはわからない。 ということがわかって安心しました。

大前提として、これは、大人のために書かれた小説。

次の狐と王子様の次の会話なんて、、

「俺に言わせると、あんたはほかの十万の男の子とまったく同じような男の子だ。・・・・ ところが俺があんたと仲良しになると、俺たちは互いに相手が必要となる。 あんたは俺にとってこの世にたった一人の男の子になるし、 俺はあんたにとってこの世にたった一匹の狐になる。」

「俺の秘密を教えようか。簡単なことさ。心で見ないと物事はよく見えない。 肝心なことは目には見えないということだ。」

人間存在に関する哲学の問題に近いと思うし、仲良しと訳したのは、 「飼い慣らす」という意味の動詞の意訳だそうです。だとしたら、 狐を女に読み替えれば、男女間の問題に。いかにも、フランス風。フランス文学の王道ですね。 と鑑賞の幅が広がります。

登山家の書く手記で、雪山で遭難した時に、自分自身を上の方から見ているとか、 誰かと一緒に話しながら降りていってとかの幻影を見ることが、しばしばいわれているけれど、 この話も同じような極限状況が舞台で、サハラ砂漠に飛行機で遭難した男の所に、突然現れるのが、 この王子様だということも忘れてはならない前提です。

ということで、王子様は、遭難した男の分身で、 自分の大人でない部分が抽出されて出てきら幻影なんだなあ。ぶっきらぼうで、いやに純真だが、 本当は残酷にも自分の正体がわかっている。そんな存在。だから、 水筒の水が無くなって死を覚悟する状況で、偶然に井戸が見つかった時、王子が 「明日別れなければならない」と切り出すのです。これは、 この飛行士が救助されることを暗示しているし、遭難した登山家も救助後には幻影は見ないだろう。

もちろん、実生活で、この大人でない自分を押し殺していないと、 社会生活を円滑に勧めることはできない。で、最初の帽子の話に戻る。この意味でも、 そろそろ消えなくてはいけない存在。自分にとって、本当に大切な存在でありながら、いると困る存在。 それが、「星の王子様」なのかなと。

今書いたようなことを前提に読むと辻褄があったり合わなかったりするけど、 概ね話が理解できるとおもいます。本当は、詩的な話なんだけど、 考え抜かれたストーリー。お見事でした。

 

 

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2006年07月06日

まあ、飯能が舞台ということで

美しい星美しい星 三島由紀夫 著 新潮文庫

ああ、読み通すのが辛かった。生理的に苦手な作家というのがある。三島由紀夫もそう。というか、 三島由紀夫のある種の作品が苦手。今まで三島氏のどんな本を読んできたか。 文庫の後ろに載っている作品群を見て書いてみると、仮面の告白・鏡子の家・潮騒・金閣寺・ 美徳のよろめき・永すぎた春・獣の戯れ・午後の曳航・音楽・青の時代。結構読んでますね。だけど、 本格的な小説、例えば、美に関する饒舌な文体を駆使した作品、仮面の告白・金閣寺などは、 大の苦手だった。それに反して、青の時代とか、潮騒とか、音楽とか、 エンターテイメント風の作品は好きで、大変面白かったことを覚えている。だから、 三島由紀夫も二つに分けないといけないですね。大まじめな作品とエンタメ系の作品と。 エンタメ系なら私大好きです。

で、この作品、飯能が舞台です。例えば、

海抜百九十五メートルの羅漢山は・・・ (羅漢山とは、天覧山の前の名称。その前は愛宕山)とか

慰霊碑のあるあたりで大きく迂回して、中腹の広場へ出た。

広場を過ぎると、道もせばまり勾配も急な難路になった。

展望台は百坪ほどの岩だらけの地面をならしたもので、 北は行幸記念碑とその背後の森に囲まれ、南は全く開けて、・・・・・・天頂から地平まで、 南の空の展望を遮るものは何もなかった。

なんていう表現が出てきて、これなんぞ、私が毎朝のように登っている天覧山そのもの。

まあ、こういうのが出るたびに、オッ、ここはあのへんかなあと、 想像をたくましゅうして読むのは、まあ、ちょっとだけ楽しい。で、この主人公の家族は、この天覧山で、 UFOの到来を待っていて、自分たちが宇宙人であることを確信する。時は、 フルシチョフとケネディの核戦争突入かという時代。 宇宙人たる使命として地球人を救おうと運動を展開する。しかし、他の邪悪な宇宙人が現れて・・・・ というお話。

で、三島由紀夫がおふざけで荒唐無稽なお話を書いていると思ったら大間違い。 人類の生存とはという重いテーマを、 現代文学の極致ともいえる三島氏の襞をなぞるような精緻な文体で延々と書きつづっています。 大まじめです。的確な表現。ゆっくりと意味を取りながら読むとスパッと意味がわかります。誠実な文章。

きっと、この方、根は凄く真面目で、純粋で。あんな悪趣味な家なんか建てるんじゃなくて、 本当は、木造平家建みたいな建物で、お茶漬けでも食べて生活しているのが似合うオジサンだったのかも。

でも、私、こうした真面目で純粋なところが苦手。作家というのは、やはりアウトローで、 太宰や安吾みたいに人でなしじゃなけりゃ。小説でも書かなければ塀の中、 そういうのが作家の中の作家だと思う。三島氏は、 根が上司のいうことは良く聞く真面目なサラリーマンなのに、 無理してアウトローみたいな振りをしていたような気がする。

で、この本読んで、すぐに眠くなってしまいます。電車で、これを読むと、 1ページ進まないうちに眠りの中。ああ、これを読むのに1週間かかっているんじゃないかな。 ボクとしては、読み終えるのに時間がかかった。このブログで書こうと思わなければ、 読み終えることはできなかったと思う。

ああ、やっと解放された。次は何を読もうかなっと。

 

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2006年06月30日

出家とその弟子

出家とその弟子出家とその弟子 倉田百三 著  新潮文庫

本日読了。また、重いテーマの本を読んでしまった。このブログで読んだ本についての感想を書いていますが、今まで買った本で、 どうしてもかったるくて読まなかった本、いわゆる積ん読状態の本を、読まずに捨てるのは惜しいから、 という理由で引っ張り出しながら読んでいます。結構拾いものがあったりして、これはこれで楽しい。これも、ブログを始めなかったら、 決して読まなかったろうなあ。これも、そんな本です。でも、楽しかった。一気に読み終えました。

親鸞上人とその弟子唯円の物語。

最初の場面、唯円の父親の家へ親鸞上人が雪中を避難するために、一宿を求めてやってきますが、なんと、その家には、鉄砲があります。 鉄砲というのは、「鉄砲伝来 1543(以後予算)増える」と覚えましたね。日本史の時間に。つまり、鉄砲がやってきてのは、 安土桃山時代に伝来したのではないでしょうか?親鸞は鎌倉時代の人。この辺り、読むの止めようかなと思いました。幇間とか、 この時代あったのかなあ。でも、ぐんぐん引きつけられます。作者20代の力業です。すごい力量です。ゲーテの「ファウスト」も戯曲でしたが、 これも読むための戯曲。かえって、物語に入りやすかったです。三島由紀夫が死んでいなければ、こんな本を書いてたろうなあ、 と少し思いました。

この本の元になっている本、「歎異抄」をこの間読んで、深く感銘いたしました。感銘したことに自分自身驚きました。10代、20代、 30代とよんで、ホントの所、よくわからなかった。でも、この間読んだとき、ぴんと来た。ああ、信仰すると言うことは、 こういうことなのかなあと少しわかったような気がします。前半は、この歎異抄を下地にして、弟子と師匠の宗教問答という形を取ります。

私、本を読むときは、赤鉛筆引きまくります。折ったり、ちぎったり、 本が厚いと平気で半分くらいから引きちぎって薄くして持ち歩きます。まあ、それはどうでも良いんだけど、この本、 前半は赤鉛筆引くところが多かったです。それだけ、面白かったって言うこと。

後半は、唯円の恋愛の悩みが中心となってくるので、この辺り、年を取ったおじさんには、気恥ずかしかったり、何度も、 本をホッポリナゲヨウト思いました。でも、大正時代のロマンというのは、こんな所に発揮されるのかもね。大正時代って、 エログロナンセンスで、エロ本、自由恋愛なんでもあれの時代・・・。性が中途半端に解放された、そういう時代だからこそ、純愛とか、 宗教と恋愛との相克とかがテーマになったのかも。その点、この作品も、時代から自由ではあり得なかったし、この辺りが、 普遍性をちょっと欠いているのかな。でも、若者は、悩まなくっちゃ。やはり。

 

『若いときには若い心で生きていくよりないのだ。若さを振り翳して運命に向かうのだよ。 純な青年時代を過ごさない人は深い老年期を持つことも出来ないのだ。』

 

 

 

 

 

 

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2006年06月28日

ようやく読み終えた。

ファウスト 第2部ファウスト 第二部 ゲーテ著 集英社文庫

世の中に、有名だけれど、読み通した人が少ないという本がある。夏目漱石の「吾輩は猫である」 もそうであろう。この本も、そういった本。とにかく、 もの凄い数の悪霊や妖精やギリシア神話の神々が現れる。時間軸も空間も、ごちゃ混ぜの混乱状態。 ギリシア神話やドイツの精霊伝説とか錬金術とか魔術とかそうした教養のない私にとって、これは、 かなりの難物。

死期を前にしたゲーテが、渾身の力を込めた本。解説によれば、20代から書き始め、 81歳の時に書き終えたのだそうだ。きっと、わかる人にはわかるんでしょう。私には、 なんだかわからなかった。 アストラル界のような異次元の世界を含めた全宇宙を1冊の本で書きとどめようという意図はわかるんだが。

錬金術や人造人間が現れたり・・・現代美術も真っ青なシュールな世界。ゲーテさんも、 結構ぶっ飛んでいる芸術家だったのね。会って話がしたい芸術家の一人です。何十年も前に 「若きウエルテルの悩み」とかを読んだときには、 正攻法のきちんとした物語を書く古色蒼然とした小説だなあと思っていましたが。もう一度、 他の作品も読み直してみよう。

体力で読む本というのがある。この本もそう。今でなければ、絶対に読めなかったろう。また、 読んでいない人には、「読んだ」事実だけで、結構自慢できる代物だ。まあ、それがなんだ? といわれれば、反論はできませんが。是非、挑戦して貰いたいと思う。

 

時よ、とどまれ、おまえは実に美しい。

posted by ロビオ at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする