2017年04月29日

ジュリエッタとブルーに生まれついて

ギンレイホールにて『ジュリエッタ』と『ブルーに生まれついて』の2作を観る。ほぼ満席。

ペドロ・アルモドバル監督の20作目の映画が『ジュリエッタ』。

この監督の僕が最初に観た映画は、新文芸坐で見た『オールマイマザー』だった。

それ以来、旧作新作は観るようにしているのだけれど、衣装と美術が素晴らしい。

衣装は、ソニア・グランデ。アルモドバル監督の作品の常連で、近年は、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』で活躍。

こういう映画観て、ファッション勉強しないとね。

たしか、この監督の『私の秘密の花』という映画も衣装と美術に目を引かれましたが、たしかFENDIとMaxMaraの衣装を使っていたのだったっけ。

それから、美術が、アンチョン・ゴメス。

インテリア勉強したいなら、しっかり見ないと。

常連と言えば、一度見たらその顔と姿が忘れられない女優、ロッシ・デ・パルマも出演。

内容はさておき、映像の小津安二郎風の赤の使い方。

電車が止まったときに、駅の模様が映し出されるのですが、小さな鉄道信号の店のような赤、そして、駅員の点のような赤い帽子が強調されておりとても綺麗でございました。

若い主人公は、赤と黄色とブルーの原色が背景にあり、中年になると茶系の落ち着いた色が多用されており、これもアルモドバル好みの配色哲学のでありましょうや。

一人旅をする主人公の乗っている電車のコンパートメントに、男がやってきて話しかけるのだが、気持ち悪がって、食堂室にいって将来夫となる男とであうのですが、その奇妙な男は、その電車に飛び込み自殺をしてしまう。もしあの時話し相手になっていれば死なないで済んだかもしれないという罪の意識。その罪の意識が、業として、自分の周りの人々を不幸にさせていってしまうというような観点から見ても面白いかもしれない映画でしたね。

『ブルーに生まれついて』は、ご存じ、ウエストコーストジャズを代表するチェット・ベイカーのお話。

こちらは、薄いブルーがかった色が多用されており、盛り上がりにはかけるものの、その筋のプロのミュージシャンが見たら痛切に思うのではないでしょうか、クスリと音楽の切っても切れない関係をば。

チェット・ベイカー曰く、音と音との間が広く感じられて、そこに音を入れることが出来るんだそうで、麻薬やると。

麻薬漬けの音楽の世界に戻るか、クリーンな体で奥さんと子供と暮らしながら音楽をやるか、その選択を迫られて、前者を選んだチェット・ベイカーの業の深さがこの映画の中心のテーマ。

その麻薬を打って演奏したバードランドでの演奏は、同席したマイルス・デイヴィスが拍手をするほど、上出来だったというのがこれまた悩ましいわけです。

会場で、どうして、チャールズ・ミンガスの名作アルバム『道化師』1曲め「ハイチアン ファイト ソング」が流れているのかね?と思ったら、失意のチェットが、路上ミュージシャンを見て、再起を決意するところで、この曲が流れましたのでしたね。会場で流れていたのは、サントラ盤でございました。

どちらの映画も、人間の業の深さを描いたもので、自力では救いようのない人間という存在を確信したのでありました。

posted by ロビオ at 15:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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