2017年05月04日

ルビッチ三回目

シネマヴェーラ渋谷のエンルスト・ルビッチ監督特集の3回目は、『小間使』と『生きるべきか死ぬべきか』の二本立て。先週『生きるべきか死ぬべきか』は見たので、どうしようかと思ったが、『小間使』の主演が、シャルル・ボワイエとジェニファー・ジョーンズと聞いたら見なければじゃないの、ということで、早朝パンを焼き、トレイルを1時間ほど走ってから行ってきました。
『小間使』は、イマイチって感じたけれど、いい大人がピンポンダッシュして、大人を困らせるっていうのも大人げないフランス生まれのシャルル・ボワイエの完璧な英語ってどこで身につけたんでしょうかねえ。とか、ジェニファー・ジョーンズの歯並びの良さは、これ、入れ歯でしょうかと変なところに気が行ってしまったけれど、ジェントルマン階級の荘園に住み込んだ主人公たちの上流社会、とくに、執事たちの世界は、あの名作『日の名残り』より本物ぽくて、感心しました。が、多分、こういう世界をおちょくった内容のギャグがイマイチわからず、チェコ生まれで亡命したボワイエに関するギャグもあっただろうに、それもわからず、要するん、そういう文化を背景にしたギャグがわからないのが、イマイチこの物語に乗れなかった理由だと思われる。
もういちど、みれば、わかるかもしれないと思ったのは、先週見た『生きるべきか死ぬべきか』を再度見て、話の内容が完璧にわかってわからなかった筋がつながって、溜飲を下げたからでありました。
感心するのは、映画の画面の平衡感覚というか、画面のバランスを3次元で完ぺきにこなしているその技ですね。こういうところを、小津安二郎も見習ったのかしらん。
まだまだ、目の離せないルビッチ監督特集。まだまだ、通いつめます。



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2017年05月01日

6つの敵

土曜日は、印度哲学の勉強会に参加。

毎回毎回、私が眠る時間に授業が終わるので、終わってJRの駅まで歩くとフラフラしている自分に気が付きまして、池袋からの電車の中では、眠いやら、頭の芯が冴えてしまって、眠ることもできない状態です。

この日は、早朝、パンを焼き捏ねて、それからトレイルランニング(ううっ、現在筋肉痛!)それから、渋谷にルビッチ監督特集見に行って、事務所で仕事、それから、勉強会に参加したのでした。

それはさておき、この日は、勉強を始めて間もない人のための講義。

この勉強会に3月から参加させていただきまして、その内容は、「バガヴァット・ギーター」「ヨーガ・スートラ」「ウパニシャッド」それに、この「基礎講座」を週替りで学んでいっております。授業内容は濃密で、ギーターの一文だけで、2時間の授業が費やされます。いやはや〜。

まさに、時間の感覚が個性的に流れる印度哲学の王道をいくような授業内容でございます。

ほんとにありがたいことです。授業料もないのだし。

休憩には、500円でカレーをいただくこともでき、そして、このカレーがとても優しい味で、どうやったら、こういうカレーが出来るのかしらん?と、土曜日日曜日に、カレーのスパイスを色々と弄りながら、この味を再現させようと努力しているのであります。

皆さん、勉強をしにやってきているので、休み時間も寡黙に、カレーを食べます。ステンレスの皿に盛られたご飯とカレーをスプーンですくう音しか聞こえません。

ううん、皆さん、真面目だ。カレーを食べるしか、どうすることもできません。

そんなことはともかく、今日の題目は、アリシャッドヴァルガについての勉強だ。

アリシャッドヴァルガとは

カーマ(欲情)・クローダ(怒り)・ローバ(貪欲)・モーハ(執着)・マーダ(自慢)・マーツァリャ(嫉妬)という、我々が、真の自己を見出す際の6つの敵についての勉強でございました。

この6つに我々凡人は、目が眩み、本当の自分が一体何者かわからなくさせてしまっているそういう存在であります。

今、手元に、授業のノートが無いので、記憶があやふやなので、詳細は書きませぬ。しかし、我々凡人から見ると、これら6つの要素がその人をその人らしくさせている人間らしい特性のような気もします。また、こういうものがない人生とは、いかなるものかと考えることもあるのです。

恋をし、欲情し、ココロ狂わすなんていうカーマに振り回せれた恋人たちを描いた映画や小説は、それこそ星の数ほどありまして、夏目漱石の「こころ」なんかは、これらすべてがテーマとなっているのではありますまいか?

つまり、それらは、磁力的な魅力で人を惹き付けるものなのでありますね、当人にとっても、それを見聞きする他人様にとっても。

でも、やはり、50を過ぎれば、こういうものに、囚われて生きるのは、しんどいので、6つの敵と決別して、早く本当の自分自身と出会いたいと、心から祈念するものであります。

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2017年04月30日

ルビッチ・タッチ

シネマヴェーラ渋谷で開催中のエルンスト・ルビッチ特集、本日は、『ウインダミア夫人の扇』と『生きるべきか死ぬべきか』の二本を堪能。
前者は、1920年代のサイレント映画、後者は、ルビッチ監督の代表作として知られている作品、クラーク・ゲーブルの最愛の妻で、飛行機事故で亡くなった主役のキャロル・ロンバードの遺作。
サイレント映画を見る機会は少ないけれども、いいんだね、これが。
広い部屋の中をロングショットで撮って、二人が部屋の中でそれぞれの考え事をしながら動き回るシーンがあるのだけれど、画面の重量のバランスが常に釣り合っており、まるで、シーソーの上で、水平が保たれるように人を動かしてみせる。
言葉がない方が、画面に集中できるし、顔の表情やら、モンタージュ手法で、何を意味するかがはっきりと分かるから、疲れずに映画を眺めていられる。そういう技術が積み重なって完成の域に達したときにトーキー時代に突入してしまったんだね。
そして、この『ウインダミア夫人の扇』というのも、勘違いから巻き起こるややこしい筋ではあるのだけれど、これをほぼ、セリフ無しで成立させてしまうすごい技を堪能する作品でした。
『生きるべきか死ぬべきか』は、劇団員の監督の役者さんが、小津安二郎作品の常連の中村伸郎にそっくりでビックリ。そういえば、小津安二郎もルビッチ監督の影響を受けたわけで、ポーランドのヒットラー政権下のナチス・ドイツという場面で、これだけ洗練された、人間性の美醜を極力描かずに、エンターテインメント映画にしつらえてしまうその技が、まさん、ルビッチ・タッチといわれる所以なんでしょうね。
とにかく、劇場がクスクス笑いと爆笑で盛り上がっておりましたよ。
う〜ん、やっぱり、名監督の映画は素晴らしい!というわけで、この映画館に足繁く通うことになりそうです。


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2017年04月29日

ジュリエッタとブルーに生まれついて

ギンレイホールにて『ジュリエッタ』と『ブルーに生まれついて』の2作を観る。ほぼ満席。

ペドロ・アルモドバル監督の20作目の映画が『ジュリエッタ』。

この監督の僕が最初に観た映画は、新文芸坐で見た『オールマイマザー』だった。

それ以来、旧作新作は観るようにしているのだけれど、衣装と美術が素晴らしい。

衣装は、ソニア・グランデ。アルモドバル監督の作品の常連で、近年は、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』で活躍。

こういう映画観て、ファッション勉強しないとね。

たしか、この監督の『私の秘密の花』という映画も衣装と美術に目を引かれましたが、たしかFENDIとMaxMaraの衣装を使っていたのだったっけ。

それから、美術が、アンチョン・ゴメス。

インテリア勉強したいなら、しっかり見ないと。

常連と言えば、一度見たらその顔と姿が忘れられない女優、ロッシ・デ・パルマも出演。

内容はさておき、映像の小津安二郎風の赤の使い方。

電車が止まったときに、駅の模様が映し出されるのですが、小さな鉄道信号の店のような赤、そして、駅員の点のような赤い帽子が強調されておりとても綺麗でございました。

若い主人公は、赤と黄色とブルーの原色が背景にあり、中年になると茶系の落ち着いた色が多用されており、これもアルモドバル好みの配色哲学のでありましょうや。

一人旅をする主人公の乗っている電車のコンパートメントに、男がやってきて話しかけるのだが、気持ち悪がって、食堂室にいって将来夫となる男とであうのですが、その奇妙な男は、その電車に飛び込み自殺をしてしまう。もしあの時話し相手になっていれば死なないで済んだかもしれないという罪の意識。その罪の意識が、業として、自分の周りの人々を不幸にさせていってしまうというような観点から見ても面白いかもしれない映画でしたね。

『ブルーに生まれついて』は、ご存じ、ウエストコーストジャズを代表するチェット・ベイカーのお話。

こちらは、薄いブルーがかった色が多用されており、盛り上がりにはかけるものの、その筋のプロのミュージシャンが見たら痛切に思うのではないでしょうか、クスリと音楽の切っても切れない関係をば。

チェット・ベイカー曰く、音と音との間が広く感じられて、そこに音を入れることが出来るんだそうで、麻薬やると。

麻薬漬けの音楽の世界に戻るか、クリーンな体で奥さんと子供と暮らしながら音楽をやるか、その選択を迫られて、前者を選んだチェット・ベイカーの業の深さがこの映画の中心のテーマ。

その麻薬を打って演奏したバードランドでの演奏は、同席したマイルス・デイヴィスが拍手をするほど、上出来だったというのがこれまた悩ましいわけです。

会場で、どうして、チャールズ・ミンガスの名作アルバム『道化師』1曲め「ハイチアン ファイト ソング」が流れているのかね?と思ったら、失意のチェットが、路上ミュージシャンを見て、再起を決意するところで、この曲が流れましたのでしたね。会場で流れていたのは、サントラ盤でございました。

どちらの映画も、人間の業の深さを描いたもので、自力では救いようのない人間という存在を確信したのでありました。

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2017年04月28日

タカラホーローのシステムバス

4時30分起床して、天覧山でトレイルランニング。

タカラホーローのシステムバスがようやく昨晩取り付けられて、朝走って汗びっしょりになっても、シャワー出来るようになったのだった。

工事期間中は、2日に1回妻と銭湯探しの放浪(ホーロー)生活。

遠方、近場の銭湯的な場所にですね、妻と二人分だと、えっ、こんなに払うの?というくらいに費用を払って、出向いておったのでありました。

私、かけ流しの温泉以外の公衆浴場というのおは、どうも不潔感が抜けませんで、何十人もの肛門を湯に沈めた湯船の湯がどうも綺麗だとは思えないのでした。また、塩素系の消毒液の匂いが体にこびりつくのも嫌だし、着替え室においてあるジメジメしたバスマットや、ペッタペッタと張り付く床は、水虫の温床に違いない。と申しますのは、プールに足繁く通っていた頃、2,3度風呂場のマットレスで、多分水虫をうつされて、皮膚科の患者になったこともあるからであります。

ついでに、悪口言っちゃうと、普段は、自家製石鹸で、髪の毛と体を洗っているのですが、どうにも、あのリンスインシャンプーとかボディソープとかが駄目なのね。何度洗っても、髪の毛や体がヌルヌルして気持ち悪いのと、香料が髪の毛から取れないのが不快なわけです。

まあ、それはともかく、平成11年だか12年に家が出来上がって以来、当時も今も建築資金の乏しい我が家では、風呂にお金はかけられず、簀子を引いて、コンクリートのベタ基礎部分に排水溝を作って、体を洗ったお湯が簀子の板と板との間から漏れ落ちて、ベタ基礎部分から排水されるといったウルトラCの節約設計のものであったのだった。

その後、リホームしたが、風呂と便所が区切りなく風呂場にあるという西洋バスルームのようなもので、そのまま体を湯船から出てあらうものなら、便器もなにもびしょ濡れになってしまう。

だから、風呂桶の中に座り込んで縮こまってシャワーを浴びて、湯船からお湯が飛び出さないように細心の注意をしながらの洗体、洗髪作業になっていたのでありました。

風呂場で寛ぐどころか、なんと窮屈な思いがして、風呂好きだった大昔の自分を遠い目で見る日々が続いておったわけでございます。

我が家は、こんなふうに、永遠の未完成な家なので、建設当時のアイデアがまだまだ出きっていないのでありまして、例えば、鉄筋部分の平屋根部分は、草屋根にする予定で、土を運びそこに雑草を生やす予定でもありますし、トイレの水は、雨水を利用するために、雨水の貯水タンクを据え付けられるようにコンクリート部分にホースの穴も空いておりますのでした。

まあ、お金が溜まったら少しずつ手を入れて、徐々に過ごしやすい家になっては来ておるのですがね。

それにしても、タカラホーローさんのシステムバスは、値引きしないというか強気でありまして、TOTOとかにすれば、かなり値引きされますよなんて大工さんには言われたけれど、ショールームにいって、琺瑯の質感がとてもよかったので、他のメーカーは眼中になかったわけです。

それじゃあ予算内に収まらないじゃないの、ということで、知り合いの方からのアドバイスで、展示品処分が出ることを待つこと数ヶ月、かなりの値引きで手に入ることができ、ようやく、設置工事着工になったのでありました。

まだまだ、使い勝手がよくわからないのであるが、展示品処分だけあって、最高グレードで必要遠だとは思わなかった室内乾燥機までついていたりして戸惑っておるのですが、久しぶりに長いこと湯船に使ったお陰で、腰の痛みで長らくお休みしているヨーガのアーサナもバシッと決めて(少し腰をまた痛めたようだが)プラーナヤーマも瞑想もできて、ようやく生活が起動に乗りそうな気配なのだ。

というわけで、いざ山を走らんとて、久しぶりに汗をかいた次第です。

馬鹿のように走ることは、もうしないけれど(いい加減馬鹿は卒業である)、1日1時間程度の軽めの運動は、お腹周りにだるっと垂れている贅肉を溶かすのには必要なんでがすね。気持ちもいいし。

4時30分に走って、5時30分にシャワー浴びてからYogaのアーサナちょっとやって、6時からパンを捏ねて、焼いて、6時30分から食事して、コーヒー飲んで、7時からバガヴァット・ギーターを写経して、7時30分の急行で事務所に向かうのが理想的である。

身につくまで、しばし、意識してリズムをつかまん。

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2017年04月26日

キッチンタイマーでお勉強

仕事の合間に勉強をするのはとてもいいことであるのだが、ついつい、長時間勉強をしてしまったり、途中で飽きてしまったりとなかなか時間の管理は難しいもの。

というわけで、家で、パンを焼くときに利用しているDRETECのキッチンタイマーを職場の机のスチール棚に裏面にあるマグネットで貼り付けてこれで勉強時間を管理することにした。

https://www.amazon.co.jp/DRETEC-%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%83%E3%82%AF-T-140OR-dretec-%E6%99%82%E8%A8%88%E4%BB%98%E5%A4%A7%E7%94%BB%E9%9D%A2%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BCT-140OR/dp/B0001ZN3NA/ref=pd_sim_201_3?https://www.amazon.co.jp/DRETEC-%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%83%E3%82%AF-T-140OR-dretec-%E6%99%82%E8%A8%88%E4%BB%98%E5%A4%A7%E7%94%BB%E9%9D%A2%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BCT-140OR/dp/B0001ZN3NA/ref=pd_sim_201_3?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=N3W5VAZRM07E6VZ4N7X9

だいたい、30分か45分。このくらいの時間でサクサクと写ギーターしたり、サンスクリット語勉強したり。

時間を区切れば、集中力も増すし、仕事に戻る気分転換にもなる。

というわけで、このキッチンタイマーは、時間も表示できて、この値段は、かなりお買い得。

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2017年04月25日

写ギーター

『バガヴァット・ギーター』というヒンドゥーの聖典にとても感銘を受けてしまって関連した本を幾つか読んでいる。

けれども、いくら解説を読んだとしても、ココロに届かない何かがある。

じつは、解説よりも大切なのは、ココロがなにかしらの真実に触れてふるえることだ。博物館のように整理陳列されてそれで良しされるものではない。

解説を読んでわかった気になっても、原本から照射される力はわかったような気がするたびに弱まり、その本が持つエネルギーが削がれてしまう。

言葉を超えた何かが言葉を支えているのだ。

そうであるから、ありのままを抱きしめなくてはいけないのだ。

それならばというわけで、写経ならぬ写ギータを開始ス。

ただひたすらノートにギーターを書き写す。

「常住にして不滅、無量無辺なる霊魂の之なる肉体は限りありと言われる。さらば、戦うがよしーバラアダの御子よー。」なんていう調子でずんずん書き写しながら進む(鎧淳先生の訳のやつ、講談社学術文庫、但し絶版なので図書館で借りてきた。)

難しい単語もなくはないけれど、最初に感激した岩波文庫の上村訳と洋書の解説書を比べながら理解し、1ミリの太めの水性ボールペンでスラスラと書き写す。

目でさらっと文章をスペって読み進めるのと違い、一字一字中止して声に出して読み進めると、本の中で繰り返し書かれていることとか気になったところがクロスリファレンスされて噛めば噛むほど味の出るスルメ型の読書を満喫できる。

わからなかったことがわかるようになる。このわけのわからん細い道が実に太い道に繋がっていたんだと膝を打つのを体感できるようになるのは、人生におけるツウカイ事ではなかろうか。

また、こうした楽しみの他に、パソコンばかりを使って生活で、ペンで書くことを忘れておったが、ペンで書くことも実は快感であったということを再認識した次第。

絶版の本も書き写せば、手元にコピーが残る。

一挙両得。

もう一冊気になるのは、『歎異抄』だ。これも、写そうと思っている。

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2017年04月24日

名画座巡り

昨年末から、土曜日と日曜日は自宅を飛び出して、インド哲学の勉強会に行くか、名画座で映画を見るか、という生活が続いておるわけであります。

映画は、高校生の頃一番良く見たような記憶があるけれども、それを凌駕するような映画の数を見ております。

秘密は、二本立ての名画座に行くからであります。

僕の行く名画座は、池袋の文芸座、高田馬場の早稲田松竹、飯田橋のギンレイホール、渋谷のシネマヴェーラ渋谷の4館に限定されております。

文芸座、シネマヴェーラ渋谷は、1000円を払って会員になると、通常1500円とか1300円とかの映画鑑賞券が1100円になり、8回だか見に行くと9回目がタダになるのでお得であります。

文芸座はご存知、池袋の誇れる文化の殿堂でありまして、ここで、貴重な映画、例えば、中村錦之助の『鮫』なんていう映画は、経年劣化してピンク色になっておるやつを見たりしたわけですよ。無声映画の『カリガリ博士』とか『アッシャー家の崩壊』なんて、弁士付きで見た映画は、ここ10年位で一番の感動を与えてくれました。

シネマヴェーラは、邦画洋画を問わず、特集が組まれており、現在は、ルビッチ監督の映画のプログラムを日替わりで提供してくれております。これも、見に行かなければ!

また、ギンレイホールは、年会費10800円を支払うと1年間タダで映画が見られますので、これもお得。ただし、2週間固定のプログラムで、年間それほどの映画の数を見ることができない。ちょっと古い映画が中心のプログラムがほとんど。先週は、『エブリバディ・ウォンツ・サム』を見ましたが。

二本立ての名画座で育った僕にとって、映画とは二本立てで一つのものということになっており、単品のロードショウとかは物足りないか、お金がもったいなくて見に行けないわけです。それが、つまらなかったら、代替が効かないしね。二本立てだったら、次の1本があるさ!とも思えるし。

早稲田松竹は、そういう会員特典とかはないのですが、とてもいい映画を厳選しているので、ここを逃す手はない。先日も、九段下のインド大使館でインド哲学を午前中勉強して後、走って高田馬場の早稲田松竹に飛び込み、素晴らしきインド映画「PK」と「きっと、うまくいく」の二本立てを見たのでした。午後7時からのこれまたインド哲学の勉強会があって、このまま映画を見続けるか、それとも、ここで、席を立ち上がって、勉強に行くか、を、悩みに悩みながら、断腸の思いで、「きっと、うまくいく」の最後40分で映画館を抜け出したのは、俺ってエライぜ!と思った数少ない瞬間でしたが。(家に帰って、アマゾンプライムで「きっとうまくいく」で見終えたのは言うまでもない)。サミュエル・フラー特集の3本建てを見たのもここだった。お気に入りの名画座である。

というわけで、映画鑑賞とインド哲学の二本立てで、今年はブレずに頑張っております。

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2017年04月21日

Yogaで最高の高みに登る

ある本を読んでいて「酔生夢死」という言葉が自分に飛び込んできた。

夢を見るかのように一生を無駄に暮らすこと。

この世の中で、自分は、一体今まで何を学んだのだろうと、今までに学んだことを反省すれば、そこには何もない自分を発見して呆然とする。

何も学ばずこの世から退場するのは慚愧に堪えない思いが打ち寄せた。

このままだと、取り返しのつかないことになるという漠然とした思いがココロに沁みた。そして、それは、確信に変わった。このままでいいはずがないと。

この世に人として生を受けたのは、何かを得るためだったのではなかったのか。

それは、財力でも、子孫を残すことでもなく、何かをこの世界から何かを学んで、そして、少しは賢くなってこの世を去っていくことが人としての道のような気がしている。

そして、来世があるとすれば、僕らが来世に持っていけるものは、そうした知識だけなのではないか。

友人に恵まれ、仕事に恵まれ、他に何を欲しがるのかという声もある。

が、私は、欲張りなのだ。

たった一人で、高みに登ってみたいのだ。

というわけで、インド哲学を学んでおります。

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2016年12月29日

ヨガ的な生活

仕事がずれ込んで、今日もお仕事。

正月からは、本格的にヨガを始めるので、ヨガ的生活が、中心を占める年になりそう。

May the Force be with you.というわけである。

週末の名画座巡りもつづけるつもり。

足の具合が良くなれば、ヨガ的トレイルランニングに熱中するようになるかもしれない、それがどんなものであるにせよ。

農作業もあるし、パンも焼き続けるだろうし、料理の腕も上げていきたい。

仕事を通じて賢くなるように仕事に対する態度を代えていきたいし、これら森羅万象、ヨガ的な生活に繋げていきたいと思う。

暮らしは、人間の礎であるからして、暮らしが変わると言うことは、その人間が変わることだ。

一生、変わり続けていけるといいね。変化に物怖じすることなく。

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2016年07月25日

自転車だけではなかなか痩せない

自転車は、着地の衝撃がないので、筋力はあまり使わず、老年になると運動していても、宇宙飛行士のように骨粗しょう症になってしまうのだそうだ。きっと、水泳もそうでしょう。
というわけで、訳あって、走ること能わず、自転車ばかりのっているのだが、カロリー消費もすくなくて(自転車の場合)なかなか痩せない。
ペダリングが上手になると、更に、筋力を使わなくなって、カロリー消費率もどんどん少なくなっていってしまっているようだ。
かといって、ぼくの限界心拍数128以上にあげて、しゃにむに強高度な運動していたら、早死するから(アスリートで長生きする人を知らない)、そういうことはやらない。穏健に、自分の心臓のリズムに合わせて、歌を歌えるペースで山道を登ったり下りたりしているわけだ。
というわけで、食事を少なめにし、胃袋を小さくさせて、糖質制限も考慮に入れながら過ごすも、ビールを飲む悪習に耽溺しておる体たらくもあり、また、小商いパン屋でもあるので、焼けたパンを喜んで試食してしまうので、なかなか難しいところもある。炭水化物大好きだし。
だから、筋力を維持するために、土日には、トレイルを走って、筋肉に刺激を与えてやっている。その甲斐あって、月曜日の朝には、へその穴が浅くなり、かまぼこ型の腹筋の段差が薄っすらと分かる程度に見えるような気がする。気のせいかもしれないが。
これは、自転車に月1200キロ以上走ってもだめで、やはり、土日のトレイルランが効いておる。
というわけで、月曜から金曜日にかけて、自転車に2時間程度乗りながらも、徐々に腹の周りに脂肪がつき始めて、土日に食事制限とトライアスロンで、その分を燃やし返すというサイクルのここ2ヶ月なのでした。
運動と食事制限が二輪となって、前に進むダイエットの原動力になっているのに、なかなか、それが難しい。
運動して食べること少なければ、必ず脂肪は減っていく。
こんな簡単な計算は、自民党に憲法をいじらせてはいけないのと同じで、誰にでもわかることなのに、世の中は思い道理にはならない。
とにかく、体型を維持して、健康を促進し、かつ自律の精神を育むというのが、僕のマフェトントレーニングの動機の中枢にあるのだから、この辺は、とても大事なトレーニングの効果でもあるのだ。
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2016年06月27日

トライアンフのバイク

年末ジャンボという宝くじを冗談で毎年忘れなければ1枚か、3枚連番で買っているのだけれど、驚く無かれ、毎年、当選番号に少しずつ近づいているのですよ。あるときは、5万番くらい近づいたり、ある時は、同じ組だったりして、とうとう当たってしまうのかと思うと油断ができない。本気になれば、宝くじに当選するなんていうのは、特別な努力なんか要らないんだねえ。ただ、1枚300円の宝くじを買えばいいだけなんだから。
今は、当たってしまいそうだ、どうしよう、といううろたえと、とうとう当たってしまうかもしれないんだなという虚無感が、入り交じる不思議な感覚です。
というわけで、今年か、来年くらいに、連番のまん真ん中を撃ちぬくのが、かなり確実になってきたので、そわそわしはじめて、どこかなだらかな山の南斜面以外に(アルプスのハイジみたいにヤギの乳を絞って生活するつもり)、なんか欲しいものがあるかしらん?と、思ったら、そうそう、バイク、モーターサイクルのほうの。
で、最近のモーターサイクル事情はどんなもんなのか、ヤマハ、ホンダ、KAWASAKI、スズキのホームページ覗いてみたら、あ・れ・ま、カッコ悪いバイクばかり。近頃の自転車と同様、一度、メインストリートを外れた僕のようなものには、どれも、滑稽なバイクばかり。
ヤマハのSR400と、Vmax(興味で)、それに、KAWASAKIのW800?くらいしか欲しいバイク内じゃないの。
外車はどうよ?とて、ハーレーダビッドソンのホームページ見たら、全部ダメ。こいつは、僕のイメージするハーレーじゃないのね。イージーライダーのデニス・ホッパーが乗っているやつ見たいのじゃなきゃ。
じゃあ、トライアンフは如何かな?と覗いてみたら、ここでようやく、バーチカルツインのT120というのがありましたね。ノートンなんていうのは、今でもあるのかしらん?
KAWASAKIのW-1が最高!のバイクと思っている俺にしては、こういうトラディショナルな形の最新バイクに乗って、旅するのは楽しいかもねと思っていたところ、昨日、偶然に、バイシクルのトレーニングの後半の山伏峠の下りで、ご一緒したのが、このバイクで、後ろを追走しながら、キャプトンマフラーからポンポンと繰り出される排気ガスを膝のあたりに受けながら、美しいバイクだなあと見とれておったのでございます。
山伏峠の二車線のやや広い、ブレーキかけることなく高速でコーナーリング出来る皆さんご存知の恍惚の右カーブを、すぐ前を走るトライアンフT120が、バイクの底をややパンチラさせながら傾いていくその姿の醸しだす風情を鑑賞しました。
そういえば、ボブ・ディランも、ウッドストックでこいつに乗ってましたね。
ピースマークのついたTシャツにジーンズで、こんなバイクに乗りたいもんです。年のことは、ひとまず置いておいて。
そして、浅間だか、草津だか、あたりの入道雲が3つ4つ浮かんでいる山岳路を走っていたら、突然冷たい風にかき回されたように雨雲が迷い込んできて、雨がトントンと小気味良い音を立ててガソリンタンクに当たったかとおもうと、本降りになっていく夏の夕暮れ、休憩を兼ねて、温泉に飛び込んでいたら、素敵な女性(三好礼子風の)に出会った。。。なんていうのは、片岡義男の『彼のオートバイ 彼女の島』だっけ、そんな事を夢想するだけで、十分で、やっぱり、排気ガスの出るオートモービルは、事務所で使っているカブ90で満足だという結論に達したのでした。
宝くじのことなんて、どうでも良くなった。
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2016年06月23日

