2015年04月09日

種まく人になるかも

喉の痛みで風邪確定。

風邪引く前の危うい感覚、体とココロが微妙にずれていたり、臭いに敏感になったり、風呂にはいると皮膚が刺激されて敏感になっていたりと、危ういバランスで体調が保たれていたことはうすうす感じていたのだけれど、はっきりと体調不良が現れてしまった。

昔は、ここで、2週間、風邪っぴき状態が続いたのだけれど、最近は3日で治ることもある。

『小麦は食べるな』は、現代の小麦は品種改良やら遺伝子組み換えやら、人類の長年の叡智を積み込んだ変種になっているので、それがコワイという話だった。

これに加えて、炭水化物は人体に不必要で、これの摂り過ぎが、体内の炎症を起こし、小腸に、リーキーガット現象なるものを生じさせて、体内に取り込まれないようにしてある「網目」がゆるゆるになって、そこに異物が混入して、体内では、右往左往の混乱状態がアレルギー反応として現れる・・・といったことも踏まえれば、やはり、小麦粉は口にするべきじゃないだろうとの結論に至りそうである。

が天然酵母でパンを作ることは楽しい。

ならば、上記害を少しでも取り除くため、デザート的に少量のパンを口にすることはもちろんのこと、人の手があまり関わっていない原種に近い小麦粉でパンを作ればいいじゃないの!と思いつき、スペルト小麦という古代小麦でできた小麦粉を購入してみた。

これで、パンを焼いてみようじゃないの。

イースト菌やホシノ酵母などでは、グルテンを分解しないので、甘みや旨みが現れないというのを書いてある本を読んだことがある。

グルテンに小麦粉の問題があるので、グルテンを分解する天然酵母で焼いたパンは、さらにマシかもしれない。

しかし、このスペルト小麦は、高価でこれじゃわが家の台所事情だと経済的に成り立たない。

ならば、さらに一歩進んで、100グラムの籾から6キロの麦が出来るらしいので、種籾からこいつを育てようじゃないか!というところまで、頭の中では方向性が決まっている。

仕入先も不明。ドイツから取り寄せた農家があるらしいが、なかなか大変そうだ。

週末、農家の親戚と会うので(マフィン作りの講習会!!!)、ちょっと相談しようと思う。

苦労は、パン作り職人的なプライド維持と金銭的な見返りとしても戻ってくるはずだと信じたい。

最初から、自分の手で、この古代小麦を蒔いて、収穫して、粉に挽きたいと思っている。

ということは・・・土日は、潰れてしまうのか・・・。

理想を現実にしていくのには、労力がかかるもんだ。

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2015年04月08日

トレイルをサーフィン

朝起きて雨、家を出るときにはみぞれ混じり、東所沢の病院を出る頃には雪。

ああ、さぶい。

今日は、埼玉県内をグルグル回ってあっという間に、お仕事終了の時間。

電車の中では、今週から、NHKラジオ講座の『まいにちフランス語』のテキスト(現在と過去2年分のテキスト)を音読して一心不乱に暗記しながら暇つぶし。

昨日も、今朝も、隣に座った人が、その隣の席に移っていったから、変な人に見られているかも。

何かを犠牲にしないと、何かを得ることは出来ない。回りは気にせず、ガンバロウ!

さて、今年はサーフィンパンツでトレイルランをするので、パタゴニアで28インチサイズのを購入した。ちょうどよかったのは、炭水化物をあまり摂らずに、少しだけカロリーを控えめにして、ゆるやかに運動していたからこそ。

自分で自分を褒めてあげたい。

ダイエットは、ゆるやかに成功している。

肉、魚も控えめか、ほとんど摂らずに、野菜と大豆を中心に美味しい食事を心がけたいもの。

腹回り28インチ以下のサイズは、パタゴニアにはなくて、あと、2キロも痩せると履くものが無くなる。これも困った問題ではあるが。

甘いもの、穀物は、朝、昼抜く・・・という程度のダイエットなのだけれど、胃が小さくなったか、朝味噌汁一杯でおなか一杯になってしまって、豆乳ヨーグルトにフルーツ食べると、苦しい程になってしまい、これもやめれば、更に体重は減っていくであろう。

炭水化物を抜く習慣で、昨晩は、黒砂糖を少しだけ入れて煮込んだ厚揚げが、濃厚な黒砂糖の香りが舌に響いて、甘さに対して敏感になっているのは確かだ。

他に、トレイルランニング用に、ポリエステル製のウエスタンシャツを三井アウトレットのORで購入。

ウエスタンシャツとサーフィンパンツで今年は、トレイルをサーフィングするのだ。

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2015年04月07日

人生で何をするにしても、私達はそれを味わい尽くすべきだ

『私の信条はこうだ。人生で何をするにしても、私達はそれを味わい尽くすべきだ。』という信条の持主の南カルフォルニア大学の教授による”映画の本当の楽しみ方教えます”という副題のついた『ハリウッド白熱教室』という本を読んで、これまた眼から鱗状態になって蒙を啓かれた。

NHKEテレで放送されたものの完全書籍化したものらしいが、映画を見る着眼点をたくさんてっとり速く自分のものにするにはいい教科書だ。

最近の映画は、観客が映画の基本を知らないので、いちいち説明をくどくどと説明しないと、その映画の真意が伝わらないようになっているらしい。ここでも劣化が激しい。

みんなバカで、平等が一番という平等主義が今日の民主主義を支え、無能な指導者を受け入れて、有能な政治家を排除するような現象と相関関係がありそうな現象で、今後の研究の成果が待たれるところではある。

映画は、言葉以外の様々な効果でも雄弁に物語りを進めていく優れた芸術だ。

膨大な情報を逃すことなく捉え(なぜ、この角度から映画をとっているのか?照明はどこに当てられていたか?色の配置は?物の配置はシンプルか、雑多か?)などなど、映画を物語る情報を的確に理解する、これ、大切。

この本は、映画を鑑賞するのに有益な知識が教科書的に説明されているので、要点を押さえて、知識を常識にして、今後映画を丹念に見る際の着眼点にしようと思う。

人生を味わいつくすこと。吟味なき人生は無に等しい。とは、ソクラテスが最良の態度として取り上げたものだったはず。

そういえば、3.11の震災及びその後の原発事故の時に、偶然にソクラテスの弁明、クリトンと読んでいて、生き残ることよりも、よりよく生きることが大切だというメッセージが心に染みわたった経験を持っている。

ソローは、死ぬときになって、自分は人生を生きていなかったと後悔したくないために、湖のほとりに小屋を立て、自給自足の生活を2年数ヶ月送った。

何事も味わい尽くすべきだ。この態度は正しい。

すべての物事は、骨組みがある。

その骨組みを文法という言葉で置き換えれば、映画にも文法がある。

文法を知っていれば、作者が放ったメッセージを誤った形で受け取る形がなくなる。

込み入った英文や古文を正しく鑑賞するために、我々が文法の知識を総動員して読み解くように。

作者の放ったメッセージをどういう風に捉えるかは、たしかに、鑑賞者の勝手ではあるが、それは、やはり、文法で解釈された意見であることが必要だ。そうでなければ、コミュニケーションが成り立たない。

こうした文法は、自分の偏見を取り去る効果もあるだろうし、習慣にがんじがらめになって結論を短絡化させることを躊躇させる効果もあるだろう。論理的に考えれば、こうなるはずだという道筋が見えるから。

こうした態度は、映画にとどまらず、人生のすべての局面で有効に活かされるはずだ。

もっと人生を味わおう。立ち止まって、深呼吸をして、もう一度考えなおしてみよう。

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2015年04月05日

久しぶりの休暇

糖質制限をして体を炭水化物なしで過ごせるように馴化させている最中でも、やはり、チョコレートは美味しい。

某チョコの祭典で妻が買ってきたフランスの板チョコレートは、日本で買うと1つ2000円もするのだけれど、これを食べたのがいけなかった。

これ食べてしまうと、他のチョコレートを食べても美味しく感じられなくなるほど、チョコレートとしての格の違いがある。

だが、しかし、これよりランクは下がるけれど、リンツのカカオ配合率85%のチョコは、美味しい。酸味と濃厚さが少し劣るものの・・・。

というわけで、リンツといえば、三井アウトレットパーク。半額で、このリンツ85%が売りに出ているので、これを買いに雨の中ドライブ。

『小麦は食べるな!』の著者も、このリンツの85%チョコは、たまに食べているとか。

話変わって、今晩は天目指峠のSSK家に久しぶりに押しかけるので(ははは)、パンを焼く準備をしておく。

昨晩捏ねたパン生地で、朝一番で、パンを焼き、パンを焼くと同時にパンを捏ねて、午後一番でパンを焼く。何度目かの1日で2度のパンづくり。

最初のが、普通のパン。2回目のが水分たっぷりのロデブ風のパン。どちらも、レーズンとくるみとマーマレードを入れてお菓子風にしてある。

パンが美味しいのは、焼きたてから20分位経過したくらいの時間帯。中はしっとりとして、回りはパリパリ。

この状態を維持するのは難しいので、家を出るときに焼きあがるように時間調整してみる。

久しぶりに訪れる天目指峠のSSK家。

薪小屋にたくさんの薪が詰め込まれていて豊かそうだ。

ブリの半身を刺身でいただいたのだけれど、一切れが大きくて、周辺部は油でコリコリしていて、中はマグロの中トロ風でねっとりと甘み、酸味があって、これがうまいのなんのって。濃い口の醤油も相性抜群。

養殖のハマチとは別物だな。

さっそく、これを仕入れた魚屋さんを聞いてメモしておいた。

また、刺し身、ぶり大根と一緒に、自家栽培の田んぼで門外不出の名米をいただく。茶碗の中で一粒一粒一粒が立ち上がっていて、粘りがあって、独立していて、これまた、ご馳走。

刺し身と醤油とわさびと白いご飯。これに勝る組み合わせはちょっと考えられない。

他に、現地調達の蕗の薹、行者にんにく、わさびがWILDな香りをポケットに手を突っ込みながら漂わせ、奥歯で噛みしめるほどに、苦味甘みが舌に、鼻からフンと香りが抜けていって美味。田んぼで取れたイナゴも美味しかった。

動物性蛋白質と白いお米というのは、贅沢品で、たまに食べるからこそ、有り難みが増すというもの。

心して食べるという態度が、徐々に身につき、ガシガシ胃袋に落とすような食べ方はあまり無くなったような気がして、すこし、人間的に上品になれたかも。

久しぶりに、SSKさんご夫婦と、いろいろな話をして、炭水化物の話とか、酵母の話とか、3.11の話とか、内田樹の話とか、兄弟の呼び方の話とか・・・

僕が飯能に住もうと思ったのは、このSSKさんと知り合ったことが大きいし、色々な方面に目を向かせてくれたのも今多いに役だっている。SSKさんご夫婦には感謝しても感謝しきれないほどのたくさんの楽しい思いをさせてもらったわけで。

久しぶりに親戚の従兄弟に会いに行くような気分がしたね、と妻と話し合った。

会話を楽しんで、もちろん、食事も楽しんで、大満足の休日であったのでした。

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2015年04月04日

ミドリのシャワー

小雨の中、巾着田から見上げる日和田山の裾野は、くすぐったそうに芽吹いたコナラの葉の黄緑と山桜の桃色の配合が見事な俳句のようだ。言葉で染め上げることができないので、映像として頭のなかに焼き付ける。
ORの雨具を着て走りに出かけた。袖なしの雨具というのがあってもいいな。
今朝も、骨盤の上下、拇指球から体重を抜くような走り方を意識しながらトレイルラン。
骨盤の上下を意識すると、着地時に体重が一瞬に載ることもあって、足離れが非常に良くなる。ピョンピョンと跳ねるように走れて、走りにリズムが加わる。
これは、快感。
登りは、膝をなるべく曲げないように、骨盤を上下させて体重を乗せながら登っていく練習を。
心拍計は付けなかったのだけれど、平均140程度くらい。
下りでも、同様の意識をもって、かつ、ケイデンスが上りも平地も下りも同じリズムで走れるように、ロックのリズムに歩調を合わせてやる。
およそ、3時間。最後まで、トレーニングの意識が途切れることなく走り切ることができた。
たぶん、このトレーニングが楽しかったからできたこと。
ニオイタチツボスミレ、ジュウニヒトエを日和田山のトラバースで今年はじめて見た。
ウグイスカグラが満開。
これからは、野草を楽しみながら走ることもできる。
ゴールデンウィークまで、グリーンのシャワーをあびることができる。

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2015年04月03日

よく生きることと思う力

寝る前のYogaで、腰を痛めていたのだけれど、少し良くなって、今日もトレイルラン。

スティービー・ワンダーの『迷信』にリズムを合わせながら、ポール・バターフィールド・ブルーズ・バンドの『イースト・ウエスト』に心を震わせながら、山の中をジョギングするのであります。

アスリートとジョガーの違いは、前者は過程よりも成果を、後者は、その逆を大切にしているという点であると思われる。

ジョグすることが、僕の生活の基本を支えている。基礎はしっかりと何年もかけて作るものだから、サスティナブルに継続させないといけない。

その為には、走ること自体を楽しまないと。

昨晩は、ある会合に参加して、思いもよらない危険で、お金にならない、本当なら避けたい仕事が回ってきて、引き受けざるを得ない立場にいるので、まあしょうが無いと諦めたけれど、これは、日本で始めての仕事でもあるから、ひょっとして、僕のターニングポイントかも知れないと思い直して、若干、ココロはウキウキとは言わずとも、引き受けてよかったと思い直した。

心の持ちようで世界は変わる。

この世の中は生きるに値しないと思えばそうなるし、生きるに値すると思えば、世界はそういう風に変容する。

よく思う力が、よく生きることを支えている。

損得の問題ではなく、自分が世界の創造者でもあるのだ。

世界は何度でも再構成できる。

思いを変えることは、世界が変わるということだ。

動かしがたいと思っていた現実が、違う局面を現してくる。

これは、奇跡じゃないか!

まあ、なんでもやってみよう。他の人がやろうったって出来ない仕事なんだから。

かと思えば、パン作りでも、原種の小麦から栽培する方向に向かっていて、すべてを自分の手で作るという夢の様なプロジェクトを立ちあげられそうなのである。

もともと凝り性なので、ここまでやらないと気がすまない。

こんなことが出来る環境にいるパン作り職人はいないだろうから、なんか、これでやっていけそうな気がする。

仲間と会社を作って、起業する。

現実化できたら楽しいだろうな。

という風に、あれこれ、藻掻いていると、道が開けていくのかもしれない。

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2015年04月02日

知識を血肉化すること

ある勉強法に、教科書を8回ほど読んで、内容を頭に入れるとかいうのを立ち読みしたことがある。

この歳になると量をこなしても得ることは少ないし、時間は貴重だ。少ないながらも、役立つ知識をしっかりと吸収する態度が大切だ。

昨今、沢山の本を読みあさっているのだが、血肉化しているとは決して言いがたい。

六法全書というのがある。

受験時代、民法、商法、民事訴訟法、刑法の条文は暗記した。

何度も読んで書き込んだり線を引いたり確認したりして自然と暗記してしまったのだ。

そうして初めて、条文が血肉化し、体内で発酵し、事例に当てはめることができるようになる、それも、自然と。

そうであって初めて、読書した、勉強した成果があるといえる。

成果よりも過程を大切にしたいという意見もあるだろう。読書自体が楽しみなのだと。

しかし、成果を重視しても読書の魅力が減ることは、きっとないだろう。

読書で得られる効果を上げようということでもあるのだから。

ランニングでも、マウンテンバイクでも、ロードバイクでも、質を高めていかなければならない。

確実に得た知識を血肉化して、それを事例に当てはめて対処できるように、整理しておくこと。

ああ面白かった!で1度読んだだけで本棚に戻してしまうと、たいていその面白さや、何が書いてあるか忘れてしまっているものだ。

推理小説のほとんどが、こんな状況で、同じ本を2度読んで、途中でどこかで読んだような気がし始め、やっぱりこの本を読んことがあるとの確信を得たことが何度あっただろう!

暇つぶしに推理小説を読むのもいいことだろうが、できるなら、その作家の職人芸をしっかりと味わいたい。その為には、感心したことをメモることだ。

小説の場合は、魂を耕す為に読むものだからあまり該当しないだろうが、それでも、話の筋くらいは整理しておきたい。あとで、もう一度、読書した時の感じを追体験できるように。

映画も同様。筋を忘れてしまうと、何にも得たものがないようで、損した気がする。

植草甚一氏は、試写会で、時系列に起こったことをメモしながら映画を見たそうだ。

どの場面で、どのように心動かされたのか?ちゃんと理由と原因等を書き留めたり、考えたりすること。

映画、小説、芸術関係では、こうした態度が大切なんじゃないか。

というわけで、読んだ内容を栄養にして体内に取り込もう。

若い頃は、ゼミや読書会や同好の友人と対話をしながら自分の知識を確実化したり、よくわからんところを確認できたりしたものだが、そういう仲間と勉強するのも、やはり、面倒臭い。

しかれば、独学ということになる。

話し戻って、教科書を8度読むということは、繰り返し同じテキストを読み込んで、内容を暗記してしまうことだ。

だから、2度3度読むに値すると思われる本は、1度目は線を引かずにざっと読む。

2度めは、大事なフレーズに線を引いて、強弱を掴んで、本を読み込む。疑問な点は欄外に?マークをつけて調べる。

3度めは、線を引いた箇所をメモするか、意識しながらその前後をザーッと読む。

4度目は、最初から最後まで、ざーっと読み飛ばす。

そんな風に、本を読んでいきたいと思う。

こういう作業は、結構楽しい。

が、2度3度読みたいと思う本が少ないのが玉に瑕だ。

そして、いつかもう一度読みなおそうと思って読みなおしてみると一度目の感動や驚きが無いことに気がつくこともあるので、なかなか難しいことではある。

posted by ロビオ at 12:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

うっすらとパン作りに光明が・・・

すべての現代の品種改良された小麦が「毒物、薬物」の類なら、小麦の原種でパンを焼けばいいじゃないの。

というわけで、スペルト小麦の登場だ。

1キロ1200円程度する。

これで、パンを焼いたら、わが家の毎回作るバゲットは、1本300円以上の原価になる。。。

まあ、店で買ったと思えば安いか。

それに、低炭水化物ダイエットはずっと継続するつもりで、炭水化物食品は、贅沢品、ケーキの類と心得て、少ししか口にはしないのでね。

ただ、だんだんと上手になってきたパン作りの技をこれで終えてしまうのは惜しいと自分でも思う。

というわけで、『小麦は食べるな』の著者によれば、原種の小麦では、まとまらない美味しくはないパンになるのだそうだが、これでパンを焼いてみようじゃないの。

これも、GO WILDに生きる道の一つだ。

そうそう高価なら、小麦を自分で作ればいい。知り合いの農家もあることだし。相談してみよう。

ものすごく楽しみになってきた。

この原種の小麦で、いかにパンを焼くのかという難しさもある。はたして、美味しいパンが焼けるだろうか?

難問は、解く間が楽しいもの。

「犬も歩けば棒に当たる」式に、本を読みあさって、もう小麦は食べられん!作ることも出来ないのか?と若干落胆していたんだが、八方塞がりの時に、藻掻けば何かしらの道が見えてくる、ということだ。

 

ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎✕大澤真幸著を読了して2回目の線引きまとめに入る。

読み終わって、ネットでこの本調べたら、ベストセラーで、批判が相当あることに気がついた。なにせ、僕はネットオフの100円均一しか買わないのでね。

細かな議論はさておいて、キリスト教、ユダヤ教という一神教を把握するにはもってこいの本だと思うので、これはお勧めだ。

宗教学に目覚めたら、本格的な本に進めばよい。

橋爪大三郎といえば、小室直樹の直弟子の一人。その小室直樹の『日本人のための宗教概論』もお勧めだ。

色物的に扱われていた小室直樹の食わず嫌いはやめておいて、ちょっと読んでみると、ヴェーバーの良き入門書になっている。

批判できる大人が読めば、副作用も少ないし、いいと思う。

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2015年04月01日

今日から4月

今日から4月。

2015年も4分の1終わってしまって、月日の経つことの早さを実感するのは、年をとった証拠。

運動することも最近興味が薄くなり、それよりも、低糖質の食事で適度な運動をして健康を維持する事のほうが興味が湧いている。

ようするに人体実験。

今朝は、体が重くて、10キロ程度のトレイルランで途中で帰ってきた。

拇指球着地が決まらない。数ミリ後ろ側で着地しているし、骨盤の前傾がうまく意識できなかった。

4月に力を入れることは、語学とキリスト教の勉強。

A6版のノートにメモりながら頭のなかを整理する。

後見人のお仕事、新たに入って、これで5人目。

いい人生経験をさせてもらっている。感謝。

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2015年03月31日

止めの一撃『小麦は食べるな』を読む

『小麦は食べるな』をざっと斜め読み。

これだけ、小麦を食べてはいけないというエビデンスがありゃ、食べるのがおかしいっていうわけだが、先日、久しぶりにコンビニに入ったら、食料品のほとんどは、炭水化物ばかり。

そして、この本の中では、現代の品種改良された小麦は、毒物だとおっしゃっているわけで。

炭水化物が毒物だということになってしまったら、農業は潰れるし、シリアルで成り立っている加工食品メーカーも大打撃だし、糖尿病で儲けている医療機関も困ってしまうだろう。

なので、こういう本を読んで蒙を啓かれたお利口さんだけは、こういたものを嗜む程度にしておいて、決して主食にしないだろう。

妻も、この低糖質食事に関して理解を示しているので、この路線は維持継続しやすい。

なにせ、炭水化物は主食というだけあって、これを基本にして、おかずというのは成り立っているから、なかなか食事のメニューが難しいのである。家族一丸となって、炭水化物を排除していくように圧力がかけられないと、またまた何時か来た道を歩いていることになってしまう。

昨日は、朝、昼、晩のご飯を抜いた。しかし、昨晩は、餃子の皮。これ炭水化物。今朝は、いただいたリンツのチョコをば少しいただき、お昼はおかずだけだが、里芋と人参、それに、そば粉のおやきをいただいた。

なかなか、炭水化物をZEROにするのは、難しいものだよ。

先日、青梅にパプアニューギニア料理屋を二週連続で食べに行ったのだが、その料理の内容が、バナナの皮で蒸した鶏肉以外の食材が炭水化物!サツマイモに、ご飯に、マギーのパスタを載せたもの、食料バナナと、バナナのフライに、かぼちゃの素揚げしたもの。。。。

角砂糖で、この時口に入れた量を測れば・・・何十個も口に入れたことになるのではないか。

事程左様に、炭水化物というのは、普通にしていても取り過ぎになるので、注意が必要だ。

賢く生き抜くというのも大変だ。軌道に乗るまでの話だが。

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2015年03月30日

なんとか今日も終わった

朝からタイトなスケジュールなのに、人身事故で京浜東北線、湘南ラインがダウン。

それでも、蒲田・吉祥寺・赤羽・大宮・与野本町で仕事を無難にこなす。ふう。

昨日の薪割りで、右手がひどい筋肉痛。

字を書くのも苦戦なり。

初夏の暑さがあって、井の頭線脇のヤマブキの黃、ソメイヨシノのピンク、ショカッサイの紫が綺麗だった。

西武線の入間市駅手前の丘陵地で電車の中からカタクリが見られるはずなのだが、明日は、窓から覗いてみよう。

早朝トレイルランも、半ズボン、長袖でなんとかなりそうな感じ。

さて、あと一日、なんとか乗り切ろう。

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2015年03月29日

薪割りイベント参加

早朝、日課のトレイルラン。
昨日辺りから、自然と爪先着地に移行し、かつ、足首のスプリングを使うような走り方に変わってきた。
ヨガと、拇指球、骨盤に意識を集中させて練習していることが、いい方向に向かっていると思いたい。
9時から、天覧山の谷津で、薪割りイベントのお手伝い。
様々な斧で薪割りをやってみる。
なかなかコツがつかめなかったが、次第にパカンと真っ二つに割れるようになってきた。
『七人の侍』の千秋実か、『荒野の七人』のチャールズ・ブロンソンか。お手本の薪割りの姿は、この二人。
なかなか、こんな風にはうまく割れないが、秋の夕暮、赤とんぼを眺めながら優雅に薪割りをするというのが、俺の夢でもある。
しかし、普段使わない筋肉を使った。右手の握力が無くなった。明日は、筋肉痛覚悟だな。ペンで字を書くことできるかな?
同時並行で、薪をくべて石窯でピザを焼く。
ごく薄く伸ばした生地で焼いたピザは最高に美味しかった。
耳の部分がパリパリの煎餅みたいで、チーズの下はカリカリのクリスピー。
糖質制限中なのに・・・ま、たまにはいいでしょ。
石窯だと遠赤外線が作用するのか、とても美味しい。
今度は、次のイベントでは、ボクのパンをここで焼いてみよう。
午後4時に、知り合いの税理士さんが、開業の挨拶に訪問してくれた。
妻の友人の旦那さん。
あれやこれや、話をして、本日も目一杯。
明日から二日間、正念場。なんとか乗り切ろう!





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2015年03月28日

日記風覚書

いつものように早朝トレランを楽しむ。
腰骨の上下のタイミングと拇指球で地面を踏むこと、この2点を注意しながら走る。
家に戻って急いでパンを捏ねておく。
気持よく走った後は、農業塾で農業研修。
本日は、キャベツと里芋の定植、それに、雑草取り。
もう雑草が生え始めている。
農業塾の帰りは恒例のブックオフ通い。1時間ほど古本ショッピングを楽しんで、家に戻って、パンを成形して焼く。
両親の鍼治療に付き合って、両親と鍼の先生と店のお客さんに焼いたパンを全部差し上げて、それから、青梅のパプアニューギニア料理を食べに行って本日終了。
キリスト教関係の新書を3冊購入。読めば読むほど不思議な宗教だ。これが、土台になって近代社会を成立させているのが不思議。

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2015年03月26日

Go wildに生きること

5時36分ジャスト、御嶽神社。

お参りして、ふと東の方を見れば、東京方面のビルの隙間から橙色が滲んだきた。核爆発を繰り返しながら届いた太陽光線。福島原発の地下を掘り続けている核融合反応もこんな色をしているのか?そういえば、『太陽を盗んだ男』という日本離れしたスケールの大きい、そして、日本映画会が誇る長谷川和彦監督の映画があったっけ。太陽は盗まれなかった。太陽は、地下深く、沈んでいっているのである。

昨日は、龍崖山山頂手前の燧山で、そして、今朝は、御嶽神社で、太陽の光を受け取り、西の方に、リレーして送ってやる。中国で、アラブで、ヨーロッパで、アフリカで、アメリカ大陸で、太平洋のクジラの背で、リレーを繰り返し、明日の朝、また、どこかで、太陽をリレー中継しよう。

『Go wild』『炭水化物は人類を滅ぼす』と読み続けて、深いショック(目からうろこともいう)を受けているのだが、さらに、『小麦は食べるな!』という本を読み始める。

これらの本は、お手軽なダイエットといった本ではなく、いかに、炭水化物が人体に悪影響を与えているかの警告本なのだ。

これだけ、エビデンスが揃えば、炭水化物が人間の体にクロだということは、疑えそうにない。推定無罪の裁判ではあるのだが。

玄米を食べて元気に生きるという姿勢がもろくも崩れ落ちる。マクロビオティック、菜食、食事治療等々、その基本は玄米菜食であるのだが、この基本を欠いてしまう。

いやはや、困った。

玄米を奇跡の食事だと金科玉条のごとく語っていた自然食の人たち、立場が無くなってしまうのではないか。

人間が、主食として、米、麦を摂り始めたのは、たかだか1万年前。日に三度の飯といった状況は、1960年代に実現したとか。

これは、人類にとっては、新しい食品だ。そして、炭水化物は、糖質に変換され利用されるが、糖質だけを必要とする器官は脳だけである。

人間には、4リットルほどの血液があり、そのなかに、4グラムのブドウ糖が混じっている。大きめの砂糖1個分である。この濃度は常に一定に調整されている。

さて、食パン1枚の糖質は、角砂糖8個分もある。俺、ダイエット中で、コーヒーに砂糖入れ無いもんね、と言っている人も、食パン1枚食べるより、コーヒーに角砂糖5個入れて飲んだほうがダイエットには向いている計算になる。

砂糖のように甘くないからと思って、小麦を「甘く」見ていると、痛い目にあう。

ところで、ブドウ糖は、体内で合成可能で、今、こうしている間にも、ブドウ糖は作成され続けている。

したがって、脳にダメージを与えるほどの糖不足にはなりようがない。

となると、人間には、糖質を食事で取る必要性がない。必要性がないということは、無駄なものであるということである。

血液中の血糖値が一定になるように、糖質を摂るとインシュリンがドバッと分泌される。

不要な糖質を主食として、1日に3度、インシュリンを分泌させ、血糖値を一定にするという作業を、食事をするたびに人はしているのである。糖尿病にならないほうがおかしい。

これって、酒や煙草に似ていませんか?人体にとって無駄なものをとって、有限な資材としての自己の酵素を湯水のように使っている。

無駄なことをしている暇はない。

そして、この大量に摂取された炭水化物は、身体のいたるところで悪さをするらしい。

しかし、穀物に多く含まれる炭水化物は、麻薬のような魅力のある食品でもある。

そうであるから、ありがたがって、新嘗祭という天皇の大切な祭祀があるほどで、一粒で何十粒も収穫でき、しかも、収穫の際、籾が落ちずに収穫でき、カロリーが高い米の有り難さというのは、僕らの骨の髄まで染み透っているものだ。権力者にとっては、富の象徴だったろうし、江戸時代では、通貨の代わりだった。

おっと、難しい話になると本腰を入れて書かないといけなくなるから、このへんでやめておく。

Go wildに生きるのならば、穀物以前の生活が相応しいのではないか?

穀物が手に入るようになって、僕らは堕落した。本来の狩猟漁労、木の実の採集といった移動的な生活を変えることを余儀なくされた。それほど、穀物が実ることは、人間にとって魅力的だったのだ。

野生に戻ろう。少なくとも、口にはいるものだけでも、少しずつ。

自分で正しいと思ったら、すぐに行動に移すというのが僕の長所である。

というわけで、朝食と昼食は、炭水化物を抜いて、2週間程度経っただろうか?

夜は、普通に・・・やや少なめの玄米をいただく。

毎朝15キロ程度のトレイルを走っていて、何日かは、エネルギー切れのような体の怠さがあったが、最近は、快調である。今朝も、体が軽く感じられ、以前より体調はいいようだ。

少し、便秘気味なのが困ったことなのだが。

ノルウエーだかどこかで、アスリートを炭水化物を抜いた状態でその体内の運動変化を調べたところ、瞬発的な筋力は落ちるものの、長時間運動する能力は伸びたという報告がある。

納得できる検査結果である。

炭水化物を一切取らなくても、多分、運動しても害はなさそうである。

糖質が少なければ、脂肪質を利用すればいい。

さて、Go wildな生き方であるが、先日、最近知り合った方のハウスパーティーに呼ばれて、近所の猟師が捕らえたイノシシの肉をご馳走になった。

穀物以前の人間が食べた食材であることには間違いない。

脂分の少ないのっぺりとしたパサパサの肉だが、癖もなく美味しかった。

穀物を与えられて、霜降り状態になった肉・・・現代人の身体そっくりだが・・・を食べるのはやめて、月に1度位、こうした野生の肉を食べるのは悪くはない。

牛は、草を食べるんで、穀物を食べる動物ではそもそもないのだ。

そして、普段は、野菜と大豆を中心に、食生活を営め、トレイルを走って、動植物と出会い、心を開放することが、Go wildに生きることではないかと思う。以後、少しずつ修正して、納得のいく暮らしをしていきたいと思っている。

それでも、炭水化物は恋しい。

贅沢品として、食後のデザートとして食べることにしよう。

というわけで、さっそく、二日前に発酵させたパン種で、今朝もパンを捏ねた。今晩、パンを焼き、パンの一片だけ口にして、満足しようと思っている。

先は長い。

しかし、悠々として急げ。

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2015年03月25日

東京散歩と洒落込みたい

東京に生まれてから20数年暮らしたのに、北区、池袋、浅草、上野、御徒町、銀座、神保町、吉祥寺以外の町をほとんど知らない。

そもそも、凝り性なので、同じ場所に通いつめる傾向が強く、なかなか行動範囲が広くならない。

絶望的に変貌していく今の東京には愛想を尽かしたところもあって、どうでもいいとも思っていた。

けれども、東京オリンピックで大きく変貌した東京に、再度、バカバカしいオリンピックが行われれば、東京は、もう僕の記憶の再現不可能な東京になってしまうだろう。

谷崎潤一郎は、関東大震災で東京が無くなったということで、芦屋に移った。

生まれた地域というのは、愛着のあるものである。愛惜しつつ、僕の「東京」が完全に終わってしまう前に見届けておきたい。

それには、今しかない。事態は差し迫っているのである。

というわけで、以後、僕の「東京」を旅することにする。

確認したいのは、そして、見てみたいのは、日本映画を見ることによって血肉化した風景かもしれない。懐かしい東京言葉かもしれない。そして、日向臭い、コールタールの混じったような臭いが混じった古い住宅かもしれない。

まあ、とにかく、散歩をするのだ。

「小林泰彦の謎と秘密の東京散歩」という本があったので、これを参考に、神田、浅草、佃・月島、本所・深川、赤坂、麻布を探検することにする。

2万5000分の1の地図が有効かと思って、印刷してみたら、こりゃダメだ。グーグルマップ印刷したほうがわかりやすい。

バスの一日乗車券が500円だそうで、この手の東京案内の本も買ってみた。

僕の家の前の明治通りには、池袋から来る浅草寿町行きのバスがあって、時々、田中小実昌さんとよく一緒になった。吉原あたりで、いつも降りてたな。ハ・ハ・ハ。

東京人として、地下鉄の乗り継ぎをマスターしたら、本物だということがあるが、都バスをマスターしたら、これは、ちょっとしたオタクなんじゃないかとおもう。

ああ、楽しみだ。けれど、土日、予定が詰まって、なかなか実行することができない。

実行するのは、4月半ばになってしまうかも。

posted by ロビオ at 14:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

jog.fmでホンキー・トンク・ウィメンを

龍崖山山頂手前、燧山で朝日を浴びる。

jog.fmという現在走っているリズムに合わせて曲を選択して演奏してくれるソフトを使用して、iPod touchでトレイルランを楽しんだ。

ソフトが選択した曲のリズムに合わせて、足を繰り出す。

激坂の登りの山道でも、下りでも同じリズムで走る練習だ。

練習にもなるだろうが、ダンスをトレイルランに取り入れたようで楽しい。

自動でシャッフルされたStevie Wonderの「迷信」は、最初から最後までリズムが一定で合わせやすい。

まさに、ジョギングのために生まれた名曲だ。

ビートルズの「I feel fine」やストーンズの「Honky Tonk Women」もピッタリ。

「ホンキー・トンク・ウィメン」といえば、スティーヴン・キングの久々のヒット作『11/22/63』という小説で小道具として使われていた。

現在からケネディ暗殺を阻止するために1963年にタイムトリップした男の話だが、その中で、その地で恋人となった女性の前で、車を洗浄している際に、この歌を無意識に口ずさんでしまって、恋人を赤面させるというエピソードが面白かった。

うん、相当ひどい歌詞だよな。

1969年にヒットしたこの曲。6年後には、その歌詞に眉をひそめる人も随分と減るんだから、時代はいつまでも同じではないということだ。

ちなみに、この曲のオープンGコードを使用したリフは、ライ・クーダー作。この時期からストーンズはアメリカ南部の音楽に急接近する。

まだまだ寒いが、山道際にはスミレが列を連ねている。

山路来て何やらゆかしすみれ草 芭蕉

菫ほどな小さき人に生まれたし 漱石

野草を愛でる時期がやってきたようだ。

posted by ロビオ at 09:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月24日

けれど、人間は負けるようには造られていないんだ

被後見人のおばあさんが、脳梗塞で倒れたとの電話があり、右往左往して、入院手続き等を終える。

「人間は、負けるようには造られていないんだ」というヘミングウエイの「老人と海」のセリフがある。

僕が世話する老人の多くは身寄りがないか、あっても、絶縁状態だ。

貧困と老いと病気で孤立無援の戦いを強いられている。

しかし、戦い続けている限り負けはやってこない。

そして、生きていることそれ自体が戦いだともいえる。

だから、生きている限り、人間は負けようがない。

負けたと思って崩れ落ちても、実は、負けてはいない。生きている限りは、戦っているからだ。

「老人と海」の老人は、巨大なカジキマグロと一人で格闘し、一昼夜格闘し、ついには捕らえたが、家路の途中に、サメにそいつを全部食われてしまう。

けれど、老人は、家に戻ってベッドの中でライオンの夢を見るのだ。

だから、おばあさんの今日見る夢は、ライオンの夢であってほしいのだ。

posted by ロビオ at 16:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トレイルランニング開始

日の出時刻が早くなったので、直接、里山に入ることが出来るようになった。

多峯主山下で日の出時刻。

幾重に重なりあった木々の隙間を縫って目の前の檜の枝までどうにか辿り着いた真っ赤な朝日が血糊のようにべったりと張り付いていた。

骨盤上下、足は拇指球から力を抜いていく・・・この2つを頭に入れて走っていて、偶然散歩中の妻に出会って、走り方を見てもらったら、上下の体のバランスが良くなったとのお褒めの言葉に気を良くする。

何度も、こうしたフォームの練習をすると、膝、腰を痛めたものだが、今回は、その徴候もなく走れているので、きっと無理なく良い方向に向かっているのだと思いたい。

新緑が芽生えるまでの、鳥や植物が息を詰めて、その日が来るのをじっと待っている濃密な期待感というのが感じられる今の時期が好きだ。

今年の冬はよく走った。いつまで、こんなふうに走ることが出来るだろう?

講談社新書の「不思議なキリスト教」を読み始める。面白い。

posted by ロビオ at 09:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月22日

骨盤で足を持ち上げ、拇指球から体重が抜けるように・・・

久しぶりに1日、自由時間があるので、長めのトレイルランに行こうと思ったのだけれど、最近、体調や健康を整える為に必要な朝の2時間だけのもので十分ではないかと思い始めている。

毎朝、最大2時間、トレイルを走ることが可能な環境にあるのだし、人生は短く、山を走ってばかりはいられない。

週14時間、トレイルで走ることができれば、年間走行距離は、トレイルだけで450キロ以上走ることが可能である。

十分でしょう!

やりたいことの優先順位をつけよう。

というわけで、この日も2時間限度に、その代わり、一所懸命トレイルを走ってみる。

最近、ランニングをして、気にかけていることは2つ。

@骨盤で足を持ち上げること

A拇指球で路面を押せるように。

以上、2点を注意しながら、2時間、里山をグルグル。

@骨盤で足を上げるには、足の力を抜かないといけない。省エネになる。

また、骨盤が上に持ち上げられた時、足が上がり、逆側は、着地し、骨盤は下がっている。

自転車のペダリングのようだ。

骨盤が上がるとき、足はそれだけの力で、宙に浮くはずだ。そして、骨盤が下がるとき、その骨盤に、体の全体重が載っているはずだ。

体重が一瞬、着地と同時に、効率的にかかり、アキレス腱が縮こまり、大地の反動力とアキレス腱が元に戻るタイミングが合えば、きっと、飛ぶように走れるさ。

A拇指球でバランスを取るのが一番取りやすい姿勢であるのが、ヨガのワシのポーズで理解できた。私の癖は、拇指球の反対側の小指球側でバランスを取る癖がありそうである。

足裏全体で着地するにせよ、踵で着地するにせよ、つま先で着地するにせよ、小指球側に体重の移動が来て、それから拇指球に移動するのならば、その時間が無駄になりそうだ。一直線に拇指球に体重移動がいくように意識してみる。

骨盤にせよ、拇指球にせよ、意識していると、だんだんと、その部分が、他の体の部分から分離独立して、意識ができやすくなってくる。

トレイルから出て舗装路に入った瞬間、誰かが僕の体を、ゆるりと引いているような、ここちの良い瞬間が2,3秒あった。

これが、ランニングの熟達者がよく本に書いている感覚なんだろう。

残念ながら、すぐにその感覚は消えてしまったが、これが、タオで、この力を利用しない手はないじゃないの。

@とAが上手く重なった時、僕の走り方が一皮むける時だ。その時が来るまで、骨盤の上下と拇指球コンシャスで、トレイルを走りたいと思う。

で、長時間のトレイルランやら自転車をやめたことで余った時間は何に使おう?と思っていたのだけれど、愛する今は無くなってしまった唯一の都市、東京を散歩するのがいいじゃないの、と、前々から思っていたので、池袋の本屋で東京散歩に関する本を覗いてみると、高価なのに内容が薄っぺら。

東京人という雑誌が一番面白そうだ。これは、図書館でバックナンバーで該当箇所を参考できたら役立ちそうだなと思い、本日の散歩は、目白のパタゴニアのアウトレットショップまで往復散歩。

歩いたこともない路地裏をあっちこっちデジカメ片手にふらふらと。見事な僕の育った50年前の家などが残っていたりして興味深かった。

パタゴニア!企業精神が嫌いだという人が多いようだけれど、僕は好感を持っている。イルカもクジラもクロマグロ、食べなくてもいいし、これ以上ダムはいらない。

偽善的に、宣伝のために、国内最大のトレラン大会を後援するだけの企業よりもいいと思うのだけれど。

というわけで、ショップ内を歩いて、殆ど買わないのに時々訪れては、変な質問をしているうちに懇意になった店員さんに、お店に届いたばかりのトレラン用のTシャツも見せてもらったのだけれど、気に入ったものでないので、買わずに帰ったのだ。

パタゴニア製品は、やはりフリースだね。トレラン用品は、他のメーカーのものとほとんど変わらない。

僕が、以後買いたいと思っている製品は、TRIMTEXとパタゴニアとモンベルだ。賢く、長年愛着の持てる商品を吟味しながら買い揃えたいと思う。

今年、パタゴニアで買うのは、次の2点。

カウボーイシャツとサーファーパンツ。これで、人のいない早朝のトレイルを走るのさ。

帰って、パン作り。

パン食べない人が、上手なパンを焼いているという皮肉!

義兄に、2本プレゼントして喜ばれた。

ちょっと複雑。その点については近々書きたいと思う。

来週も、週末色々予定が入っていて、時間が取れないが、ディープな東京探検・・・、川本三郎さんや、永井荷風の後を追うように、色々と歴史と日本映画に残された古き良き東京を検証しつつ、最後は、大衆呑屋でおわるような散歩をやってみたいと思っている。

posted by ロビオ at 03:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フェイスブックも潮時

土日にフェイスブックやツイッターを見ないようにしているのだが、これが実に気分がイイ。開放された感じがする。

自分の生活自慢や、自己宣伝を披露することで、人を傷つけたりしてしまったこともあるだろう。

知りたくもない情報を撒き散らしたこともきっとあるだろう。

それに、ついついフェイスブックだのツイッターだのを見てしまう癖がついてしまい、ああ、これは、時間の無駄だなあ、とはっきりと気付かされた。

そういうわけで、以後、自分の日常や意見を書くのは、このブログ一本(もう一つ、秘密のブログ)に絞って、好きな文体で、好きなことを、好きなだけ書いていきたい。

posted by ロビオ at 02:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする