2016年07月20日

遠藤周作『侍』

遠藤周作の『侍』は、ヘビー級の重い後味を残した小説でした。いろいろと考えさせられました。小説じゃなければ、書けないテーマで、物語と自身が一体化することで、重い体験を得ることが出来ます。
自身や家族単位では仏教を、小さな共同体や日々の習俗では神道を、クリスマスを祝って、現世利益を頼みに神仏にお金をその対価として賽銭箱に投げ入れるなんて、神を神とも思わない暴挙だと思うのですが、そんな無茶苦茶な宗教的日本の状況は、その精神生活を良くも悪しくも軽いものにさせてますね。その場その場の都合で、宗教さえ、あちこちのものを継ぎ接ぎで利用するというわけです。
この小説は、17世紀のお話ですが、封建的領主関係、家制度が崩壊し、年功序列型の会社組織も影を潜め、核家族を通り越して、お一人様が主役になりつつあるこの社会、もう、自由すぎて、その重みに絶えられず行き場を失っているというのが、今日の政治的状況でしょうか?
行きが詰まりそうなのが、世間的に恥をかかなければなにをやっても許してしまう自分、だから、3.11の経験だって無反省。絶対的なものとの対話をしないための思考力の弱さが、老若男女皆子供から大人になれない世界を形作っていることが、よくわかりました。
今月は、遠藤周作月間なので、軽めの幾つかの小説も読みましたが、『海と毒薬』『キリストの誕生』『イエスの生涯』『留学』『侍』『沈黙』は、ためになりましたよ。
posted by ロビオ at 11:27| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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