今月の目標、運動時間45時間。

1日、1時間半運動すると、月に45時間運動したことになるので、まあ、そのくらいが、生活と仕事とのバランスもいいだろうということで、それを目標に記録をとっていて、楽勝かと思われたが、先々週一週間運動できず、今日の雨というわけで、3時間ほど、予定よりも遅れている。あと7日で、14時間運動しないと・・・。1日あたり、2時間のノルマ。雨にさえ降られなければ、土日にアルバイトして、なんとかなりそうですが。こういう目標だても楽しいもんです。
毎日、少しずつ、適度な運動するというのは、大切ですね。
マフェトンメソッドも、相当辛くなり始めて参りました。塵も積もればなんとやら。
おかげさまで、体の血行が良くなり、若返り、髪の毛の後退も、抜け毛もなく、歯も丈夫で、爪の色は、10代の頃のピンク色に染まっております。
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2016年06月22日

ロードバイク、今朝は途中から雨だった。

凝り性なので、マフェトンメソッドと自転車(故障箇所の徹底完治という事情があるので)にのめり込んでいるわけですが、ランニングと自転車の共通点を意識しながら走っております。勿体無いので。そうはいっても、なかなか難しいので、その分余計に楽しい。
・骨盤は、後傾したらいけないでしょう。
・踵着地は駄目でしょう。
・肩甲骨は閉じ気味でしょう。
・膝から下は使わないでしょう。
・顎は若干上げ気味でしょう。

なんていうのは、共通しているというか、ランニングそのままが通じますね。
上半身と下半身を結びつけて無駄な力を省きながらペダリングに活かす。
まあ、そういうわけですが。
これを、サドルに乗りながら、ペダリングすると、姿勢が窮屈で、もっと大きなフレームが必要なんだろうか、とか、サドルの位置をもっともっと後ろにしたいとか、いやいや、手放しするとサドルの前の方にお尻がにじり寄っていくから、サドルの位置は前の方にしたいとか、もう、頭の中は、あれやこれやの会話ではちきれんばかりになって、そうこうすると、心拍数130を超えたアラームが鳴って、ペダリングの足を止めるという忙しさをやりくりさせながら楽しく早朝自転車に乗っているわけですよ。
夏は、ロードバイクがいいですね。
秋風吹いたら、MTBでガッツリと勉強します。
もう少ししたら、故障も癒えるので、山を走れるようになるでしょう。
それまでは、ロードバイクでうんとこしょどっこいしょと体力を維持しておきましょう。

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2016年06月02日

MAGIC NUMBER 130

僕のMAGIC NUMBER 130。

130から自分の年齢を引いた数なんだが、これを最高心拍数として運動するマフェトンメソッドの数値。2,3サバを読んでいるが、それは愛嬌。


どんどん、楽に速く走れるようになってる。
なんとかとかいうドイツのオリンピック選手を育てたコーチも、心拍数130で選手にトレーニングさせたそうで、僕と気が合うかも。

先週の土曜日に、長距離を、何も食べずに走ったら、以前に味わった猛烈なハムストリングスの痛みにやられて、家まで5マイルっていうところで走るの中断して、羊羹をもぐもぐしなければならなかった。
まだまだ、糖を使う体なのかも。ミトコンドリアを鍛えないと。体にはっきりと、お前に食わせる炭水化物はねえ、って教えこまないと。

毎週、週末は、これやるつもり。何も食べなくても、家に到達できるようになるのが目標だね。
週末の長いランニングの筋肉痛もピタッと昨日で止まり、超回復して、雪の日にカラスの頭数を勘定するみたいに、はっきりわかった、このトレーニングは、僕向きだと。
今朝は、路面乾いた里山を走って、ほとんど、心拍計のアラーム鳴らさずに、まあまあのスピードで走り終えた。僕には、この心拍数で十分楽しめる。1年後にどんな体になっているか楽しみだ。

久しぶりに目標の数値をForrunner310XTという愛用のGPSに入れてみた。

6月の目標は、初めてのことだが、月間運動時間として45時間と入力してみた。

昨日2時間10分、今日1時間40分。1日1.5時間計算だから、既に貯金があり。1時間30分で大体15キロ。月間450キロの計算。実際は、梅雨の時期だが、週末長めに走るから余裕なはずだが、どうでしょう?

というわけで、6月が始まり、MAGIC NUMBERをトレースしながら、楽しく過ごします。

今朝の音楽は、フランキー・ヴァリとフォーシーズンズのベスト盤を聞きながら。『君の瞳に恋してる』なんていうのが入っているやつ。まだまだ、こんなCD買い続けている僕は、時代遅れも甚だしいね。

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2016年05月31日

Like a rolling stone

『Like a rolling stone』を歌いながら、住宅地・工業団地の周回連。
ボブ・ディランから、今まで聞いたこともないようなギターという注文通りに演奏する職人に徹したマイク・ブルームフィールドのギターも素敵だが、ポール・グリフィンのラグタイムピアノの音色、アル・クーパーのオルガン、それに、ボブ・ディランのじゃんじゃかかき鳴らすギターが素敵。
当初三拍子のワルツで演奏されていた名残か、ランするときも、右左右、アン・ドゥ・トロワと、実にリズムが取りやすい。
アル・クーパーは、録音の場所に忍び込んで、まるでテーブルの上に置き去りにされた弁当を狙うカラスのように虎視眈々とギタリストとして忍び込む隙を狙っていたんだが、マイク・ブルームフィールドのギターを聞いて、こりゃ無理と思い、ポール・グリフィンがオルガンから席を外した時に、さっと、オルガンの前に座り込んで、ひいたこともないオルガンで演奏に参加したというから、アル・クーパーっていうのも、ラスプーチン並みの心臓を持った怪人だよね。そのオルガンの音にボブ・ディランが気に入ったから、そのままメインメンバーになってしまった。
子供の頃に、耳から聞いて覚えたので、ボブ・ディランの声に合わせてシャウトしても、前音に引きずられて、まるでデンタル・フロスのようにスラスラ繋がって歌えるのが不思議です。
耳から聞いて、ああ、そういう意味だったんだと、後から気づくことも多し。
♬After he took from you everything he could steal
お前からすべてを取り去った後で、奴は盗むことだってできるかもよ
なんて、歌詞は、マイケルジャクソンの死後の争いとか、思い浮かべたりしながら。
この歌は、ボブ・ディランの意地悪な側面が前面に出ていて、人を(モデルの彼女を)いたぶる歌なので、TSUBAKIを飛ばしながらシャウトするのがよろし。
とくに、工業団地のながい坂を下りながら大声で(早朝誰もいないから(ちょっとはいるので、少し恥ずかしい思いをすることがあるが))歌いながら走ると実に、実に、実に、実に楽しいのです。

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2016年05月28日

カンパーニュとねじまき鳥クロニクル

4度目のカンパーニュ(ライ麦入り田舎風パン)で、まあまあ満足のいくパンが出来上がった。手間隙がかかるので、早朝のジョグとの時間調整が難しい。そして、夜焼くときは、ヨガをやりながら、発酵時間と焼き時間を調整したりして、同時に2つんことをやるマルチタスクは、年をとるとだんだんできなくなるね。そうならないように、練習練習。
田中宏曉教授の『スロージョギングで人生が変わる』という本は、以前図書館で借りて読んでいたのだが、ちょっと気になったので、購入してふむふむと読んでみた。
今の練習方法に間違いがないことを確信しつつ、どこまで行けるか挑戦してみよう。
村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』読み始めたら止まらず、一気に3巻まで。
最初読んだ時は、村上春樹もここまで!と勝手に限界説を感じたけれど、どうしてどうして、フィクションの世界に取り込まれて、久しぶりに時間が飛ぶ。
人は、物語を通してでないと現実を理解できない。ある自分に起きた事件を理解するためには、その事件の起こった過程を物語にしないとそれを説明することができない。現実はフィクションであり、そのままの現実は、時と空間と物との関数を表した数値にすぎず、それを現実のものにするには、物語って数値に肉付けないと理解できないように人はできているのだね。
だからこそ、人生は変えられる、そして、過去も書き換えることができる。
ということを色々と考えながら、荒唐無稽な話が現実を帯びる村上春樹のマジックタッチを堪能しており〼。
これは、技工云々の問題ではなくて、『ねじまき鳥クロニクル』の例をとって考えると、井戸の底深く潜り込んで、人の共有できるアカシックレコードのようなものの世界で見聞したことを体験として作者の体を媒介として筆先から自動筆記のように溢れ出てくる文章が我々の心を揺さぶるのだろうと。
そういう特異な能力が持てるもののみが、その深い井戸の底までたどり着くことができるのであって、そういう体力が必要なんだね。
人に共感できる能力というのもそれに近いものがあるのかもしれない。
そんなことを思いしたのでありました。
さて、パンをこねたら、ランニングに出かけよう。4時間ばかりのんびりと走ってこよう。
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2016年05月25日

トタンがセンベイ食べて春の日は穏やかです

To dance beneath the diamond sky with one hand waving free
ボブ・ディランの『ミスター・タンブリン・マン』の一節。
片手ひらひらさせてダイアモンドの空の下でダンスすること
The ghost of electricity howls in the bones of her face
同じくヴィジョン・オブ・ジョハンナの一節
電気の幽霊が彼女の顔の骨の中で吠える

ランボーかアレン・ギンズバーグか?なんか、そういう象徴詩人を飛び越えたクールな一節を聞きながらジョギングしていると、この世の中も捨てたものじゃないし、少しだけ、長生きしようとも思う。

中学時代、何も知らなかった僕は、ボブ・ディランの詩を片桐ユズルの訳詞で読んでもさっぱりわからなかった。
詩は頭で理解しようとするものでないことを知らなかったのだ。

40過ぎて、ジョギングをしながらボブ・ディランの詩を言葉が流れるまま理解していくと、そのユーモアやリズムがわかるようになって、大いに楽しめるようになった。

同じ頃、詩の朗読したCDを買い集めて、ジョグしながら聞いたいたんだが、

トタンがセンベイ食べて春の日の夕暮は穏かです
っていう中原中也がわかるようになったのもその頃。

本当に、成長が遅いのは僕の特徴だが、ここにくるまで、50年かかったのだったね。

僕が生まれた時、ボブ・ディランはデビューした。

そして、おそらく死ぬまで、僕は、ボブ・ディランを聞き続ける。多分、走りながら。

毎朝のジョグに多少疲れたので、軽めに終えようと思ったら、途中からそうでもなく、体が軽くなったので、2時間ほどジョギング。

これは、やめられない楽しさだね。遊びの範疇で運動するのが良し。

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2016年05月23日

Locavore

地産地消をしよう。

できるだけ、スーパーとか利用するのはやめよう。

安心で安全な作り手から直接食べ物は買おう。

と思ってます。

地産地消。

英語で、Farm to tableなんていうことを言うけれど、Locavoreっていう新語があるなんて知らなかった。

Local と ~食動物・・・例えば、herbivoreで草食動物って言う意味だから、地域の食を食べる人っていうくらいの意味かしら?

ホームページがあったので、へえへえと昼飯食べながら読んだ次第。流行語大賞をとったらしい。

英米圏でも、グローバリズムの波の、戻りが激しい潮流となっているのかも。

紹介のホームページで、なかなか役立ちそうなグッズも販売してますね。

四季に採れる野菜の一覧図なんていうのは、各地域で作って配るといいかも。

とにかく、肉も卵も野菜も穀物もパン種も酵母も地産地消。

運動のエリアも地産地消?

腹いっぱい食べた地元の野菜を地元の山野の運動で消費。

お嫁お婿さん探しも地産地消?

いいことばっかり。

真のグローバリズムはローカリズムからでしか生まれないのだからね。

先日、イタリア祭りで、イタリアの菜っ葉をかって、ペペロンチーノにして食べたけれど、姿形は変われども、のらぼうやら菜の花の食感に似ておる。

というわけで、そんな野菜でイタリア料理を作ればいいのだし、レシピが増えていく楽しみもある。

地域の野菜などを詳しく知っていると、世界の片隅のあまり知らない野菜なども、興味が湧いてくる。

地産地消といいながら、閉じられた世界の究極は、開かれた世界にも通じていくのですよ。

posted by ロビオ at 12:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Different strokes for different folks

龍崖山など住宅地を取り囲むシングルトラックをあちこちとマフェトントレーニング。1時間40分。
平地でキロ6キロ走れるようになったけれど、少しの傾斜ですぐにキロ6.5とかになってしまう。
急坂道は、ゆっくりとした歩き。
でも、トレーニングが楽しいのは、この方法しかないですね。
カンパーニュというライ麦入りの田舎パンをば、2度ほど焼いて、オリジナルなモチモチ表面カリカリのパンが出来たものの、クープはあまり開かず、底で腹割れしてしまって、見栄えがよろしくない。しかし、この粗びきのライ麦の黒糖に似た香りと甘さって何よ?美味いよ、これ。
しかし、だれでも通る道だが、ここから如何に美味しいパンを焼くことが出来るかの試行錯誤が始まるわけで、楽しいやら辛いやら。
どの道でもそうだが、こんなパン焼いてられねえよ!ああ、ヤメタやめた!!って心底悔しい重いと腹立たしい重いを味あわないと、本当のパンは焼けないんだね。
というわけで、カンパーニュパン特訓中。家庭用のガスオーブンで如何においしくパンを焼くか?パンの種類ごとに、全然やり方も違う。
かのスライアンドファミリーストーンの名曲『エブリディピープル』の歌詞 ♬Different strokes for different folks
野郎違えばやり方違う、十人十色っていうわけで。

僕のように、低心拍数でトレーニング自体を楽しむものも入れば、レースの為にトレーニングを苦しみ抜いてやっているものもいる。みんな、好きにやればいいのだよね。どれがためになるかは、本人にしかわからない。


というわけで、糖質制限中でありますものの、人にあげる程のパンは焼けず、自分で食べなければならないのでありますから、当然、糖質過多になりまして、マフェトンメソッドから少しずつ道を逸らしているわけであります。
桐の花がつい先日落ちはじめて、エゴノキの落花が山道に白いじゅうたんを敷いたと思えば、ミズキがそろそろ終わる頃。
夏が駆け足で追いかけてきて、逃げるようにビーチ・ボーイズ聞きながら、山坂道を駆け下りた気持ちの良い朝でした。

posted by ロビオ at 09:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする