2009年11月06日

朝ジョギング

一ヶ月ほど前に買ったユニクロの上着ジャージを着込む。前あきジッパーのよくあるジャージなんだけれど、これで十分。

朝5時過ぎの外の気温は何度だろう?少し走り始めて、手袋をしてくりゃよかったと思い始める。

遂に、日の出の時刻は6時を過ぎて、このまま1月10日当たりに、7時に肉薄するのを頂点にして、これからどんどん日の出時刻が遅くなる。

というわけで、ほんの1ヶ月くらい前には、飯能大橋のうえから日の出を拝めたのだけれど、空はまだ眠たげに瞼を閉じて、ビルでギザギザの地平線に薄く引いた赤いアイシャドーが仄かに日の出の予感を醸し出しているくらい。

無風状態だけれど、行く手には冷蔵庫から取りだしてすぐの寒天冷菓のような冷たい空気の固まりが肌の露出部分、手、顔に絡みつくように吸い付くもので、寒いったら無い。

休養は十分。1日休養が多かったかな。

今日も、美杉台周回8の字コース。心拍数は、マフェトン域の軽め。

吐く息が白く目に見えた頃が日の出の時刻で、2回目のクリーンセンターの登りしている頃がそれだった。今まで気がつかなかったのだけれど、クリーンセンターの左側の山際に、富士山の頂上部分が貼り付いていた。

「くそおもしろくない 洗いざらした 浴衣のような」と、金子光晴が表現した富士山が、もし山裾まで見えたら、眼前に現れただろう。そんな風情の冬の富士山。

走りながら心配事を火にくべたように、体は徐々に温まり、それまでは眉毛に止まっていた汗が、そこを超えて流れ出す頃、、心は真っさらになって、何にもないことが、これほど満ち足りているものか、と、後になって気がつく、そんな状態に入っていく。今日の最後の大河原への下り道は、そんな気分だった。

禅をするなら、走るのが手っ取り早いと思うのだ。

背に受けていた太陽を、ぐるっと迂回したので、今度は、おでこに受けながら走ることになる。物差しで測れるくらい僅かに浮かび上がった太陽の日は、低い角度で目に直接飛び込んでくるので、手を目の上で翳さないと眩しくて前が見えないほどだ。

割岩橋を渡って、家に着く。

いつの間にか、日常になってしまった朝のジョギング。当たり前の事になってきてしまったけれど、こういう小さいことの積み重ねが、しらぬまに高みに自分を連れて行ってくれるのかも知れない。どこか、登山に似ている。

posted by ロビオ at 13:45| Comment(0) | トレーニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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