2016年01月29日

Farm to table

何時の頃からか、スーパーで購入する野菜がほとんど味がしないのに気が付き始めた。

とにかく、スーパーの野菜はおいしくない。

僕が、農作業をして2年が経つけれど、毎年牛糞をたっぷりと鋤きこんだ畑で出来た野菜は、形は悪いかもしれないが、とにかくおいしいのだ。

最初、畑からとれた野菜をその日に食べるという新鮮さが味となって出てきているのかと思ったのだが、一月以上保管して皺がよってきたような白菜だって、スーパーのものとは違ってとてもおいしい。

ということは、スーパーで売っている野菜が根本的な問題を抱え込んでいるということなのか。

野菜は主に土で育てているはずなのに、それは、土のようなもので育てられた野菜で、化成肥料だけを生長の糧とした野菜という名の別もののものなのかもしれない。

経済効率優先で科学的に育てられた野菜は、野菜の形をした別の食べ物なのかもしれない。

そんな人間も、30代40代にはいくらでもいるけれどもね。

今年の夏、畑でとれたレタスが素晴らしく美味かった。

歯ごたえと、ちょっとした苦味とえぐ味。しんなりとせずに、僕に食べられるその瞬間まで背筋が伸びていた。

しかも、収穫後数日は経っていても、そんな元気があるのだ。

それが、外食等で食べる野菜は、まったく生気がなく、しおれて、疲労困憊して立ち上がる素振りもせず、しなだれかかるレタスの如何に多いことか。

僕の収穫したレタスは、空を飛ぶスーパーマンのようにまっすぐに体を伸ばして、他の食材とは別個の存在感を示していた。

前歯で噛み砕かれるレタスは小気味良い音を立てて、幾分抵抗しながら裂けていく。奥歯で噛み締められても、その存在感は続いて、飲み込まれるまで、消滅することはない。

オリーブオイルとアップルビネガーと塩と少々の砂糖で作ったドレッシングだけで、これは、十分に味を堪能できるレタスだった。

白菜にしろ、人参にしろ、里芋にしろ、何にしろ、スーパーで大量消費用に大量生産された食物というのは、こういう薄味で野性味のないものを作り出しているのではないか。

Farm to tableという言葉がある。農場から食卓へといった意味だ。地産地消ともいう。

自然食品店で売られている野菜は、スーパーの野菜とは一線を画していて、少々効果だけれど、美味しいものが多いようだ。少々値段が張るので、特売品になったものしか買わないけれど。

日本の農家の大方は、スーパーのような巨大な販売網に乗せるような農業をやっているわけではない。

自宅用に、余れば、農協に持っていくというような農業が多いはずだ。

そうした野菜は、多分、スーパーの野菜よりも味はいいことが多いようだ。

田舎暮らしは、まず、おいしい野菜をいかに手に入れるかが大切なポイントになる。

近所の農家と知り合いになるだけで、おいしい野菜が手に入る可能性はずっと高くなる。

中間者が入らず、農家と直に取引できるということで、様々な情報が取り交わされることにもなるだろうし、絆のようなものが生まれることもあるだろう。

食べ物は大切だということはアタリマエのことなのに、疎かにしてしまうことが如何に多いかは、ファストフードやコンビニで食事をするために列を作っている人を見れば明らかだ。

そこでは、どこの誰が(あるいは機械が作っているかもしれない)作ったか、どこでどういう風に栽培されているかわからない食材で、安価に提供できるというかなり危なっかしい経済の上に成り立っている食事をとることになる。

食べ物というものが大切だからこそ、顔の知っている知り合いの農家から手に入る食材は、信頼も置けるだろうし、そういう経済上の立場を超えた絆のようなものができはじめたら、それは、一つの宝物のようになっていくだろう。

こういうことをしないで、田舎に住むのは、不便なだけで何もいいことはない。

とくに、通勤するだけのサラリーマンは多くの利点を捨ててしまっていることだけは確かだろう。

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2016年01月27日

里山ハイカーの荷物って何が入っているのだろう?

冷凍庫の中のように寒いので、先日降った雪が山の中では溶けていない。

当然、雪の中でも走るのだが、剣呑なのは、一度溶けた雪が再度凍った灰色の雪である。

これが、激坂に張り付いているとちょっと走るのは難しい。

それでも、雪の中を走るのは、楽だし転んでも痛くないし、不利な点よりも有利な点が多い。

先日、そんな雪の中を、家から高麗峠を超えて北向地蔵、ユガテまで往復した。

ハイカーも多かったが、マウンテンバイカーしか登らないシングルトラックが気持よく、途中までは一人で楽しめるコースで週末は、最近では、この道しか走っていない。

それでも、縦走路にぶつかるとたくさんのハイカーに出会う。

毎度思うのだが、里山で、重登山靴に30リットルかそれ以上のリュックを背負ってハイキングされている中高年の方が多いのだが、若者ならわかるけれど、それより年代の上なら、なるべく軽量で物を持たずに歩くことが、ハイキングの楽しさに繋がるのではないかと思うのである。

ギプスのような重い皮の重登山靴。あれで、里山登っているのは、苦行としか思えない。

10キロ歩くのに何歩を数えるのだろう。

1万歩歩くとして、3キロの重さのある靴を履いていると、1万かける3キロで、実に、3万キログラムの重さを足で運んだことになる(計算あっているのかしらん?)。ビックリ。

僕の持ち物は、500ミリリットルの水の入ったボトルだけ。靴はジョギングシューズ。これだけ。25キロから30キロ里山道を走るのなら、これ以上の装備は過剰であると思う。

中高年のハイカーは30リットル40リットルのリュックだ。あの中身、何が入っているのだろう?

食事のためのクッカーセットにストーブ、昼の食事。雨が絶対降らないのに厚手のゴアテックスの雨具の上下。予備の着替えとフリース。雪なので、里山にもかかわらず、アイゼンなんかも入っているかもしれない。

僕も、ハイキングをはじめた頃には、雨がふらないのにゴアテックスの雨具を持って行ったりしたり、救急セットとか、クッカーとか、ストーブとか持って行ったけれど、ある日気がついたのは、そういうものは、リュックの肥やしで、一度も使用したことがないということだった。

スポーツというものはたいてい薄着で何も持たないのが普通であるのに、どういうわけか、ハイキングだけは、要らないものも含めて、厚着で、リュックに重いものを背負っている。

というわけで、ボトルを片手に雪の中をガシガシ走っていて、途中5人のオジサンのハイカーとすれ違ったので、挨拶して走り去り、復路、またまた同じ所で同じハイカーがなにかやっている。

アイゼンを靴に装着しているのだった。

私がその場所を往復した時間は、30分以上だったでしょう。

そんな時間をアイゼンにかけるなんて・・・

確かに、その先は、下りがキツくなって、つるつる凍った雪があるのだけれど、僕のゲルフジというジョギングシューズに毛の生えた用なトレランシューズで、高速で下ってしまえば、滑ることなく安全に下ることの出来る道だ。

この人達、アイゼンの装着の練習にここ里山に来たのかもしれないけれど、僕が、ジョギングシューズでひたひた走り去ったのを見てどう思ったのか?

馬鹿なやつだと思った人もいるだろう。

また、あんな靴でもこの雪の中を歩くことは出来るんだね、これからは、トレランシューズでハイキングしよう!と思った人は、まだまだハイキングというスポーツを楽しめる人だと思う。

というのも、僕が、その重い荷物を背負って山道を修行のように歩くのをきっぱりとやめるきっかけになったのが、雲取山の山頂でランパンランシャツで走っていた若い学生にあった時だからだ。

ああ、こういうハイキングも自由にやればいいんだよな、スタイルなんか自分で見つければいいとその時気づいたからだった。

というわけで、トレイルランをするなら、スピードがあり、途中、雨に降られても、おおよその雨に打たれる時間もわかるのであるから、その短い時間を耐えることの出来る薄手の雨具がどうしても必要なときは持参すればいいのだし、これからも、山の中を走れる限り、物をもたずに走ることになるであろう。

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2016年01月21日

You are what you settle for

1943年1月19日ジャニス・ジョプリンは生まれた。

その誕生日に、ツイッターで、よく引用されていたのが、

You are what you settle for.

というジャニスの言葉だ。

あなたは、あなたが妥協したものとなる。

という意味で、

つまり、妥協したらその場で成長を止めてそのままの状態に居続けるのだという意味なんだろうと思う。あるいは、何にでも妥協するその精神があなたの人格を形成するようになる、といった含みがあるだろうか?

英語のたとえば、I am not what I was.

「私は、昔の私ではない」「今日の俺はちょっと違うぜ」という教科書の例文的な先行詞を含む関係代名詞のwhatの使い方があるが、ジャニスの表現は英語らしいとてもいいものだと思う。

妥協するな、したら、それまで。

確かに。

他の人との関わりの中で妥協してある到達点を探るようなことはむしろ好ましいことであるだろう。

あるいは、自ら寛容の精神を持って、相手側に道をゆずるといういのも、時には、必要なことかもしれない。

しかし、自分自身の生き方の問題で、妥協したらそれまでだ。

覚えておこう、You are what you settle for.

いつか、使える日が来るかしら?

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2016年01月20日

黒酢を自作する(その1 麹自作から)

正月、妻が餅つき機でもちを作るのを失敗したといって、団子にならないもち米をゴマすり棒で叩いて餅にしようと果敢に挑戦していた。

が、実は、その餅つき機に入れたのは、うるち米で、もち米ではないことが判明したので、このうるち米の処分が問題になったのであった。

さて、どうするか?

蒸し器で蒸した米はおいしく食べられるだろうが、妻が、ゴマすり棒でこねくり回した団子状のうるち米が4、5玉あるし、これは、食欲はわかないしね。

そいうわけで、以前から作りたいと思っていた黒酢を自作しようと思い立った(1月3日に同じ記事書いている)。

酢を作るには、まず麹が必要だ。

家には、麹菌の粉があって、わずか1グラムの麹菌で大量の麹が作れる。

妻が以前、ダンボールで保温しながら苦労して麹をつくるのを成功させたことがある。その残りの麹菌である。

しかし、ネット等で紹介されている麹の作成はなかなか面倒である。温度設定とか。こたつとかサーモスタットとか必要だし。

ところで、わが家には、ヨーグルトメーカーがあるというところに着目して、これで、麹を作れないかしら?と思っていたので、いい機会だから、このうるち米(つまりもち米で餅をつくろうと蒸した実はうるち米)で麹を作ってみた。

麹の適正温度は38度前後らしいので、蒸した米がこの温度に下がるまで温度計を差し込んで覚ましたら、2グラム(ちょっと多めのほうが初心者には作りやすいらしいので)とちょっと多めの麹菌を混ぜておく。

そしたら、ヨーグルトメーカーを37度で46時間継続するようにセットして、そのうるち米をいれておく。

24時間経った所で、中のうるち米をひっくり返したり混ぜ返したりする。

48時間後開けてみたらまだ白い菌糸が増えていなかったので、数時間そのままの温度で保温しておく。

そして、トレイルランニングをして家に戻って期待せずにヨーグルトメーカーを開いてみたら、見事びっしりと白い麹菌がご飯とご飯の間に付着しているじゃないの。

最後の数時間で爆発的に繁殖するものらしい。

これで、見事麹の完成。この見極めは難しいが、白い麹カビが米と米の間にびっしりと張り付いた所で良しとする。

この完成で、わが家は、ヨーグルトメーカーで簡単に麹を作れることがわかったので、安価で楽しく、味噌醤油酢パン種などなど麹を使った保存食が簡単にできるのだよ。

さて、次は、黒酢を自作してみよう。

次回に続く・・・

posted by ロビオ at 10:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

驚異的なびわの葉エキスの効果

先週の土曜日。いつもの2時間トレイルランをしに近所の山へ走りに行った。

ここは観光地的にハイカーが集まるところなので、マウンテンバイカーしか走らないシングルトラックを走るのだけれど、コナラ、クヌギの落ち葉で道は埋まっていて、その下に何が埋まっているかはまったく予想不可な状態だ。

というわけで、誰も通らないダウンヒルを楽しむのだけれど、ついついスピードは上がり、気をつけたつもりが、右足で何かを引っ掛けて、前方にダイブして右肘を負傷した。

運悪く転んだところに、小枝が落ちていて、その小枝の枝の短い突起部分で右肘をざっくりと切ってしまった。傷口は、大きく開いて薄いが白い脂肪のついた肉と皮がベロリと剥けて外側に広がっていて、中から、心拍数162くらいで脈打つ心臓から送り出された血液がリズムよく噴き出してくる。

やれやれと立ち上がって傷口を見てみた時には、心拍数140くらいに下がってはいたろうが、心臓の鼓動と一緒に、目玉が僅かに飛び出て、引っ込むような気がし、凹凸レンズを交互に眺める如く 世界は近づいたり遠のいたりする。

まだ、ここから家まで5マイルある。怪我をしなかったかのように、平地はキロ5キロを下回ることなく、家まで走って帰った。

家に帰って、シャワーを浴びて、自家製石鹸で傷口を気合で洗って流して、ザクロのジェリーが傷の深みに固まっているかのような傷口を見て、やばいかな?と思ったが、血は止まっているので、安心した。

わが家では、家庭常備薬として、ビワの葉っぱを焼酎で漬けた液を愛用している。

びわの葉をハサミで横にザクザクと切って、焼酎に漬けておいて3ヶ月もすると、茶色い液体が出来上がる。

これが、傷にはとても効くし、飲めば胃腸にもよろしい万能薬だという。

今回は、その効果がどれほどのものであるかを調べるいいチャンスじゃないの。

傷口に、このびわの葉エキスを綿棒に浸したのを、傷口に塗りこむ。滲みる〜、クウ〜ッと我慢して塗りこんで、血が衣服につかないように大きめの絆創膏でペタッと傷口を塞いで終了。

翌日の昼、ランニングに行って、汗をかいて、シャワーをあびる際に絆創膏をめくってみると、あれま!傷口が小さくなっているじゃないの。10%くらいは小さくなって、外側に開いていた肉が内側から張り付くようになってザクロジェリーの濃い赤は見えなくなってしまっている。

またまた石鹸で洗い流して、びわの葉エキスを、綿棒で。

現在、事故後5日後、ほぼかわいい小さなキズとなって、カサブタが細い三日月形になって傷口は完全に付着した。

これは、冗談じゃなく効きますね。

それ以外に、どんなふうにわが家では使っているかというと、髭剃りの後のアフターシェーブローションとして。

このびわの葉エキスをグリセリン(薬局で販売している)と水で薄めたものを、無印良品の小さな化粧水入れにいれて、手のひらに数滴垂らしたものに、これまた同じ化粧水入れに入れたエクストラヴァージンオリーブオイルを1滴2滴垂らしたものを、混ぜ込んだやつを逆剃りで傷んだ肌に刷り込めば、肌はつるつるダメージも無くなってしまう。

あと、蚊に刺された時とか、これをすり込むと痒みが軽減される。

このエキスを飲んでもおいしいし、胃が荒れた時とかは、傷に効くならきっと効くだろうとおもう。

というふうに、昔の赤チンみたいに、常備していると役立つすぐれものであるのだ。

そのために、わが家の裏庭というかスペースにビワの苗木を植えているのだよ。

posted by ロビオ at 09:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月18日

雪最悪

1時間余裕を持って家を出て、電車に乗ったものの、池袋についたのは、2時間後。

大変混雑した電車の中に立ちっばなしで缶詰状態。空調止めているのか、息苦しかった。これじゃ、急病人が出てもおかしくない。

危惧したとおり、あっちの電車、当方の乗っている電車で、急病人が現れて、最寄りの駅で数十分止まる始末。

つり革でなんとか押してくる人の圧力を一人で支えているのに、全体重を俺の左の肩あたりによっかかりながらしゃあしゃあとしてスマホいじっているおんながいる。何度押し戻しても効果なし。

そこで、ブレーキがかかって前の方に乗客がつんのめってこちらに戻ってくる僅かな時間を利用して、体を斜めにして、僕の左の肩先から、そいつが前に抜けでるようにしておいたら、僕の肩をするりと抜けて、座席の後ろの壁に右手をつくという姿勢になって池袋までそのおんなは、苦労したようだった。

常々思うのだが、電車のアナウンスは異常だ。雪のせいで電車が遅れているんだから、謝らなくていいのに、得意になって何度も何度も詫びられるとイライラしてくる。相変わらず、携帯電話の電源はマナーモードにしろ、その理由は他のお客様の迷惑になりますので、なんてどうでもいい理由を述べて、こちらを常にいらいらさせる。

この間は、保谷を少し過ぎた所で急停車したのだが、その理由が振るっていた。保谷駅のホームでお客様が倒れたとか。そんなんで、緊急停車するもんかね?随分と保谷駅を過ぎていたのに。

ことほどさように、安全第一、マニュアル化したサービス過剰なこの世界。昔はよかったとは言いません。が、朝のラッシュは命がけで乗り込んだもの。それは、鉄道会社もお客も承知の上。多少荒っぽいが、客と会社の共通認識というのが確かにあったような気がする。そうして、当時の国鉄は鉄壁のダイアを維持していたのではなかったか?

今は、急病人がでると、その後のダイヤがことごとく遅れてしまうご時世。急病人がホームに下ろすのにそんなに時間がかかるのか?

サービスの過剰といえば、飯能駅で鳥のさえずりをテープじゃなくてMP3ファイルで流しているのだが、そのさえずりも興ざめというか、いらいらさせる。自然の中で聞く鳥のさえずりはちっとも苦痛ではないのに、こうして押し付けられるように聞かされると鳥の声は騒音にしか聞こえずココロが荒廃していく。

車内放送の重複化現象というのもあって、車内録音音声で、次はどこそこ駅です、というアナウンスがあるのに、必ず車掌が同じアナウンスを繰り返す。どちらかを削ってほしいものだよ、本当に。

9時予定の仕事の件に遅れたのはしょうがないが、池袋駅から歩いて20分はかかる場所まで、この雪の中歩くのはとてもつらいものがあった。

革靴は中までびしょ濡れで、冷たいのなんのって。

特に交差点のところは、四隅が排水口に雨水を流すためにやや急な傾斜と深さがあって、そこに、シャーベット状の雪が水をせき止めて、水たまりが深くなっている。

そこを、あっちこっち渡らないで済むように、雪の積もった何箇所を見計らって、飛んではみるものの、どうしても、深みに足が入って、雪水が容赦なく靴の中に入ってきてしまう。

事務所に戻ってみたら,鞄の中から水がしたたっている・・・・。

おお、そんなに雨が降っていたかい?なんて思って、鞄を開けてみると、今日、魔法瓶に入れた水筒からお茶が漏れていたんだ。蓋を開けたら、中の蓋が締まってない。

先週末、事務所にいつも携帯している魔法瓶を忘れて、今日は、昔使っていた重くて大きな魔法瓶に替えていたのだった。

あああ、その鞄の中には、映画の勉強のための高価な図書館から借りた本が入っており、もちろん、お茶びたし。こりゃあ、弁償レベル。高い本なのよ・・・。

朝、いじわるしたせいなのか?

自分の本も勿論、びしょ濡れ。NHKラジオテキストは、髪質が悪いこともあって、ページとページが固くくっつき合って、引っ掻いてページを繰ろうとすると、ケバケバして破けそうだ。

というわけで、水漏れの本を直す方法などというのをネットで調べて、本のページにコピー用紙を挟み込んで、送風機の前に本を縦に立てて、やや乾いたら、重しを載せて完全に乾かすと良いとのこと。

こんなことで、2時間は費やしたし、靴下は乾かず、足が冷たいし・・・ほんと、踏んだり蹴ったりの月曜日。

ああ、ブルー・マンデイ。

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2016年01月06日

自由学園明日館

池袋西口から目白よりの周辺は、散歩に楽しい下町風情が感じられて好きなのだが、たとえば、自由学園明日館にいきなり出会ったりする。設計者は、フランク・ロイド・ライトと遠藤新。遠藤新は、現飯能市図書館跡にあった平岡レースの事務所の設計者でもある。

アールデコ調の幾何学模様となんとなくジャパニーズスタイルの平屋的な雰囲気がある。重要文化財。古いもので、価値のあるものは保存していこう。

こんな風な平屋に住んでみたいものです。天井高く、広々としていて、家の真ん中には、薪ストーブのHearthが赤いほのほをあげていて、その脇でチェロなんかを練習してみたい。庭で早朝(bright and early)、取り立ての野菜で作ったストーブの上でコトコトと煮詰めたクリームシチューなんかを、庭の薔薇を眺めながら、これまた、ストーブのオーブンで焼いた出来立てのパンとともに食すなんていうのは、ひとつの夢ですね。

この塀の囲いはバラが誘引してあって、その仕方も参考になった。

すぐ近所に、主婦と生活社があって、この社屋も素晴らしい。調べてみたら、この出版社は、自由学園の創設者でもある羽仁もと子・吉一が起業したものだった。

こんな職場で仕事をするのは楽しいんじゃないかなと思うね。なんか、レトロで。

 

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2016年01月05日

1月5日

仕事2つやり終えた。

今朝のランニングは、体が重くて、8キロで終了。

こんな時もあるさ。

タバタ式プロトコルといわれるインターバルトレーニングは、たった4分で終わるので、いいのだけれど、あの辛さを考えると、ついつい敬遠してしまう。

激坂とそこを全速力で登れる体力があれば、ランニングだって出来る。身近なものでは、自転車でローラー台でもがき苦しむのが最適みたいだが。

20秒頑張って10秒休む、これを8回。たった、240秒のトレーニングだが、劇的に体内の生理器官に影響が及ぶことになる。

モンベルのウイックロンのハーフジップシャツは、常に肌がさらさらしていて、気に入った。これから、これを買い続けることであろう。

市民連合の街宣が新宿駅の西口で行われたらしい。

市民一人ひとりがしっかりしないといけない。

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2016年01月04日

年末休み終了

今年は1月3日が日曜日なので、本日4日月曜日から仕事はじめということになっている。

いつもなら、大量にお餅を食べて、確実に2キロは太った腹回りをさすりながら、おお今日も走ってこなけりゃよお、ってカロリー消費に勤しむ毎日なはずなのに、年末体調を壊して、気がついてみたら正月気分もまったくなく、今日になってしまったなあ。

なんか、正月休みは、3が日の余韻を引きずりながら、4日、5日と正月気分が薄らいでいく気配が素晴らしいんだが、今年は唐突にプツッと終わってしまった感じ。

1月2日に七福神まわりして30キロほど走ったけれど、世の中、正月って感じじゃなかったなあ。

年末に体調を崩したので、どこにも行かなかったし、一体全体何をやっていたのでしょうね。

本も読む気になれず、映画をDVDで見ようかと思ったら、コンピュータ壊れてしまったし。

1月3日、池袋にレードル(お玉)をさがしに妻と二人で久しぶりに出掛けた。

結局、僕の中の第一候補の柳宗理のSサイズのレードルじゃなくて、無印良品のSサイズのレードルがよかろうということになった。お玉の中に、5ミリリットルと15ミリリットルの線がひかれてあって、大さじ1杯と3倍の目安が付いているのが決め手になったけれど、柳宗理のと比べるとステンレスの厚みがなくて、フニャフニャと柄の部分が動くのがなんとも貧弱な感じもするけれど、使ってみれば、案外よかったから、これで満足することにする。

というのは、長年使っていたプラスティック製のレードルの木製の柄が腐って壊れてしまったからだ。このレードルの良い所は、大さじ一杯の大きさのもので、調理するときに実に便利でもあったからだ。が、こういうレードルって世の中に無いらしく、無印良品のが一番、そういう使い方には便利であると思われたのであった。

という風に、ほとんど正月気分ではないわけで、10時に西武百貨店を入ったら、七福神の変装をした社員の方が、福袋に入った5円玉を手渡していたけれど、テンツクツクテン、ブッファ〜タッタラタノファ〜と、『春の海』がBGMで流れていようとも、日本からは、季節外れの台風のように有償無償の正月的なものを連れ去れていってしまったような気がする。

そういえば、クリスマスってありましたかね?こちらも、気づかないうちに過ぎてしまった。その日、妻の作ってくれたショートケーキをいただきましたがね。

同日、池袋から目白まで歩いて、パタゴニアのアウトレット行ったけれど、みな食事処が休みで、これは、正月らしかったのだが、駅前のビルディングの中のお店はやっていて、そこで、マズイといったほうがいいランチを食したのが、せめてもの正月気分だったろうか。

その日、念願だった、麹造りも、成功したようだし、その自作麹で黒酢を作ったのは、これからの麹づくりの一つの大きな進歩にはなったかと思う。

それから、うん、薔薇の手入れをしましたな。と同時に、土の手入れをして、ナスとトマトがたくさんできるようにしたいというのもある。

まあ、なにはともあれ、今年は始まってしまって、明日からは、本格的に、あっちこっちいかないといけない忙しなさではある。

いつものとおり脈略はないが、明日からシャンとして仕事に、運動に、生活に、集中してやっていきたいと思っているところなのだ。

posted by ロビオ at 13:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

麹完成して、黒酢を作ってみる

もち米を蒸かすのに失敗したので、これで麹を作ろうということにした。麹は、わが家の生活には欠かせないもので、味噌には、相当量が必要で、これを自作できればすばらしいじゃないの。
以前妻が、徹底的な温度管理のもと、一度麹菌を撒いて成功させたことがあったけれど、なかなか面倒だ。
頭を巡らせて台所をみると、わが家には二つのヨーグルトメーカーがフル稼働している。
あっ、これで麹を作れるかも。閃いたね。
というわけで、ググれば、ごく少数、ヨーグルトメーカーで麹作りを成功させた人がいる。
ならばとて、炊いたもち米を38度程度まで冷ましてから、麹の粉を2グラムほど振りかけて、ヨーグルトメーカーに放り込んで、30度の温度設定で48時間寝かせることにした。
24じかんたったあたりで、よくかき混ぜておく。この時点で、米がやや黄色っぽく感じた。あと、12時間おきぐらいに軽くかき混ぜてやる。
48時間たったころ、ヨーグルトメーカーをみてみると、やや白っぽい麹の華が咲いている。まだまだ不足しているように感じたので、2,3時間そのままにしておいた。
そして、再び覗いてみたら、米と米の合いだにびっしりと白い麹の華が付着しているじゃないの。
これ、たぶん成功でしょう。どのあたりが、最大限に麹が発生した状態なのかいまいちわからないのだが、これだけ白くなれば十分と判断して、ビニール袋に入れて、冷凍庫に保存してある。
さてと、この一部をパン酵母用に使用するとして、残りの麹をどうするか。
2,3秒考えて、黒酢を作ることにした。
この麹に水をいれて、イーストを少量加えれば、1年後には黒酢になってしまう。しかも、10リットルもつくれるからね、一度作ったら、石鹸で髪を洗ったときのリンスにもなるし、ドレッシングにもなるし、いろいろと使えるだろう。
というわけで、これから、黒酢を作ってみようと思う。
posted by ロビオ at 08:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

正月、武蔵野七福神巡り

ランニング仲間と武蔵野七福神巡りに行ってきた。
西武球場前出発で30キロほどのジョギング。
途中、着地で踵がついていないと指摘された。本人は、前足部と同時に踵は確かに地面に着地しているのだが、そうは見えないという。
不思議なことがあるもんだ。
それでも、これが、僕にとっての自然な走り方で、地面の反発を頂いて、楽に速く走れるのだからね、このままでいいでしょう。
体が前傾姿勢をとっていれば、自然と前即部が地面に最初に着地するのは理の当然だからね。
というわけで、股関節を意識して骨盤を着地の時に股関節に乗っかるような意識で走れば、あっという間に、キロ4分。
ひょっとするとこの走り方で練習していけば、サブスリーも夢ではないかもね。
スポーツはやはりスピードが伴わないとわくわくした感覚がないし、つまらない。
このまま、トレーニングを続けてみよう。
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2016年01月01日

麹、できた。

麹ができたみたい。白い麹菌がびっしりと。
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posted by ロビオ at 21:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

New year's resolutions

なんでも、東京大学を首席で卒業した弁護士さんの勉強方法は、教科書八回だか読むというやり方だそうで、本の帯だけみて、本当にそうだと思ったものだから、僕も、年末に「英文標準問題精講」という英語の参考書を三回と半分くらい読み進めて年を越えてしまった。つっかえつっかえ英文を後ろから訳していくっていうことが回を重ねるほど少なくなっていっているようだ。8回繰り返すうちには、目が滑るように英単語の上を流れて、英文で読んで英文で理解できるようになっているだろう。そのとき、僕の英語力はどの程度あがっているんだろう?今から楽しみだ。
同じことを飽きもせず満足できるまで何回も繰り返すというのは、パン作りでも、料理でも、麹作りでも同じで、とにかく、何度も繰り返して、時に、ふがいない自分の技にほとほと愛想が尽きて、こんなことはやめてしまおうと思い立ったときが、まさに、進歩のないプラトー状態を乗り越えられるよい機会であって、そうした泣き出したいほどつらい時期がない限り進歩はあり得ない。

新年の抱負・・・New year's resolutionsというものを新年にたてるというのは、西洋人の習慣らしく、それに沿って、新年の抱負を書くとすれば、飽きもせず同じことを何度もトライして、今あるすべての事柄について質を上げていくことこれにつきる。
昨年末、ヨーグルトメーカーで作れるのではないかしら?と思った麹作りをやってみたら、白い菌糸がもち米に広がってきたよ。
ヨーグルトメーカーでこれほど簡単に麹が作れるのなら、どれだけ、安価で楽しい発酵食品ができるかしらと思うと、とても嬉しい。うまく行かなくても、これで、いろいろ挑戦してみよう。失敗するほどに、腕が上がっていくのは間違いないのだから。
壊れていたと思われたコンピュータだが、眠っていてふと、コンセントの断線じゃないかしらと思って、妻のコンピュータのアダプターでつないでみたら、見事動くじゃないの。
今、スマホをキーボードで打ち込んでこのブログを書き込んでいるけれど、それも無駄だったのかもしれないが、これに馴れてしまうと案外使い勝手がよかったりして。
まあ、テレビジョンのない我が家で、僕の数少ない趣味の一つである映画鑑賞は、このコンピュータでDVDをみるというのが、一番簡易な方法なので、この点だけでも、コンピュータの復活は嬉しい。
というわけで、いろいろ僕のコンピュータに合うアダプターのバルク品を探して2800円で見つけて注文しておいた。便利な世の中だ。
posted by ロビオ at 13:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする