2016年04月12日

今日もマフェトン

はい、今朝もマフェトントレです。ランで。
熟年というか老年アスリートに、誰よりも賢く、誰よりも健康に資するようなトレーニングをして、体を鍛え、ココロを鍛えましょう。
その為には、マフェトン。
体重は徐々に落ちて、頭は爽快になり、ココロは開放された気分です。
ココロとカラダを超越した自分が、精神と肉体を統御している感じが素晴らしい。
誰もが、自分のカラダとココロの主人であるのに、この関係がわからない人が多いようですね。体も心も貴方自身ではなく、体と心を統御している本当の自分に気がついてほしいものです。
あと、1ヶ月もすると、腹の筋肉が割れてくるのではないでしょうか。
足の裏を痛めて何ヶ月も苦しんでいましたが、走るのをやめてもなかなか治らない。
では、マフェトン心拍域で走ったらどうだろう?と思って走ったのですが、これが、実によろしいです。
走り始めは痛いですが、そのうち痛みは消えていきます。
走り終わって、血流が悪くなっていくと痛みを感じますが、だんだんと痛みは消えていくような気がしております。
それと同時に、汁の染みこんだ高野豆腐のような湿ったココロも、霧が晴れたように爽快になってきました。
心のケアといえば、仕事も、半分がボランティアのようなものになってきましたが、何かのために、自分を勘定に入れず(雨ニモマケズみたいに)ただひたすら一所懸命難題をクリアーしていく努力を続けていくと、悩み事や心配事がなくなっていきます。そう、ガンジーさんも言っていましたが、これは、本当です。
カラダは、運動した後、疲れも残らず、運動不足していた筋肉が適度なメンテナンスを行ったあとの気持ちの良さで喜んでいるのがわかるようです、ちょうど、メインテナンスしたDURA-ACEのようにね。
といいながらも、当方の体は、賞味期限を過ぎたパン種のように酸っぱくなったままで、ココロは、些細な事で千々に乱れる体たらく。
いつでも、どんな時でも、マフェトンで運動した後の爽快さが維持できればなと思います。その為には、努力は惜しまないつもりです。
僕のマフェトン理論の最高心拍域とされているのは、132。この心拍域を維持して運動し続けます。
この心拍域だと、体の動きがウソを付くことなく正直に現れるので、骨盤の位置やら、仙腸関節の可動やら、拇指球から力を抜くようにとか、あれやこれやを考えながら修正して走ることが可能ですね。
たまたま読んでいたオイゲン・ヘリゲルの名著『弓と禅』は、教えられることが多く、その中で、呼吸について老師の話としてこんなことが書かれています。
「吸気は結び、結び合わせる。息をいっぱいに吸ってこれをぐっと止めるとき、一切がうまくいく。また呼気はあらゆる制限を克服することによって、開放し完成する」と。
また、弓を引く際に力を一切入れてはいけない、それを可能にするには、
「一切を忘れてもっぱら呼吸に集中しなさい。ちょうど他には何一つするべきことがないかのように」と。
私達が神の園で逍遥するには呼吸が大切なことは、ゼン・ブディストで、かつ、ヨギーならよく知っていること。
ならば、呼吸に集中してジョグをしながら、神と一体になる練習、禅の瞑想をしてみようじゃないの。
というわけで、呼吸に集中して、1時間30分、時々、心拍計の心拍数130を超えのアラームに邪魔されながらも、ココロの洗濯をジョギングしながらしたのだった。
かつては、こんなことばっかりしていたのだが、3.11以降すっかり忘れておった。
堂城賢氏の『自転車の教科書』も名著で、自転車のみならずランでも教わることが多くて、気づいたことも多いのだが、それはまた別の話で。

posted by ロビオ at 14:00| Comment(0) | トレーニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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