2017年04月25日

写ギーター

『バガヴァット・ギーター』というヒンドゥーの聖典にとても感銘を受けてしまって関連した本を幾つか読んでいる。

けれども、いくら解説を読んだとしても、ココロに届かない何かがある。

じつは、解説よりも大切なのは、ココロがなにかしらの真実に触れてふるえることだ。博物館のように整理陳列されてそれで良しされるものではない。

解説を読んでわかった気になっても、原本から照射される力はわかったような気がするたびに弱まり、その本が持つエネルギーが削がれてしまう。

言葉を超えた何かが言葉を支えているのだ。

そうであるから、ありのままを抱きしめなくてはいけないのだ。

それならばというわけで、写経ならぬ写ギータを開始ス。

ただひたすらノートにギーターを書き写す。

「常住にして不滅、無量無辺なる霊魂の之なる肉体は限りありと言われる。さらば、戦うがよしーバラアダの御子よー。」なんていう調子でずんずん書き写しながら進む(鎧淳先生の訳のやつ、講談社学術文庫、但し絶版なので図書館で借りてきた。)

難しい単語もなくはないけれど、最初に感激した岩波文庫の上村訳と洋書の解説書を比べながら理解し、1ミリの太めの水性ボールペンでスラスラと書き写す。

目でさらっと文章をスペって読み進めるのと違い、一字一字中止して声に出して読み進めると、本の中で繰り返し書かれていることとか気になったところがクロスリファレンスされて噛めば噛むほど味の出るスルメ型の読書を満喫できる。

わからなかったことがわかるようになる。このわけのわからん細い道が実に太い道に繋がっていたんだと膝を打つのを体感できるようになるのは、人生におけるツウカイ事ではなかろうか。

また、こうした楽しみの他に、パソコンばかりを使って生活で、ペンで書くことを忘れておったが、ペンで書くことも実は快感であったということを再認識した次第。

絶版の本も書き写せば、手元にコピーが残る。

一挙両得。

もう一冊気になるのは、『歎異抄』だ。これも、写そうと思っている。

posted by ロビオ at 12:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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