2016年03月04日

アドラー心理学『嫌われる勇気』の続編『幸せになる勇気』も素晴らしい本でした。

昨晩は、夜遅くまで某所で会社法について喧々諤々議論をして会議終了。

久しぶりに勉強の世界の中で、半ば忘れていた会社法の定義とかを、脳味噌の奥の奥から取り出した。

不思議な事に、こういう場になると、定義がちゃんと出てくるんだねえ。自分でも驚いたわ。

これも、基本ができているから、新たに生じた問題をあれこれ知識を総動員して、解決策を講じることが出来るんだね。

東大首席卒業生の勉強法の本を読んで、ああ、なるほど、勉強はし続けないと・・・というか、目的意識をもって、身につく勉強しないとなあ、と感じいったので、今日からココロを入れ替えてまた勉強してみよう。

ベストセラーになった『嫌われる勇気』という本は素晴らしかった。

メモを取りながら、1年ほど前ふむふむと2度ほど読んだ。ニーチェが本当の姿の世界を痛烈な言葉で露呈させるのと似て、めくるめく新たな世界が眼前に現れてワクワクした。

けれども、どんなことが書かれていたかと思い起こせば、まったく心もとない。

というのは、その続編『幸せになる勇気』という本を手に取り、躊躇なく新刊を久しぶりに買って、その中で、前作で触れた箇所が何回か出てきたのだが、その記憶は曖昧なのであった。

アドラー心理学、素晴らしいです。

心理学というより哲学に近い。

ソクラテスが、問答形式で、我々が知っていると思っていることが、実は、全くわかっていないことを明らかにするように、はっとすることがかかれてある。

ところで、僕が唯一楽しく読める哲学書がプラトンとニーチェ。

プラトンは文学書みたいだし、ニーチェは、自分が3歳から幼稚園くらいに大人に感じていたことを思い起こせば、そのとおりと納得できる。

どちらも、わかりやすい日本語で書かれている。時に読み返し読んでいるけれども、その場その場で、なるほどと、頭の中でソクラテスやニーチェの言葉を理解しているのだが、読み終えてどういうことを本当は言っていたのか、ということを反芻すれば、ほとんど頭に残っていないんだな。

まずは、きちんとその理論を、理由を理解しよう。そして、反芻しよう。

読書というのは、その作者の考えを自分の頭で再現させる作業で、決して自分で考えることではない。作者の考えを自由に自分の頭の中から取り出すことが可能になって初めて、その考えが自分にとって役立つことになる。そうなってこそ、有益な読書になるのであって、振り返ってみると、そういう本というのは、何冊あるだろうかと数えると心もとない。

この歳になると、広く浅く読むよりも、狭く浅く徹底的に精読することが大切になってくる。

一事が万事。こういう態度で、知識を吸収し、それを基礎に自分の意見が言えるくらいに勉強しないとね。

というわけで、何度も読みますよ、自分の言葉でアドラー心理学というものをうまく説明できるぐらいに。

こういう態度が今年の課題。基本は繰り返し繰り返し練習するということだね。

posted by ロビオ at 09:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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