2016年04月14日

The Maffetone Method

ついにThe Maffetone Methodという博士の本を買って辞書を引き引き楽しく読んでいます。
こんな素晴らしい本が翻訳もされていないなんて!
3.11の大地震のあった時以降のフィットネスに関する失われた5年間。
あの日に変わらなかった人はいないと思うけれど、生活の立て直しと意識革命をするのに一所懸命で、なかなかトレーニングまで頭が回らなかったこともある。
けれど、やはり、奢りというものがあったと思う。
マフェトン心拍域でトレーニングしていた頃、毎月500キロは走っていたし、自転車は、1000キロの走行距離を超えていた。
これだけ、運動できたということは、トレーニングが楽しかったからで、そのまま続けていれば今頃は・・・。
これだけの運動量をこなすには、今自分のやっているような気まぐれなトレーニング方法では絶対に無理。
私は、トレランレースとか、自然をダシにお金を儲ける団体の主催するレースは大嫌いで、自然の素晴らしさを語るにせよ、自分では野草や樹木や鳥の名前も一つもわからないし、知ろうという努力も興味もないトレイルランナーが嫌いだから、レースには出ないので、走るモチベーションは、ただひたすら、純粋に走ることが楽しかったからなわけですよ。
それなのに、迷いが出て、藤原裕司選手も最近はマフェトン理論放棄しているみたいだし、もっと、追い込むような練習をすれば、速くなれるかもよ。
あるいは、スコット・ジュレクの本の中にインターバルトレーニングの有効性について書いてあるよ・・・。
などなど、徐々に、マフェトン理論から外れて、それを忘れてしまって、うんと頑張って、長いこと休憩するようなことが続き、結局は、どんどん走る時間が短くなっていき、そのうち、体の故障も長引いて・・・とよくあるその辺の普通のおじさんになってしまった。
ごく最近でも、徐々に、運動することが嫌になっていて、足の痛みを理由に、朝に家をでるまでの走らない言い訳を作るのに汲々としている体たらく。
職業的運動人ではないのに、レースで好成績あげたいとかという誤った動機があったり、ついついその道の権威ある人の言うことに耳を傾けたり、ついついしてしまうのだけれど、自分を信じて、継続していくのが、よろしいのかと。
だいたい僕は、運動バカが大嫌いで、中学高校大学とそういう人とはお付き合いしないようにしてきた。
それで、自分がそんな運動バカになってしまうとは、ミイラ取りがミイラになってしまったわけね。
賢くやろう!楽しくやろう!ゼイハア追い込まなければ出来ないようなスポーツはその道の人に任せて、ヘルスとフィットネスを両立できるようなことをしよう。
そうだから、走るのがつまらなくなっていくのは、トレーニングの方法が間違っていたからだったんだね。
マフェトン心拍域で走るようになって以来、トレーニングするのが楽しくてしょうがない。
走って着地するたびに言葉が体いっぱいに満ち満ちてきて、色々なアイデアが浮かんでは消え、体の隅々まで意識を通す余裕もあるし、目に映る草花も圧倒的に増えてきた。
エアロビック領域でのトレーニングは、実に楽しい。
マフェトンの本の中で、エアロビックの領域でトレーニングができているか否かの判定の基準として、トレーニングが楽しいこと、というのを挙げていますよ。
楽しいから、どんどんトレーニングが進む。
仕事も集中力が増すし、基礎体力がついてくる。
好きこそものの上手なれと古人も申しておる。
これを続けていると、知らない間に、自分が誰も到達していないような高みにいることにある日突然気がつくようになる。
皆と一緒にマフェトン心拍域で走って楽しくおしゃべりしていたのに、ふと会話が途切れて後ろを見てみると、はるか後ろにいる友人を見つけたり。
体を壊した時、すぐにものに頼りたくなるものですが、例えば、裸足系の靴がいいとか、高性能のクッションが入った靴がいいとか、云々。
けれど、一番大切なのは、トレーニングの質を変えることですね。
エアロビックスの効果が体を整え、ココロを豊かにしてくれます。
そう、ホリスティックに体を整えてくれる。
というわけで、足の調子は悪いのですが、痛みも軽減しているような気もするので、ガンガン走りますよ。
まずは、5年前の体に作り変えないといけません。そう遠くない日に訪れそうだけれど。

posted by ロビオ at 11:15| Comment(0) | トレーニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

今日もマフェトン

はい、今朝もマフェトントレです。ランで。
熟年というか老年アスリートに、誰よりも賢く、誰よりも健康に資するようなトレーニングをして、体を鍛え、ココロを鍛えましょう。
その為には、マフェトン。
体重は徐々に落ちて、頭は爽快になり、ココロは開放された気分です。
ココロとカラダを超越した自分が、精神と肉体を統御している感じが素晴らしい。
誰もが、自分のカラダとココロの主人であるのに、この関係がわからない人が多いようですね。体も心も貴方自身ではなく、体と心を統御している本当の自分に気がついてほしいものです。
あと、1ヶ月もすると、腹の筋肉が割れてくるのではないでしょうか。
足の裏を痛めて何ヶ月も苦しんでいましたが、走るのをやめてもなかなか治らない。
では、マフェトン心拍域で走ったらどうだろう?と思って走ったのですが、これが、実によろしいです。
走り始めは痛いですが、そのうち痛みは消えていきます。
走り終わって、血流が悪くなっていくと痛みを感じますが、だんだんと痛みは消えていくような気がしております。
それと同時に、汁の染みこんだ高野豆腐のような湿ったココロも、霧が晴れたように爽快になってきました。
心のケアといえば、仕事も、半分がボランティアのようなものになってきましたが、何かのために、自分を勘定に入れず(雨ニモマケズみたいに)ただひたすら一所懸命難題をクリアーしていく努力を続けていくと、悩み事や心配事がなくなっていきます。そう、ガンジーさんも言っていましたが、これは、本当です。
カラダは、運動した後、疲れも残らず、運動不足していた筋肉が適度なメンテナンスを行ったあとの気持ちの良さで喜んでいるのがわかるようです、ちょうど、メインテナンスしたDURA-ACEのようにね。
といいながらも、当方の体は、賞味期限を過ぎたパン種のように酸っぱくなったままで、ココロは、些細な事で千々に乱れる体たらく。
いつでも、どんな時でも、マフェトンで運動した後の爽快さが維持できればなと思います。その為には、努力は惜しまないつもりです。
僕のマフェトン理論の最高心拍域とされているのは、132。この心拍域を維持して運動し続けます。
この心拍域だと、体の動きがウソを付くことなく正直に現れるので、骨盤の位置やら、仙腸関節の可動やら、拇指球から力を抜くようにとか、あれやこれやを考えながら修正して走ることが可能ですね。
たまたま読んでいたオイゲン・ヘリゲルの名著『弓と禅』は、教えられることが多く、その中で、呼吸について老師の話としてこんなことが書かれています。
「吸気は結び、結び合わせる。息をいっぱいに吸ってこれをぐっと止めるとき、一切がうまくいく。また呼気はあらゆる制限を克服することによって、開放し完成する」と。
また、弓を引く際に力を一切入れてはいけない、それを可能にするには、
「一切を忘れてもっぱら呼吸に集中しなさい。ちょうど他には何一つするべきことがないかのように」と。
私達が神の園で逍遥するには呼吸が大切なことは、ゼン・ブディストで、かつ、ヨギーならよく知っていること。
ならば、呼吸に集中してジョグをしながら、神と一体になる練習、禅の瞑想をしてみようじゃないの。
というわけで、呼吸に集中して、1時間30分、時々、心拍計の心拍数130を超えのアラームに邪魔されながらも、ココロの洗濯をジョギングしながらしたのだった。
かつては、こんなことばっかりしていたのだが、3.11以降すっかり忘れておった。
堂城賢氏の『自転車の教科書』も名著で、自転車のみならずランでも教わることが多くて、気づいたことも多いのだが、それはまた別の話で。

posted by ロビオ at 14:00| Comment(0) | トレーニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

マフェトン理論でランしたりサイクリングしたり

土曜日と日曜日、マフェトン心拍域でトレーニングした。

180マイナス年齢+5ということで、最大心拍域を131に設定する。

最初の15分は、徐々に心拍域を最大心拍域に上げていき、終わりの15分は、徐々に走り出す前の心拍域に戻していく。

とてもシンプル。

人間の体は、自然の権化といっていいほど、自分では制御出来ないシステムから成り立っている。

食事して、分子生物学的に栄養素を分解して取り入れるのを「自然に」体がやり通してくれている。この栄養素を取り入れないで、これだけを取り入れるなんてことは不可能だ。

しかし、呼吸と心拍数は、人間が制御できる数少ない機能である。

運動量が増えれば、呼吸も増え心拍数も上がっていく。

運動量を減らせば、平時の心拍数に戻っていく。

明滅するココロの動きを制御するのも呼吸と心拍数にかかっている。

こころと体が自分だと勘違いしている人は多いが、その心と体が自分であると認識する本当の自分には気が付かない。

その存在を人は神と呼んでいる。

そんな神の立場から心拍数を制御する。

自然に手を加える行為は、神の領域に近い。

心拍数や呼吸を制御するのは、神の園に近づくことだ。

だから、禅やヨガでは呼吸法を学ぶ。

自分のハードビートで走ること。

他人のリズムではなく、自分だけのリズムで、トレーニングをやり通すこと。

ここに、このマフェトン心拍域で運動する素晴らしさがあると思う。

他人のリズムで踊らされている人が多い中、自分のリズムを取り戻すのにも、このマフェトン理論は一役買っている。

それよりも、なによりも楽しいのがよい。

土曜日、心拍数130以内で賄いながら!ジョギングをする。

余裕な心拍数で、スマホから流れるロックの懐メロを歌いながら走ることが出来る心拍域である。

フォームを考え続けながら走る余裕もあるし、ふと夢のなかに入り込んで我を忘れる一時もある。

それでいて、20キロ走ったのだが、じわりと筋力が疲れる感覚もあり、それは、筋肉を程よくマッサージしながらよく使ったという感じで、実に気持ちの良いものだった。

日曜日、自転車で60キロ。

山伏峠という山岳道路があって、ここを心拍130で登る。

峠道なので、ちょっと油断すると、心拍がずんずんと上がっていってしまう。

坂の傾斜が上がるところでは、腹式呼吸で大量に息を吸い込んでおくと、ある程度心拍数が上がることを防ぐことが出来るようだ。

ぜいはあと息も絶え絶えな太った自転車乗りの3人抜かされてしまう。当たり前だが。

こちらは、時々、漕ぐことを止めながら、スタンドスティルといって、自転車に乗りながらそのままじっとして心拍数を下げたりしている。

何やっているんだろう?この人、的な視線を感じながら、抜かされていく。

君は、君の道を行き、僕は僕の道を行く。

僕は、またかつてのように、このマフェトン理論を今後何年か楽しんでいけるはずだ。

同じ道を同じ心拍数で走っていく。

僕の体の生理的反応が変わると、僕はそれだけ速く走ることができるようになるはずだ。

筋持久力のある筋肉を鍛え、細胞の中のミトコンドリアを大きくさせ、心肺機能を改善して、骨格筋を鍛え直す。

時間をかけてゆっくりとね。

この理論が一番僕にあっている。

運動するのが実にたのしいからね。

目標は、心拍数130で、平地ならキロ5分切る程度で走れるようになりたいね。そうなったら、きっと、サブスリーも夢じゃないだろう。

やれそうな気がする。

posted by ロビオ at 01:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

『脂肪を燃やすトレーニング―体験的マフェトン理論』藤原裕司著

本棚を整理していたら、表題の本が見つかった。

昔は有名だった『マフェトン理論』

もう数年前、GPS心拍計を買って、はじめてやったのは、マフェトン理論のジョギングだった。

マフェトン理論の実践は優れた他の理論と同じくシンプル。

タバタ式インターバルもシンプル。

優れた理論は必ずシンプル。

マフェトン理論の実践は、(180−年齢)を最高心拍数として、それを超えないように運動する。

体の基礎ができあがり、パフォーマンスが上がっていくというもの。

マフェトン博士という人が考案したやり方で、トライアスリートの王者マーク・アレンが実践して、有名になった(らしい)。その辺のことはあまり良く知らない。

日本のトライアスリートだと藤原裕司さんがかつて実践していて、好成績を収めた(らしい)ことでも有名で、今回のブログの表題の本がマフェトン理論の本の中では一番詳しくて為になると思われる。

5,6年前に購入しようと思ってみたものの、既に、絶版となっていて、アマゾンの中古でこれらの本をすべて買い集めたのが、昨晩、本棚を見ていて目に入ったので、再度読み返してみた。

マーク・アレンさんも、藤原裕司さんも、最近では、というか、ずい分前にマフェトン理論を卒業されて、あまり言及することがないのは、かつてマフェトン理論を実践していたという過去を葬り去りたいとでも思っているかのような無視の仕方が気になるのだけれど、いいじゃないの、アスリートになりたいわけじゃなし。

僕の場合は、いま53歳だから、180−53の計算式で、最高心拍域は、127。これに、運動をしていて故障のない場合はプラス5まで認められるから、132までが上限となる。

最大心拍数132でどれだけ運動ができるか?

132といえば、楽に運動している序の口だよね。

直近のトレランでは、平均心拍数150から160で、最後に180くらいまで上げていたから、如何に、マフェトン理論から外れていたことか。

こういう運動していると体壊すよね。そして、確実に毎日運動する気にはならない。気が滅入るし、単なるリクリエーションなのに、義務みたいに思えてきてしまう。本末転倒だよね。

而して、結局は、マフェトン理論を毎日継続するに如かざることになってしまう。

では、132だとトレーニングにならないかと考えると、昔、3ヶ月も実践していた頃、心拍数が140から上に上げるのに、相当な努力を要したから、このくらいでも、鍛えればハイスピードで走ることが出来るようになるかもね。

今、思い起こせば、心拍計で140を超えたらアラームが鳴るようにセットして、アラームが鳴ったら歩いたり、自転車だったらペダルを止めたりして、ゲーム感覚でマフェトン心拍域で運動していたっけ。

名郷までの片道20キロ教の道を自転車で走って、同じ心拍数で徐々にタイムが短縮できていくのは楽しかった、ような気がする。

それでも、数名でトレイルランを楽しむときには、心拍制限を解除して、かなりのハイスピードで活動を楽しめていたのだから、僕にはマフェトン理論があっているのかも。

先日、自転車クラブのツーリングに参加したのだけれども、みんな、はあはあゼイゼイと一所懸命だ。ちっとも楽しくなかったよ。こういうトレーニングは嫌だし、そもそもツーリングってトレーニングではないでしょうに。

まあ、そういう気持ちもわかる。

僕だって、マフェトン心拍域で1年位自転車に乗ったら、スイスイと坂道登れるようになるから、遅れている人には頑張って登っているように思われるかもしれないし。

けれど、僕は、常に、心拍域を150以上には上げないでいつも坂道は登っていたんだよね。このくらいだと、話しながら登れる最高限の心拍域だからね。今は、年取ったので、145くらいかもしれないけれど。

要するに、運動は、人に合わせてはいけないのだね。

different strokes for different folks 野郎違えばやり方違うってわけさ。

自分のリズム、つまり、自分の心臓が刻むリズムに合わせないと、まさに、ハートで運動するのだよ。

世の中、他人のリズムに踊らされている奴らばっかりだけれど、マフェトン理論と心拍計は、自分のリズムで踊ることの大切さを教えてくれるよ。

トレーニングは、高心拍で追い込むことも必要な人もいるだろうが、僕の周りを見てそんなふうな超一流のアスリートは一人もいないんだよね。

運動を仕事にしている人には、必要なことかもしれないけれど、運動を仕事でなくリクリエーションで楽しむ人には、そういうトレーニングは必要はないんだね。

というわけで、食事に気をつけ、心拍数で制限する代わりに時間を長めにして、トレーニングを楽しもうと思う。

早く、運動できる体に戻さないと!

posted by ロビオ at 12:13| Comment(0) | トレーニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする