2015年03月31日

止めの一撃『小麦は食べるな』を読む

『小麦は食べるな』をざっと斜め読み。

これだけ、小麦を食べてはいけないというエビデンスがありゃ、食べるのがおかしいっていうわけだが、先日、久しぶりにコンビニに入ったら、食料品のほとんどは、炭水化物ばかり。

そして、この本の中では、現代の品種改良された小麦は、毒物だとおっしゃっているわけで。

炭水化物が毒物だということになってしまったら、農業は潰れるし、シリアルで成り立っている加工食品メーカーも大打撃だし、糖尿病で儲けている医療機関も困ってしまうだろう。

なので、こういう本を読んで蒙を啓かれたお利口さんだけは、こういたものを嗜む程度にしておいて、決して主食にしないだろう。

妻も、この低糖質食事に関して理解を示しているので、この路線は維持継続しやすい。

なにせ、炭水化物は主食というだけあって、これを基本にして、おかずというのは成り立っているから、なかなか食事のメニューが難しいのである。家族一丸となって、炭水化物を排除していくように圧力がかけられないと、またまた何時か来た道を歩いていることになってしまう。

昨日は、朝、昼、晩のご飯を抜いた。しかし、昨晩は、餃子の皮。これ炭水化物。今朝は、いただいたリンツのチョコをば少しいただき、お昼はおかずだけだが、里芋と人参、それに、そば粉のおやきをいただいた。

なかなか、炭水化物をZEROにするのは、難しいものだよ。

先日、青梅にパプアニューギニア料理屋を二週連続で食べに行ったのだが、その料理の内容が、バナナの皮で蒸した鶏肉以外の食材が炭水化物!サツマイモに、ご飯に、マギーのパスタを載せたもの、食料バナナと、バナナのフライに、かぼちゃの素揚げしたもの。。。。

角砂糖で、この時口に入れた量を測れば・・・何十個も口に入れたことになるのではないか。

事程左様に、炭水化物というのは、普通にしていても取り過ぎになるので、注意が必要だ。

賢く生き抜くというのも大変だ。軌道に乗るまでの話だが。

posted by ロビオ at 14:04| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月30日

なんとか今日も終わった

朝からタイトなスケジュールなのに、人身事故で京浜東北線、湘南ラインがダウン。

それでも、蒲田・吉祥寺・赤羽・大宮・与野本町で仕事を無難にこなす。ふう。

昨日の薪割りで、右手がひどい筋肉痛。

字を書くのも苦戦なり。

初夏の暑さがあって、井の頭線脇のヤマブキの黃、ソメイヨシノのピンク、ショカッサイの紫が綺麗だった。

西武線の入間市駅手前の丘陵地で電車の中からカタクリが見られるはずなのだが、明日は、窓から覗いてみよう。

早朝トレイルランも、半ズボン、長袖でなんとかなりそうな感じ。

さて、あと一日、なんとか乗り切ろう。

posted by ロビオ at 16:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月29日

薪割りイベント参加

早朝、日課のトレイルラン。
昨日辺りから、自然と爪先着地に移行し、かつ、足首のスプリングを使うような走り方に変わってきた。
ヨガと、拇指球、骨盤に意識を集中させて練習していることが、いい方向に向かっていると思いたい。
9時から、天覧山の谷津で、薪割りイベントのお手伝い。
様々な斧で薪割りをやってみる。
なかなかコツがつかめなかったが、次第にパカンと真っ二つに割れるようになってきた。
『七人の侍』の千秋実か、『荒野の七人』のチャールズ・ブロンソンか。お手本の薪割りの姿は、この二人。
なかなか、こんな風にはうまく割れないが、秋の夕暮、赤とんぼを眺めながら優雅に薪割りをするというのが、俺の夢でもある。
しかし、普段使わない筋肉を使った。右手の握力が無くなった。明日は、筋肉痛覚悟だな。ペンで字を書くことできるかな?
同時並行で、薪をくべて石窯でピザを焼く。
ごく薄く伸ばした生地で焼いたピザは最高に美味しかった。
耳の部分がパリパリの煎餅みたいで、チーズの下はカリカリのクリスピー。
糖質制限中なのに・・・ま、たまにはいいでしょ。
石窯だと遠赤外線が作用するのか、とても美味しい。
今度は、次のイベントでは、ボクのパンをここで焼いてみよう。
午後4時に、知り合いの税理士さんが、開業の挨拶に訪問してくれた。
妻の友人の旦那さん。
あれやこれや、話をして、本日も目一杯。
明日から二日間、正念場。なんとか乗り切ろう!





posted by ロビオ at 18:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月28日

日記風覚書

いつものように早朝トレランを楽しむ。
腰骨の上下のタイミングと拇指球で地面を踏むこと、この2点を注意しながら走る。
家に戻って急いでパンを捏ねておく。
気持よく走った後は、農業塾で農業研修。
本日は、キャベツと里芋の定植、それに、雑草取り。
もう雑草が生え始めている。
農業塾の帰りは恒例のブックオフ通い。1時間ほど古本ショッピングを楽しんで、家に戻って、パンを成形して焼く。
両親の鍼治療に付き合って、両親と鍼の先生と店のお客さんに焼いたパンを全部差し上げて、それから、青梅のパプアニューギニア料理を食べに行って本日終了。
キリスト教関係の新書を3冊購入。読めば読むほど不思議な宗教だ。これが、土台になって近代社会を成立させているのが不思議。

posted by ロビオ at 21:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月26日

Go wildに生きること

5時36分ジャスト、御嶽神社。

お参りして、ふと東の方を見れば、東京方面のビルの隙間から橙色が滲んだきた。核爆発を繰り返しながら届いた太陽光線。福島原発の地下を掘り続けている核融合反応もこんな色をしているのか?そういえば、『太陽を盗んだ男』という日本離れしたスケールの大きい、そして、日本映画会が誇る長谷川和彦監督の映画があったっけ。太陽は盗まれなかった。太陽は、地下深く、沈んでいっているのである。

昨日は、龍崖山山頂手前の燧山で、そして、今朝は、御嶽神社で、太陽の光を受け取り、西の方に、リレーして送ってやる。中国で、アラブで、ヨーロッパで、アフリカで、アメリカ大陸で、太平洋のクジラの背で、リレーを繰り返し、明日の朝、また、どこかで、太陽をリレー中継しよう。

『Go wild』『炭水化物は人類を滅ぼす』と読み続けて、深いショック(目からうろこともいう)を受けているのだが、さらに、『小麦は食べるな!』という本を読み始める。

これらの本は、お手軽なダイエットといった本ではなく、いかに、炭水化物が人体に悪影響を与えているかの警告本なのだ。

これだけ、エビデンスが揃えば、炭水化物が人間の体にクロだということは、疑えそうにない。推定無罪の裁判ではあるのだが。

玄米を食べて元気に生きるという姿勢がもろくも崩れ落ちる。マクロビオティック、菜食、食事治療等々、その基本は玄米菜食であるのだが、この基本を欠いてしまう。

いやはや、困った。

玄米を奇跡の食事だと金科玉条のごとく語っていた自然食の人たち、立場が無くなってしまうのではないか。

人間が、主食として、米、麦を摂り始めたのは、たかだか1万年前。日に三度の飯といった状況は、1960年代に実現したとか。

これは、人類にとっては、新しい食品だ。そして、炭水化物は、糖質に変換され利用されるが、糖質だけを必要とする器官は脳だけである。

人間には、4リットルほどの血液があり、そのなかに、4グラムのブドウ糖が混じっている。大きめの砂糖1個分である。この濃度は常に一定に調整されている。

さて、食パン1枚の糖質は、角砂糖8個分もある。俺、ダイエット中で、コーヒーに砂糖入れ無いもんね、と言っている人も、食パン1枚食べるより、コーヒーに角砂糖5個入れて飲んだほうがダイエットには向いている計算になる。

砂糖のように甘くないからと思って、小麦を「甘く」見ていると、痛い目にあう。

ところで、ブドウ糖は、体内で合成可能で、今、こうしている間にも、ブドウ糖は作成され続けている。

したがって、脳にダメージを与えるほどの糖不足にはなりようがない。

となると、人間には、糖質を食事で取る必要性がない。必要性がないということは、無駄なものであるということである。

血液中の血糖値が一定になるように、糖質を摂るとインシュリンがドバッと分泌される。

不要な糖質を主食として、1日に3度、インシュリンを分泌させ、血糖値を一定にするという作業を、食事をするたびに人はしているのである。糖尿病にならないほうがおかしい。

これって、酒や煙草に似ていませんか?人体にとって無駄なものをとって、有限な資材としての自己の酵素を湯水のように使っている。

無駄なことをしている暇はない。

そして、この大量に摂取された炭水化物は、身体のいたるところで悪さをするらしい。

しかし、穀物に多く含まれる炭水化物は、麻薬のような魅力のある食品でもある。

そうであるから、ありがたがって、新嘗祭という天皇の大切な祭祀があるほどで、一粒で何十粒も収穫でき、しかも、収穫の際、籾が落ちずに収穫でき、カロリーが高い米の有り難さというのは、僕らの骨の髄まで染み透っているものだ。権力者にとっては、富の象徴だったろうし、江戸時代では、通貨の代わりだった。

おっと、難しい話になると本腰を入れて書かないといけなくなるから、このへんでやめておく。

Go wildに生きるのならば、穀物以前の生活が相応しいのではないか?

穀物が手に入るようになって、僕らは堕落した。本来の狩猟漁労、木の実の採集といった移動的な生活を変えることを余儀なくされた。それほど、穀物が実ることは、人間にとって魅力的だったのだ。

野生に戻ろう。少なくとも、口にはいるものだけでも、少しずつ。

自分で正しいと思ったら、すぐに行動に移すというのが僕の長所である。

というわけで、朝食と昼食は、炭水化物を抜いて、2週間程度経っただろうか?

夜は、普通に・・・やや少なめの玄米をいただく。

毎朝15キロ程度のトレイルを走っていて、何日かは、エネルギー切れのような体の怠さがあったが、最近は、快調である。今朝も、体が軽く感じられ、以前より体調はいいようだ。

少し、便秘気味なのが困ったことなのだが。

ノルウエーだかどこかで、アスリートを炭水化物を抜いた状態でその体内の運動変化を調べたところ、瞬発的な筋力は落ちるものの、長時間運動する能力は伸びたという報告がある。

納得できる検査結果である。

炭水化物を一切取らなくても、多分、運動しても害はなさそうである。

糖質が少なければ、脂肪質を利用すればいい。

さて、Go wildな生き方であるが、先日、最近知り合った方のハウスパーティーに呼ばれて、近所の猟師が捕らえたイノシシの肉をご馳走になった。

穀物以前の人間が食べた食材であることには間違いない。

脂分の少ないのっぺりとしたパサパサの肉だが、癖もなく美味しかった。

穀物を与えられて、霜降り状態になった肉・・・現代人の身体そっくりだが・・・を食べるのはやめて、月に1度位、こうした野生の肉を食べるのは悪くはない。

牛は、草を食べるんで、穀物を食べる動物ではそもそもないのだ。

そして、普段は、野菜と大豆を中心に、食生活を営め、トレイルを走って、動植物と出会い、心を開放することが、Go wildに生きることではないかと思う。以後、少しずつ修正して、納得のいく暮らしをしていきたいと思っている。

それでも、炭水化物は恋しい。

贅沢品として、食後のデザートとして食べることにしよう。

というわけで、さっそく、二日前に発酵させたパン種で、今朝もパンを捏ねた。今晩、パンを焼き、パンの一片だけ口にして、満足しようと思っている。

先は長い。

しかし、悠々として急げ。

posted by ロビオ at 10:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

東京散歩と洒落込みたい

東京に生まれてから20数年暮らしたのに、北区、池袋、浅草、上野、御徒町、銀座、神保町、吉祥寺以外の町をほとんど知らない。

そもそも、凝り性なので、同じ場所に通いつめる傾向が強く、なかなか行動範囲が広くならない。

絶望的に変貌していく今の東京には愛想を尽かしたところもあって、どうでもいいとも思っていた。

けれども、東京オリンピックで大きく変貌した東京に、再度、バカバカしいオリンピックが行われれば、東京は、もう僕の記憶の再現不可能な東京になってしまうだろう。

谷崎潤一郎は、関東大震災で東京が無くなったということで、芦屋に移った。

生まれた地域というのは、愛着のあるものである。愛惜しつつ、僕の「東京」が完全に終わってしまう前に見届けておきたい。

それには、今しかない。事態は差し迫っているのである。

というわけで、以後、僕の「東京」を旅することにする。

確認したいのは、そして、見てみたいのは、日本映画を見ることによって血肉化した風景かもしれない。懐かしい東京言葉かもしれない。そして、日向臭い、コールタールの混じったような臭いが混じった古い住宅かもしれない。

まあ、とにかく、散歩をするのだ。

「小林泰彦の謎と秘密の東京散歩」という本があったので、これを参考に、神田、浅草、佃・月島、本所・深川、赤坂、麻布を探検することにする。

2万5000分の1の地図が有効かと思って、印刷してみたら、こりゃダメだ。グーグルマップ印刷したほうがわかりやすい。

バスの一日乗車券が500円だそうで、この手の東京案内の本も買ってみた。

僕の家の前の明治通りには、池袋から来る浅草寿町行きのバスがあって、時々、田中小実昌さんとよく一緒になった。吉原あたりで、いつも降りてたな。ハ・ハ・ハ。

東京人として、地下鉄の乗り継ぎをマスターしたら、本物だということがあるが、都バスをマスターしたら、これは、ちょっとしたオタクなんじゃないかとおもう。

ああ、楽しみだ。けれど、土日、予定が詰まって、なかなか実行することができない。

実行するのは、4月半ばになってしまうかも。

posted by ロビオ at 14:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

jog.fmでホンキー・トンク・ウィメンを

龍崖山山頂手前、燧山で朝日を浴びる。

jog.fmという現在走っているリズムに合わせて曲を選択して演奏してくれるソフトを使用して、iPod touchでトレイルランを楽しんだ。

ソフトが選択した曲のリズムに合わせて、足を繰り出す。

激坂の登りの山道でも、下りでも同じリズムで走る練習だ。

練習にもなるだろうが、ダンスをトレイルランに取り入れたようで楽しい。

自動でシャッフルされたStevie Wonderの「迷信」は、最初から最後までリズムが一定で合わせやすい。

まさに、ジョギングのために生まれた名曲だ。

ビートルズの「I feel fine」やストーンズの「Honky Tonk Women」もピッタリ。

「ホンキー・トンク・ウィメン」といえば、スティーヴン・キングの久々のヒット作『11/22/63』という小説で小道具として使われていた。

現在からケネディ暗殺を阻止するために1963年にタイムトリップした男の話だが、その中で、その地で恋人となった女性の前で、車を洗浄している際に、この歌を無意識に口ずさんでしまって、恋人を赤面させるというエピソードが面白かった。

うん、相当ひどい歌詞だよな。

1969年にヒットしたこの曲。6年後には、その歌詞に眉をひそめる人も随分と減るんだから、時代はいつまでも同じではないということだ。

ちなみに、この曲のオープンGコードを使用したリフは、ライ・クーダー作。この時期からストーンズはアメリカ南部の音楽に急接近する。

まだまだ寒いが、山道際にはスミレが列を連ねている。

山路来て何やらゆかしすみれ草 芭蕉

菫ほどな小さき人に生まれたし 漱石

野草を愛でる時期がやってきたようだ。

posted by ロビオ at 09:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月24日

けれど、人間は負けるようには造られていないんだ

被後見人のおばあさんが、脳梗塞で倒れたとの電話があり、右往左往して、入院手続き等を終える。

「人間は、負けるようには造られていないんだ」というヘミングウエイの「老人と海」のセリフがある。

僕が世話する老人の多くは身寄りがないか、あっても、絶縁状態だ。

貧困と老いと病気で孤立無援の戦いを強いられている。

しかし、戦い続けている限り負けはやってこない。

そして、生きていることそれ自体が戦いだともいえる。

だから、生きている限り、人間は負けようがない。

負けたと思って崩れ落ちても、実は、負けてはいない。生きている限りは、戦っているからだ。

「老人と海」の老人は、巨大なカジキマグロと一人で格闘し、一昼夜格闘し、ついには捕らえたが、家路の途中に、サメにそいつを全部食われてしまう。

けれど、老人は、家に戻ってベッドの中でライオンの夢を見るのだ。

だから、おばあさんの今日見る夢は、ライオンの夢であってほしいのだ。

posted by ロビオ at 16:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トレイルランニング開始

日の出時刻が早くなったので、直接、里山に入ることが出来るようになった。

多峯主山下で日の出時刻。

幾重に重なりあった木々の隙間を縫って目の前の檜の枝までどうにか辿り着いた真っ赤な朝日が血糊のようにべったりと張り付いていた。

骨盤上下、足は拇指球から力を抜いていく・・・この2つを頭に入れて走っていて、偶然散歩中の妻に出会って、走り方を見てもらったら、上下の体のバランスが良くなったとのお褒めの言葉に気を良くする。

何度も、こうしたフォームの練習をすると、膝、腰を痛めたものだが、今回は、その徴候もなく走れているので、きっと無理なく良い方向に向かっているのだと思いたい。

新緑が芽生えるまでの、鳥や植物が息を詰めて、その日が来るのをじっと待っている濃密な期待感というのが感じられる今の時期が好きだ。

今年の冬はよく走った。いつまで、こんなふうに走ることが出来るだろう?

講談社新書の「不思議なキリスト教」を読み始める。面白い。

posted by ロビオ at 09:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月22日

骨盤で足を持ち上げ、拇指球から体重が抜けるように・・・

久しぶりに1日、自由時間があるので、長めのトレイルランに行こうと思ったのだけれど、最近、体調や健康を整える為に必要な朝の2時間だけのもので十分ではないかと思い始めている。

毎朝、最大2時間、トレイルを走ることが可能な環境にあるのだし、人生は短く、山を走ってばかりはいられない。

週14時間、トレイルで走ることができれば、年間走行距離は、トレイルだけで450キロ以上走ることが可能である。

十分でしょう!

やりたいことの優先順位をつけよう。

というわけで、この日も2時間限度に、その代わり、一所懸命トレイルを走ってみる。

最近、ランニングをして、気にかけていることは2つ。

@骨盤で足を持ち上げること

A拇指球で路面を押せるように。

以上、2点を注意しながら、2時間、里山をグルグル。

@骨盤で足を上げるには、足の力を抜かないといけない。省エネになる。

また、骨盤が上に持ち上げられた時、足が上がり、逆側は、着地し、骨盤は下がっている。

自転車のペダリングのようだ。

骨盤が上がるとき、足はそれだけの力で、宙に浮くはずだ。そして、骨盤が下がるとき、その骨盤に、体の全体重が載っているはずだ。

体重が一瞬、着地と同時に、効率的にかかり、アキレス腱が縮こまり、大地の反動力とアキレス腱が元に戻るタイミングが合えば、きっと、飛ぶように走れるさ。

A拇指球でバランスを取るのが一番取りやすい姿勢であるのが、ヨガのワシのポーズで理解できた。私の癖は、拇指球の反対側の小指球側でバランスを取る癖がありそうである。

足裏全体で着地するにせよ、踵で着地するにせよ、つま先で着地するにせよ、小指球側に体重の移動が来て、それから拇指球に移動するのならば、その時間が無駄になりそうだ。一直線に拇指球に体重移動がいくように意識してみる。

骨盤にせよ、拇指球にせよ、意識していると、だんだんと、その部分が、他の体の部分から分離独立して、意識ができやすくなってくる。

トレイルから出て舗装路に入った瞬間、誰かが僕の体を、ゆるりと引いているような、ここちの良い瞬間が2,3秒あった。

これが、ランニングの熟達者がよく本に書いている感覚なんだろう。

残念ながら、すぐにその感覚は消えてしまったが、これが、タオで、この力を利用しない手はないじゃないの。

@とAが上手く重なった時、僕の走り方が一皮むける時だ。その時が来るまで、骨盤の上下と拇指球コンシャスで、トレイルを走りたいと思う。

で、長時間のトレイルランやら自転車をやめたことで余った時間は何に使おう?と思っていたのだけれど、愛する今は無くなってしまった唯一の都市、東京を散歩するのがいいじゃないの、と、前々から思っていたので、池袋の本屋で東京散歩に関する本を覗いてみると、高価なのに内容が薄っぺら。

東京人という雑誌が一番面白そうだ。これは、図書館でバックナンバーで該当箇所を参考できたら役立ちそうだなと思い、本日の散歩は、目白のパタゴニアのアウトレットショップまで往復散歩。

歩いたこともない路地裏をあっちこっちデジカメ片手にふらふらと。見事な僕の育った50年前の家などが残っていたりして興味深かった。

パタゴニア!企業精神が嫌いだという人が多いようだけれど、僕は好感を持っている。イルカもクジラもクロマグロ、食べなくてもいいし、これ以上ダムはいらない。

偽善的に、宣伝のために、国内最大のトレラン大会を後援するだけの企業よりもいいと思うのだけれど。

というわけで、ショップ内を歩いて、殆ど買わないのに時々訪れては、変な質問をしているうちに懇意になった店員さんに、お店に届いたばかりのトレラン用のTシャツも見せてもらったのだけれど、気に入ったものでないので、買わずに帰ったのだ。

パタゴニア製品は、やはりフリースだね。トレラン用品は、他のメーカーのものとほとんど変わらない。

僕が、以後買いたいと思っている製品は、TRIMTEXとパタゴニアとモンベルだ。賢く、長年愛着の持てる商品を吟味しながら買い揃えたいと思う。

今年、パタゴニアで買うのは、次の2点。

カウボーイシャツとサーファーパンツ。これで、人のいない早朝のトレイルを走るのさ。

帰って、パン作り。

パン食べない人が、上手なパンを焼いているという皮肉!

義兄に、2本プレゼントして喜ばれた。

ちょっと複雑。その点については近々書きたいと思う。

来週も、週末色々予定が入っていて、時間が取れないが、ディープな東京探検・・・、川本三郎さんや、永井荷風の後を追うように、色々と歴史と日本映画に残された古き良き東京を検証しつつ、最後は、大衆呑屋でおわるような散歩をやってみたいと思っている。

posted by ロビオ at 03:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フェイスブックも潮時

土日にフェイスブックやツイッターを見ないようにしているのだが、これが実に気分がイイ。開放された感じがする。

自分の生活自慢や、自己宣伝を披露することで、人を傷つけたりしてしまったこともあるだろう。

知りたくもない情報を撒き散らしたこともきっとあるだろう。

それに、ついついフェイスブックだのツイッターだのを見てしまう癖がついてしまい、ああ、これは、時間の無駄だなあ、とはっきりと気付かされた。

そういうわけで、以後、自分の日常や意見を書くのは、このブログ一本(もう一つ、秘密のブログ)に絞って、好きな文体で、好きなことを、好きなだけ書いていきたい。

posted by ロビオ at 02:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月21日

糖質制限中の携帯食について考える

糖質制限をして、趣味であるトレイルランやら自転車等の長時間楽しむスポーツをする際に取る携行食について考えてみて、パンの材料を買うついでに富澤商店をふらふらしていたら、あるじゃないの、ほとんど糖質が入っていない携行食が!

それは、大豆と黒大豆と昆布と小魚の干物が入った食品。http://www.tomizawa.co.jp/shop/g/g01010000/

富澤の豆菓子という商品だ。

120グラムで442円もする高級品?ではあるが、満腹感もある。

これに決まりだ。

水分なしに食べると口の中が大豆の粉のヘドロで詰まった管状態になってしまうので、水は必携だ。

継続中の糖質制限だが、朝、昼にご飯を抜く程度の軽めのもので、体重は徐々に落ちていっている。

今日は、墓参りで、両親、妹に会ったのだけれど(全員揃ったのは6年ぶりくらい?)、帰りに池袋で会食。

イタリアンレストランに入って、食べるものなし。ピザ、パスタ系全てダメ。

というわけで、グリーンサラダを食べましたとさ。

posted by ロビオ at 02:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月19日

炭水化物・・・あな恐ろしや

炭水化物が悪者になっている本2冊、「Go wild」と「炭水化物が人類を滅ぼす」を読んで、なるほど、炭水化物は摂らなくてもいいと思った。

特に、後者の本は、炭水化物を摂らなくてもいい理由を地球が生まれて生物が発生した時から語っているので、情報量も多く、科学的根拠もあるし、ダイエット本とは一線を画す素晴らしい本である。

こういう知識があっても、実践しないと意味が無い。

というわけで、朝、昼の玄米ご飯を抜いてみた。

夕食は、妻に料理を作ってもらっている手前、なかなか抜くようにすることはできない。

献立というのは、主食を中心に組み立てられているものだから。

それでも、結果、一週間で、ベルトの穴は、2つ縮まった。もう少しで、ベルトを短く切らないといけないだろう。

炭水化物を抜いて、運動もしているので、急激に体重が落ちていく・・・

肉を食べずに、野菜と穀物だけで、どんどん体は太っていいったのに、炭水化物を少し・・・ご飯2膳分を抜いただけで、痩せていく。

コーラ355ミリリットルには、角砂糖10個分の糖分が含まれている。

食パン1枚分には、角砂糖8個分の糖分が含まれている。

コーラを飲みながら食パンを1枚食べきると、これだけで、砂糖18個分の糖分が体に入ることになる。食パン3枚食べたら、24個分の角砂糖を食べたのと同じ計算だ。このくらい、ペロリと一食で食べきれるわな。

ああ、恐ろしい。

とにかく、穀物は危険だということがわかる。

小麦、米はできるだけ食べないことだ。

というか、食後のデザートのように、少し食べて満足する程度にしておくのがいいと思う。ぼくは、そういう風に考えて、以後炭水化物は取ることにする。

そして、今、こんな風に思っている。

炭水化物は、タバコや酒といった嗜好品だ。

白い米をたらふく食べられないなら死んだ方がマシだと思える人は多いだろう。

チェーンスモーカーのぼくも、たばこをやめた時に、たばこのない人生なんて無意味だとさえ思った。タバコなしにコーヒーなんて飲む気がしなかった。

こういう感覚を持つのは、酒でも一緒だろう。

こういうものを嗜好品と呼ぶのだ。

炭水化物が糖に分解されて、満腹感が脳に伝わって、食後の満足感を得るという感覚と、酒や煙草が脳に与える快感とは同じものなんじゃないか?

そして、食べることというのは、人間の生存の根幹に関わることなので、炭水化物中毒というのは、なかなかやめられない部類のものなのだと。

嗜好品は、なくてもいい。現に、たばこをやめて、コーヒーがますます美味しくなった。たばこをやめて失われたものは何一つなかった。

こうして、依存を克服して、自分の意志で食べるものを選択するというのが、自立した大人の嗜みでもあると。

posted by ロビオ at 16:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする