2009年11月07日

俺にも取り柄があった!?

「誰にもでも取り柄というものがあるのよ。旦那さんの場合は、歯ね」と歯医者さんに妻が言われたそうだ。何だかなあ、と思うけれど、本日、妻と毎年恒例の年1回、歯の検診にいってきた時の話。

歯は大切である。東洋医学によると歯にも経絡があって、例えば犬歯を抜いてしまうと精力激減するというのをどこかで聞いたことがある。要注意である。

そうそう、僕の歯は先ほどの歯医者さんに言われたように、僕の唯一の取り柄かもしれない。歯並びは綺麗だし、親知らずも綺麗に4本生えていて、抜いた歯はまだ1本もない。歯が痛いということも経験したことがない。なんでも、80・20運動というのを歯医者さん達が進めているらしいけれど、これは、80歳でも歯を20本残そう!という運動らしい。

「80まで生きるのは大変かもしれないけれど、まちがいなくそのときには歯が20本残っているわね。自分の歯で食事が出来ることは素晴らしいことですよ」と女医さんに言われたのだった。

妻は「旦那さんは、使わない歯も全部残っているのよ」と言われたそうだけれど、その使わない歯である親知らずも、僕には、麻雀で両手で上に積むときの小指のように、あるいはブックエンドのように、他の大切な歯を左右から押しとどめているような作用があるのではないかとも思えるので大切に思っている。

磨きづらさの故か、左の上の親知らずに虫歯の兆候があるらしいので、今夜から、しっかりと入念に親知らずまでブラッシングすることにする。

父が歯が悪く、しかも、髪の毛も薄いのに、なんとか、僕は46歳まで、歯も髪の毛も持ちこたえている。髪の毛対策には、ここ十年くらい純石鹸で地肌を洗うようにしているのが功を奏しているのだろうか?この調子で、あと10年継続していきたい。

ここの歯医者さんの良いところは、色々と歯を鏡で見せながら、良いところ悪いところを丁寧に説明してくれるところだ。

というわけで、歯石をガリガリと取って(歯石沈着がかなり少ないのだそうだ)終了。

虫歯はなし。歯槽膿漏歯肉炎の類一切無し。

家に帰って、中途半端な時間だったけれど、プレシディオに空気を入れて、グリーンラインへ。

この自転車に乗るのも、段々慣れてきて、乗れば乗るほど良さがわかってくるバイクだ。こんな事も出来ますよ、と色々な提言をしてくれるようなそんなバイク。上りは、きついけれど。

堅焼き醤油煎餅のようなひび割れた路面も太いタイヤが振動を吸収してくれて、何事もないように、前へ前へ進むことに集中させてくれるところが素晴らしい。水切りの鉄板の段差もへのカッパ。車体を垂直に立てるだけで、ほとんど気を遣うことはなくなった。

上りは、さすがに鉄の自転車で重いけれど、ギア比の軽さでくるくると登れるし、急がば回れ的にのんびりと奥武蔵の峠道を走るには、最適の自転車じゃないかと思う。

今日は、ルコックの自転車のジャージを着てみた。トリコロールのなかなかおしゃれなジャージ。なんか、一生懸命です!というサイクルジャージから離れて、もっとオフビートなスポーツウェアは無いものか。ユニクロに期待するのだけれど。

しかし、このゲイリー・フィッシャーのプレシディオが最高に楽しいのは、実はダウンヒル。クイックでバタバタ車体が倒れるものだから、面白いのなんのって。荒れた路面も、多少の路面に出来た穴も、水切りの段差も、あまり気にせず走れるところが気に入っている。

やはり、僕には「鉄」が合っているみたいだ。重心が気持ちよくペダリングと合うところというのが、本当に細くて小さな点でしかないのだけれど、そこに体が適合したときには、無重力のような気持ちの良さがある。これがマドンだと、ほとんど鈍感で、どこでもそこそこ合っているけれど、ここぞというところがぼやけている感じがする。まあ、それだけ、乗りこなすのが難しいと言うことなのだろうけれど。

刈場坂峠から下って正丸峠、山伏峠下って小沢峠、クリセン坂登って、祭りに沸く飯能に戻った。

今日は、健康のためのサイクリング。それでも、2000キロカロリー消費。

posted by ロビオ at 16:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

朝ジョギング

一ヶ月ほど前に買ったユニクロの上着ジャージを着込む。前あきジッパーのよくあるジャージなんだけれど、これで十分。

朝5時過ぎの外の気温は何度だろう?少し走り始めて、手袋をしてくりゃよかったと思い始める。

遂に、日の出の時刻は6時を過ぎて、このまま1月10日当たりに、7時に肉薄するのを頂点にして、これからどんどん日の出時刻が遅くなる。

というわけで、ほんの1ヶ月くらい前には、飯能大橋のうえから日の出を拝めたのだけれど、空はまだ眠たげに瞼を閉じて、ビルでギザギザの地平線に薄く引いた赤いアイシャドーが仄かに日の出の予感を醸し出しているくらい。

無風状態だけれど、行く手には冷蔵庫から取りだしてすぐの寒天冷菓のような冷たい空気の固まりが肌の露出部分、手、顔に絡みつくように吸い付くもので、寒いったら無い。

休養は十分。1日休養が多かったかな。

今日も、美杉台周回8の字コース。心拍数は、マフェトン域の軽め。

吐く息が白く目に見えた頃が日の出の時刻で、2回目のクリーンセンターの登りしている頃がそれだった。今まで気がつかなかったのだけれど、クリーンセンターの左側の山際に、富士山の頂上部分が貼り付いていた。

「くそおもしろくない 洗いざらした 浴衣のような」と、金子光晴が表現した富士山が、もし山裾まで見えたら、眼前に現れただろう。そんな風情の冬の富士山。

走りながら心配事を火にくべたように、体は徐々に温まり、それまでは眉毛に止まっていた汗が、そこを超えて流れ出す頃、、心は真っさらになって、何にもないことが、これほど満ち足りているものか、と、後になって気がつく、そんな状態に入っていく。今日の最後の大河原への下り道は、そんな気分だった。

禅をするなら、走るのが手っ取り早いと思うのだ。

背に受けていた太陽を、ぐるっと迂回したので、今度は、おでこに受けながら走ることになる。物差しで測れるくらい僅かに浮かび上がった太陽の日は、低い角度で目に直接飛び込んでくるので、手を目の上で翳さないと眩しくて前が見えないほどだ。

割岩橋を渡って、家に着く。

いつの間にか、日常になってしまった朝のジョギング。当たり前の事になってきてしまったけれど、こういう小さいことの積み重ねが、しらぬまに高みに自分を連れて行ってくれるのかも知れない。どこか、登山に似ている。

posted by ロビオ at 13:45| Comment(0) | トレーニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

玄米でダイエット

昨晩は、玄米いなり寿司と里芋の煮物を少々。

必要だと思う量をいただいて、後は食欲を封印!

玄米が無くなって数ヶ月は、白米を食べていたのだけれど、先日20キロの玄米が知り合いの田んぼから届いたので、これからしばらくは玄米菜食になる予定である。

玄米は、よく噛んで食べないと消化できないし、胃腸の負担にもなるという。僕は、鉄の胃袋をもっているので、平気なのだけれど、妻は注意しないと胃痛を発することもある。

固めに炊いた玄米を、箸で少量摘んで口に入れ、一粒一粒を臼歯ですりつぶすようにして咀嚼する。薄皮プチッとあたる感触があり、白米が転がり出でて、栄養たっぷりの胚芽部分と胚乳の部分をこねくり回すように潰していく。

胚芽部分は、白米に精米するときに落ちてしまう部分だけれど、ここには、ビタミンがたっぷり入っているそうで、玄米ご飯1膳で白米3食分の栄養素を取り入れることが可能らしい。

固い外皮にくるまれている玄米から、そうした栄養素を体に効率的に取り入れるには、何度も咀嚼しないといけないから、自然と食べるスピードが遅くなり、馬鹿食いに至らず、少ない量で、そこそこの満腹感も出てくるようだ。

玄米は、水を加えてしばらく置くと発芽するので、そうした生のエネルギーをため込んでいると考えている人もいて、そうしたエネルギーも一緒に食べてしまおう。

玄米を中心に食べると、玄米に合うおかずがほぼ決まってきて、魚の刺身は、やはり白米じゃないと旨くないし、やはり根野菜や緑黄色野菜、それに、豆由来の豆腐ガンモドキ油揚げなんかがとてもおいしく感じられる。自然と、ベジタリアン志向に向かっていく。

昨晩は、保温用調理鍋とかいう象印だかサーモスだかの調理器具が届いた。鍋をコンロで普通に調理したら、そのままこの器具に入れて蓋をすると、温度が長時間下がらずに、しかもよく熱が通っておいしい料理ができあがるというもの。

ガス代も助かるし、とろ火で3時間ことことと煮るようなシチューも、火を使わないので、外出しても心配ないという寸法だ。

甘酒もヨーグルトも温度調整さえ気をつければ簡単にできると能書きには書いてあるから、これらも楽しみだ。

妻が甘酒を米糀から作ったら、その甘さにビックリした。何度か作ったけれど、大量に作っておけば、何かと便利だし・・・と色々楽しみが膨らむ。

マクロビオティックでは、砂糖は使わないので、この甘酒を鍋料理に使って甘みを出すメニュウがある。いつも、缶詰の甘酒を代用していたけれど、これからは、本当の甘酒で調理できるかも知れない。我が家から砂糖も追放してしまおうか。

そんな風に、玄米が食卓に並ぶようになったのも良い機会なので、少量をよく噛んで味わうという風にして、ダイエットに成功できればと思うのである。

ちなみに、この今朝の体重は、800グラム痩せて、久しぶりに63キロ台。夜、食べ過ぎないということは、かなりのダイエットになりますな。

今日も、食欲をなんとか抑えて、軽く食事を切り上げるつもり。

posted by ロビオ at 14:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

必要なときに必要な量だけ

土曜日の伊豆が岳ハイキング後の筋肉痛が酷く、休息の日々が続く。

駅の階段は、薄氷を踏むように、体重を後ろに残したまま、そっと足を降ろして徐々に体重を降ろした足にかけていく。勿論、手すりは最重要の補助となる。平地を歩くにも魂が入る前のピノキオのような不自然な動きだ。

そんな風なので、文化の日は、清瀬の知り合いのギャラリー展示会へ、リハビリを兼ねて妻と出かける。行く道で、野菜の露店販売があって、大きなブロッコリー、キャベツ等々、一つ100円で色々買いながら歩いたら、鞄の中は野菜でパンパン状態。

玄米菜食中心の我が家では、新鮮で安い野菜には、目がない。矯めつ眇めつ野菜を吟味して最良なものを籠の中から選び出す。スロット部分の穴を開けた貯金箱のようなブリキ缶に、100円玉を買った野菜の個数だけ入れてその場を離れる。

妻が僕の大昔に買ったヨガの導師であるスワミ・サッチダーナンダのベジタリアン料理本を棚から取り出して読んでいる。この人の、インテグラル・ヨーガという著作に20年くらい前感銘を受けて、その当時売っていた他の洋書の著作を片っ端から購入したのだが、その時の1冊。

時々、その本に書いてある内容を話すので、遠い昔に読んだ時の記憶を思い起こさせてくれた。

その中の一文「ものを食べなくて不健康になった人はいない」

確かに!おおよそ、改めて色々とこの世にある病気の多くを考えていくと、慢性病と呼ばれる生活習慣病の多くが摂取過剰か、あるいは、害のある食物を食べることによってら引き起こされているように思える。

「習慣でものを食べることをせず、本当に必要なときに必要な量だけ食べること」

これも、納得だ。

この間の、伊豆が岳ハイキングでは、カロリーを3500キロカロリー消費したし、土日で本格的に運動すると、そのくらいは常に消費するのだけれど、たいてい梅干しのおにぎり2つだけで十分である。

この間のハイキングでは、根が無精で、リュックからおにぎりを取り出すのも面倒なので、腹が減って、気持ちが悪くなるような飢餓感が出てくるまで食べるのを後回しにしてのだけれど、こんな状態が、体が「本当に必要とするとき」にあたるのだろう。

1日3食決まった時間に食べるというのが推奨されているようだけれど、偽の食欲というのもあって、本当は「必要とするとき」ではないのに、習慣でお昼近くになると腹が鳴ったりする。

偽物と本物の食欲を選別するその尺度は、飢餓感が続くかどうかである、と、その本には書いてある。仕事で忙しいときなんかは、昼飯を取るのを忘れて夜まで働くということは多々あるので(最近はそんな忙しいときがないけれど(涙))、本当なら、一日2食くらいでも良いのかも知れないなとも思う。

だとすると、3500キロカロリーを消費する運動をしたときでも、おにぎり2つで十分であるのだから、普通のデスクワークで仕事をするのに、それほどの量の食事をする必要はないはずで、現在食べている半分くらいの量でも十分に帳尻を合わすことができるのではないかと思うのである。

実際、このスワミ・サッチダーナンダが毎日食べている3食のメニュウを見てみると、ほとんど食べていないというような量だ。朝は、スープのみか、果物のジュースとか、そんな軽いものばかり。昼は、多少しっかりしたものを食べるけれど、一汁一菜の域を超えず、夜も、ほんのちょっぴり。

現代栄養学のアスリートのための食事にかんする本や記事が多数あるけれど、たかだかここ数十年の歴史しかない、その手の本よりも、数千年の体験が積み重ねてきたヨガ風の食事のほうを、僕は信頼しているのだ。

先日、知り合いの所から届いた20キロの新米の玄米を今朝は茶碗に少しだけ少なくよそった。玄米菜食中心だといっても、偽の食欲に振り回されて野放図に食べ尽くしてきた結果、体重は、1グラムも減る気配がない。

食事の量が減れば、食費も浮くし、体重が減れば、それだけ、楽に運動ができる結果、さらに、運動中の消費カロリーが減るはずである。この連鎖作用がどんな他の効果を生み出すのか、それが楽しみである。

ここは、「本当に必要なときに、必要な量だけ」野菜を中心にした食事を摂る、というガイドラインに従って、食生活を楽しもうと思うのである。

ま、そんなことを決心するのも、何度目かなのだけれど。本当に、体重は減ってくれないなあ・・・。

posted by ロビオ at 09:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月31日

自宅→伊豆が岳

自宅からから伊豆が岳まで一人ハイキング。

熊鈴忘れて不安だったけれど、なかなか楽しめました。

自宅から伊豆が岳まで山伝いでいけるところが素晴らしいこのコース。飯能アルプス!なんて言う人もいるみたいだけれど、「売り」はそれだけかなあ。

薄暗い植林の中、ほとんど人と会うこともないし、展望もほとんどない、登ったり降りたりのコース。誰にも勧められないけれど、その分、考え事したり、音楽鑑賞したり、トレーニングには最適。最低でも、6時間は歩くもの。

今日は、走り無し、その代わり、休み無し、ということで、一度も休憩せず、正丸駅まで。

来週は、走りを入れて、時間短縮に努めることにしよう。

posted by ロビオ at 19:18| Comment(0) | トレイルラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする