2015年08月05日

白いブランコ

猛暑が続きます。

足の故障は、良くなったと思って走ると、翌日の朝、歩けないほどの痛みで断念、ということを繰り返して、良くも悪くもならない。

1時間と1時間半、一時間と2時間、一時間と3時間、一時間半と月曜日から日曜日までのサイクルで、山を走って、今週から3週目。

昨日は、足の痛みも消えて、体も軽く、山道を軽快にすっ飛ばしてみれば、2,3時間後には足の第2指と付け根の部分がいたんで、引きずるように、仕事で蒲田の町を歩くことになった。

この数ヶ月、超えるに超えられない一線があって、その手前で、一人敗退する日々が続いております。

というわけで、そこそこ、距離数は走っているものの、心の底から楽しむようなランニングは出来ておらず、常に、痛みを感じながら、あるいは、感じない時には、走り終わって体が冷えた後に、じわじわと痛みが再開してしまうというサイクルのなか、当然、長時間の運動は無理なので、週末は、早朝、それなりに走った後は、DVD屋に駆け込んで、5枚ほど未見の映画を借りて鑑賞する日々が続いている。

邦画って、あんまり見ないのだけれど、『かぞくのくに』という映画が素晴らしかった。

在日朝鮮人で、16歳で祖国の発展を夢見て北朝鮮に一人渡った兄が、脳腫瘍の手術で日本に一時滞在する許可を得て家族のもとに戻ってきたというお話。

勿論、監視つきで、常にその動向や発言はチェックされているから、久々に同級生と会っても、差し障りの無い話しかできない。盛り上がらない。周りの者はみな、在日朝鮮人だから、そういう事態もちゃんとわかっている。日本で住み続けた者と希望に燃えて祖国に戻った主人公との現在の環境の差は埋められそうもない。

その中で、身近な同窓生との飲み会で、友人がビリーバンバンの「白いブランコ」を歌うのにつられて、主人公は歌を口ずさむ。祖国に旅立つ前に流行した歌なのだろう、そして、きっと、祖国でのサバイバルに近い生活のなかで、生きた証のようなものを認識するために歌った日本の歌だったのだろう。

日本の病院で、3ヶ月の滞在では手術は無理という診断を、妹(安藤サクラが素晴らしい)が手をつくして、手術できるように手配した最中に、突然の帰国命令が下される。それも、翌日に。理由はいつもの様に知らされない。上の命令は絶対だ。下の者からの質問は許されない。

こういうことはよくあることなんだ、と、諦めるように妹に語る兄。自由に考えると頭がおかしくなってしまうので、何も考えないようになってしまう生活のこと。あの国では、生き残ることだけを考えて、それを実践することが大切なのだ。妹には、自由に考え、色々な世界を見て回って欲しいと語る兄。

反発する妹、そういう国であることを重々承知でその怒りや悲しさを理性で感情を抑えこむ父と母。

国が用意した車で飛行場まで、監視役とともに乗り込む兄。その車の後部座席の窓を少し開けて、故郷の空気を車の中に入れた時に、主人公はまた「白いブランコ」を口ずさむ。いいシーンだ。

というわけで、この「白いブランコ」が、心に染みて、この主人公やその家族のことを思って(かなり引きずっているわけだ)この日から何度も聞き直して口ずさんでいる。

いい映画だった。

posted by ロビオ at 10:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする